04.Q.E.D.
咄嗟に目を瞑った。
もう無理だと諦めていた。
とんでもない熱さと、瞼を通り抜ける程の光を感じた。
これで、2回目の人生も終わり。そう思った。
そう、思ったのだが……何故だか、まだ意識があった。たった今も、思考をつずけているではないか。
再び死んで、今度はまた別の世界か? 元の世界に生まれ変わるのか? それとも、永遠の闇の檻に閉じ込められるのか?
どんな運命でも受け入れてやろうじゃないか。全てを諦めてしまっていた僕は、ゆっくりと目を開いた。
グラグラと歪む視界。それでも、徐々にピントが合ってきて……今の状況を、完全に理解した。
「そんな……ルナ!!」
ルナが僕達3人の前に飛び出して、自ら盾になったのだ。テディの魔法をもろに受けた彼女は、口と腹から血を帯びのように流し、その場に倒れていた。
「ルナさんっ!!」
アキがハンカチを取り出し、傷口に被せる。それは一瞬にして血色に染まっていった。
「私……これくらい……しか……できない……から……」
違う。そんなんじゃ……ルナは、盾じゃない。
「こういうのも以外と悪くないね……」
2つの球の中心に佇むテディが、指をパチンと鳴らしたと同時に、背後からバタッと、何かが倒れる音がした。
「ッ! アキ!!」
ルナに折り重なるように、アキが意識を失っていた。幾ら名前を呼んでも、揺すっても……返事は帰って来なかった。
「……」
「あ、怒っちゃったかな? ほらほら、私に攻撃してみなよ」
高らかに声を上げ、こちらを見下すテディ。舌なめずりをし、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。
何もできずに彼女を見上げていると後ろから、力強く、地面を踏みしめる音が聞こえた。
「アンタみたいな人殺しが……」
2つに結ばれた髪を揺らしながら、僕の横を駆けていく。その姿はまるで、彼女の小説に出てきた主人公、そのものだった。
「女神名乗ってんじゃないわよっ!!」
傘の先から勢いよく放たれる光の束が、テディに1直線に向かっていく。それは、あのグリフォンを倒した時の、限界まで破壊力を高めたものだった。
だが、そんな本気の魔法も魔王の前では無意味だったようで……当たる直前に、軌道がぐにゃりと曲がったのだった。
「嘘、でしょ……」
ガクッと膝をつき、その場に崩れ落ちるエリー。最強の攻撃手段でも、通用しないなんて……。
「悪足搔きはもう終わりかい? じゃ、遠慮なく……」
再び2つの球体が、テディを中心に公転を始めた。確実に、次の一撃で終わらせるつもりだ。
「カズヤ……もう、ダメなのかな……」
いや、僕はまだ諦めない。絶対に……この状況を一瞬にして逆転できる「何か」があるはずなんだ。
考えろ、僕。
力技で何とかなるものでは絶対にない。じゃあ、魔法でどうにかなるのか……と言われれば、答えはNOだ。
大体、何故エリーの魔法が曲がった? 魔法は式が全て。現象に変わった後には干渉できないのが原則だ。
しかもテディが使ったのは、僕のような打ち消しではなく、軌道を捻じ曲げるという力。そんなの、ミアくらいしか……。
そしてもう一つの謎がある。そう、あの2つの球状の物体だ。
テディが魔法を使う時、必ず回転をしている。魔法と関係があるのは明らかだ。
「2つの球」。その言葉に、何かが引っかかる。どこかで聞いた覚えが……。
そうだ……「宝玉」の話だ。
白黒2色の宝玉が2つの王国の地下に保管されてて……けれど片方の王国が一夜で滅び、もう片方の国の王女が消えたというものだ。
もしもテディのアレが、その2つの宝玉だとしたら……何故持っている?
僕達が訪れた王都の城の地下。あそこに存在するべきなのは、白の宝玉だとアキが言っていた。
したがって、言い伝えられている話で滅んだ王国が持っていたのは黒の宝玉。つまり、その時に持ち出されたことになる。
同様に考えれば、白の宝玉が盗まれたのは……12年前の魔王軍による王都襲撃の時。そうに違いない。
テディが魔王の正体ならば、辻褄が合う。
残りの解けていない部分は……「魔法を曲げたこと」と「失踪した王女」の2つ。
でも、前者が可能なのはやはりミアしか……。
――魔法干渉……これができるのは、「王家の血が流れる選ばれた人」だけですから――
彼女が決意したあの時の記憶が、鮮明に思い出される。ああ、肝心な見落としをしていたじゃないか。
失踪した王女がテディで、かつ彼女は魔法干渉能力を持っている。
大昔に片方の王国を滅ぼしたのも、12年前に王都を襲撃したのもテディ。
そしてそれは、2つの宝玉を手に入れるためだった。
これで、証明終了だ。僕達の死だけに限らず、王都の襲撃までも、全てがテディを中心に起こされた出来事だったのだ。
「ねえ、カズヤ……どうして何も言わないの? もう……諦めちゃったの?」
僕に肩を寄せ、身を委ねるエリー。
「そんなの……カズヤらしくないよ!!」
「ふふっ、ありがと……」
テディが掲げる両手の間には、いまにも弾け飛びそうなほどの、大きな魔法の塊があった。宝玉の動きはさらに激しさをを増している。
決着をつけるなら……今しか無い!
――魔法の根本は、魔素の流れ――
――魔法をマジックアイテムに入力すると、増幅して出力します――
――私、魔力はある方なんだから――
今まで見た景色、得た知識、そして聞いた言葉……その全てが今、この瞬間の為に存在したかのように、最後の作戦が組み上がってゆく。
僕はそれを、伝達魔法でエリーに伝えた。最後に「すぐに行動して」と付け加えて。
エリーは一度頷いて、前に向かって走り出し、飛び上がった。それを見て、僕も立ち上がる。
彼女は傘の先を……今度は地面に向けて、力いっぱいの魔法を撃ち出した。
爆風によって高く舞い上がったエリー。
そして僕は、全ての意識を……1つの宝玉に向けた。
今までとは比べものにならないほどの複雑な式たちが、瞬時に頭の中を駆け抜ける。
それぞれを解いては、整理し、組み合わせていく。
そして、構築された「設計図」をエリーに受け渡した。
宙を舞う彼女が伸ばした手が、回転を続ける宝玉に触れた、その時だった。
パキパキと、その表面にヒビが走り、眩い閃光を放つ。その力を失った宝玉は、空中で砕け、床に破片が散った。
それとほぼ同時に、もう一方の宝玉も……光を失い、空間が歪んで消滅した。
落ちるエリーを、両腕でギュッとキャッチする。奇跡的に落とさずに済んだ。
テディの魔法はというと、徐々に消えていき、彼女の体は地面に降ろされた。
「宝玉がっ! そんなっ! どうして!!」
「テディ、君の負けだよ」
力を使い果たして意識を失っているエリーを、ゆっくりと地面に寝かせた。
「さて。精密機器に大電流を流したら、どうなるか。考えればすぐに分かることでしょ?」
あの2つの宝玉は、セットで存在することで初めて機能する、超高性能なマジックアイテム。それも、エリーの傘と同じように、魔法の力を増強するものだ。
魔法の根本は魔素の流れ。だから、僕の逆演算の力を使えば、個々の魔素の動きを観測できるのではないか。そう考えた。
マジックアイテムの中の魔素の流れ。言い換えれば、機械の中の電気の流れ。今までは一度も意識していなかったから、見れていなかった。それだけのことだったんだ。
僕は宝玉の中の構造を、魔素の流れの逆演算で導き出し、それをエリーに渡した。
そして彼女が、手で触れた宝玉に、思いっきり魔素を逆流させたのだ。
対になっているもう一方の宝玉も自然に崩壊し、演算の補助を担っていたマジックアイテムを失ったテディは、処理が間に合わずに魔法を維持できなかった。
そんなカラクリだ。
「はははっ……君には勝てないね……」
僕達を覆っていた暗黒の幕が、少しずつ崩れ始めた。
「君が逆演算能力を持っていたのは……完全に想定外だったんだ……シナリオに穴があったら……その物語が上手くいかないもんだね……」
黒いガラスのような破片を辺りに撒き散らし、テディの世界は粉々に散った。
「そうだよ……私は王女として生まれた……だけど、魔法使いに憧れがあったんだ」
足の先から灰のように変化していることに目もくれず、彼女は話を続けた。
「私のワガママに付き合ってくれて……こっそり魔法を教えてくれていた執事がいてね……それがバレて……処刑されちゃった……」
周りに広がるのは、元の迷宮の景色。テディの下に灰が積もっていく。
「みんな死ねばいい、殺してやる……そう思ってた……時々、地下通路から城を抜けだしては……あるモンスターと遊んでたの……」
ローブの厚みが、どんどん減っていく。
「私は決断した……モンスターと手を組んで……王族をこの手で滅ぼしてやろうってね……」
頭と腕だけになっても、話を止めることはなかった。
「絶対的な力が欲しくて……2つの宝玉を狙って2つの王国を潰した……それでも、まだ足りなかった……その力を一方的に奮って……自分の方が優れていることを示したかった……」
被っていたフードが、パサッと地面についた。
「今思えば、全てが無意味だった……」
静けさを取り戻した迷宮の中に、1人佇む僕。
どこからか吹き込んだ風によって、積もった灰が静かに舞い上がった。