03.サイコロで7の目は出せるか?
エリーは、黙って俯いたままだった。
僕が死んだのがエリーのせい? どういうことだ。理解が全く追い付かない。
「まあ、大元の原因は彼女だけど……実質、そこの2人も共犯さ」
テディが離れて見ていたアキとルナの方へ顔を向けた。
3人に共通したこと。そして、僕だけ該当しないこと。それは……。
「ねえ、みんな……何を願ったの……?」
僕達4人の周りを、カツカツと靴音を立てながら、のんびりと歩いていた。話が進むのをまっているかのようだった。
「私はただ、『チェスがしたい』と……」
やっぱり、アキならそうなるだろうな。彼女のチェスの魔法は、きっとテディに授けられたものなんだ。
「えっと……確か……『今までできなかったことをしたい』って……お願いした……」
病気で何もできなかった分、それを取り返したかったのだろう。同様に、彼女の人並み外れたパワーも、願いを叶えるためにテディが与えたもの。
「エリー、君も教えてくれないかな」
折った膝に顔を突っ伏している彼女の肩に手をかける。するとエリーは、涙を浮かべたその目をこちらに向けた。
「カズヤ……本当にごめん……私ね……」
そして、僕の手を両手で握り、こう言った。
「私の願いはね……『カズヤにまた会いたい』だったの」
「そっか……」
僕の淡白な返しに、彼女は立ち上がって僕の胸元に顔を埋め、「ごめんね」と繰り返していた。
僕が死んだのは……エリーがそう願ったから。そして、アキとルナの願いにも僕は合致していた。この世界で元々チェスができる人なんていないだろうし、ルナとは会話のネタが合っていた。
3人の願いを同時に叶えられる存在が、僕だったんだ。
そんな結論に至った僕は……泣き叫ぶ彼女を抱きしめた。
「……えっ?」
「だって……僕だって、君に会いたかったんだから!」
エリーが死んでからの1年間、どれだけ悲しみ、寂しかったことか。
もっと話せばよかった。もっと遊べばよかった。もっと小説を手伝ってあげればよかった。
もっと……生きていて欲しかった。
もしも僕がエリーだったら、同じことを願ったに違いない。
彼女という存在が無ければ、テディには何らかの強い力を求めるだろう。当たり前のことだ。
でも、エリーはそれ以上に……大切な人だから。
アキとルナも、微笑ましそうにこちらを見ていた。そんな、まるでハッピーエンドのようなこの場に、甲高い笑い声が響き渡る。
「アハハハハハハハっ! なーに、勝手にそんな展開になっちゃってんのさ! はあ、エリー……君は主人公失格だね。舞台を降りて貰おうか……」
そう言い終えた瞬間、テディの背後から黒い影が広がって、僕達を飲み込んだ。
周りに広がる景色は、そう……テディと会った、あの場所。
正面に置かれた玉座に、彼女は肘をついて座っていた。
「カズヤ君、君の解答じゃ……まだ赤点なんだ」
「エリーのせいで僕が死んだって言ったけど、結局はテディが僕を殺した……そうでしょ?」
「フフッ、そんなの当たり前じゃないか? 世界を跨いで魔法を使うなんて私にしかできない芸当なんだから」
僕を殺したのは……つまり魔法で僕を転ばせた? そんな、単純なものなのか?
いや、違う。世界を跨いで魔法を……まさか!!
「エリー、アキ、ルナ……3人が死んだのだって偶然じゃあない。私がやったんだもの」
僕を含め、皆が何も言い出せなかった。この場にいる全員が……テディに殺された。言い換えれば、そういうことになる。
「今、君達がいるのは私の空間さ。そしてこの空間は……君達が元々いた世界と、さっきまでの世界に、丁度重なるように存在しているんだ。だから、どっちの世界にも干渉できるってわけ」
魔法がない世界で魔法を使うなんて……そんなこと、不可能だと思っていたのに……。
「僕はね、人が絶望する姿を見るのが大好きなんだよ。哭いて、呻いて、喚いて、叫んで……最高じゃないか。なのに、君達は……」
女神。それが嘘にしか聞こえなくなる、そんな言葉だった。テディは……一体何者なのだろうか。
「まずはエリーを階段から落とした。視線を引き付ける蝶を廊下に飛ばしてね。幸せそうにしていた君を、絶望の淵に突き落としてやりたかった。でも、この時点で分かっていたよ。どうせ、カズヤ君との再会を願うんだろうってね」
エリーが、僕の横で何も言わずに頷いた。
「だけどね、両極端な2人を間を取り持つような、しっかりした人は必要だろう? それを考えて、アキを殺した。足場を留める金具を、ちょいちょいっと緩めてね」
アキが、服のポケットから取り出した白黒2つのキーホルダーを、ギュッと握りしめていた。
「そして、パーティのバランスが良い感じになるように、ルナを呼んだのさ。動き回りたかったみたいだし、ぴったりだと思ってね。緊急手術なんかで助かる訳無いさ。強力な呪いだもん」
ルナは、黙ってテディを見つめていた。
「最後に、1年待ってからカズヤ君を殺した。あんな冗談を信じるなんてね。君は死ぬって決まってたんだから。後は、私に関する記憶だけ消してね、上手く4人が出会うように仕向けたんだ」
仕向けた……その言葉がどうもしっくりこない。魔法をどう使ったって、世の中の流れなど、変えられるわけが……。
「アハハっ! まだ気づいてないんだ……君たちが倒そうとしてる魔王って、私なんだよ?」
展開されていく衝撃的な話の連続で、もう、黙って聞いているしかなかった。
「これはね、『死んでしまった少女が、大好きな少年と再会し、仲間と共に苦難を乗り越え、最後に真実を伝えられて、絶望する話』なんだ。そして結末は、絶対的な力の前に何もできず、全員が息絶えるバッドエンドだ! なのに……それなのに!!」
どこから出現したのか、2つの球状の光がテディの周りを回り始めた。そして、こちらに手のひらを向け、声を荒らげた。
「シナリオを守れない役者は……今すぐに舞台から消えて無くなれ!!」
無数の魔方陣が漆黒の空間に浮かび上がり、殲滅の炎が放たれる。逆演算をしている時間など、これっぽっちも残っていなかった。
もう、僕達の物語も終わりだと思った。