05.文学少女の想い出(上)
誰よりも早く登校し、足早に教室へと向かい席に着く。鞄から取り出した大量の文庫本を積み重ね、上の一冊を手に取った。
生粋の文学少女だった私は、中学生まで有名な文学作品を読みまくっていたせいで、仲の良い友達は数える程しかいなかった。今思えばそんなに近寄りがたい存在だったのか、私。中学校には小学校が同じ人が居たから良かったが、高校ではそうはいかないだろう。
そこで高校進学前の春休み中、絡みづらいキャラを避けたかった私は少しだけライトノベルに手を出してみた。ほら、オタクっぽい人とか近づいてくれそうだから。ちょっとのつもりで本屋で1巻を手に取ったが、家に帰って読んでみたらドハマりしてしまい、その日中にまた本屋に行って2巻から最新巻までを大人買いした。
春休みが終わるころには、私の部屋の本棚はライトノベルに占拠され、小難しい小説たちは端に追いやられていた。貯金の8割が吹っ飛んだが後悔はしていない。
そんなことがあって、入学式から丸三日がたった現在机の上には表紙が若干イタい本が積まれているのだった。流石に誰か話しかけてくれてもいいと思うのだが、容姿がいけないのだろうか。黒髪ストレートに赤い縁の眼鏡。私のセンスでは別に悪くないと思う。
だがその日の帰りのHRで私の高校生活を揺るがす大事件が起こる。そう、「委員会決め」だ。
個人的には大好きな本に関われる図書委員会か水やりするだけの園芸委員会がいいのだが。やっぱり後者は却下。小学生の時に、ジョウロの中に毛虫が入っていたというトラウマがある。
「最初は学級委員を決めないとね。やりたい人いる?」
先生の一言で教室が一気に静まり返る。そして皆「お前がやれ」という目線を誰かに送っている。学級委員は委員会では無いが、クラスのことで忙しくなるため特例で委員会に入らなくて良いことになっている。が、勿論やりたい人など居るわけがない。近くの仲良しな女子2人組が「一緒にやらない?」なんて言ってるから安心したが、その期待も先生にぶち壊される。
「あ、男女ペアね」
当たり前だが、それを聞いて立候補するひとは誰一人居なかった。
「んー、じゃあ推薦で」
生徒達に緊張が走る。が、ある女子が勇気を出して発言した。
「えっと、私は伊藤さんと田中君が良いと思います!」
伊藤はクラス最大の女子グループのボス的な存在。田中はクラスのムードメーカー……だったはずだ。無論、私は関わったことなど一度も無い。この2人で決まりだろうと思ったが推薦された伊藤が喋りだす。
「アタシは姫乃と襟井がいいと思うなー。2人ともいつも本読んでるから頭良さそーだし。ねー、田中?」
田中もうんうんと首を振っている。おい田中、もっと声出せよ。ていうか姫乃って誰だっけ。せめてクラスメイトの名前くらいは覚えておけば良かった。
こうして行われた伊藤田中ペア対姫乃襟井ペアの多数決の結果、2対36で私は学級委員になってしまった。そして皆の委員会が続々と決まり、HRは終了。そして先生からは追い打ちが。
「学級委員の2人は残ってね。早速仕事して貰うから。これ集計して職員室持ってきて」
そう言って書類の束をドサッと教卓に置き、「んじゃ、よろしく~」という感じで教室を出ていった。
姫乃という男子が誰なのか把握していなかったが、教室に残っているのは私ともう一人。よって、この人が姫乃に違いない。勇気を出して近づく。
「あ、あなたが姫乃?」
「ん……えーと、アンタ誰だっけ」
どうやら、私と同じく名前を覚えていない模様。そういえば、伊藤がさっき「いつも本読んでる」って言ってたし、案外気が合うかも……いや、無理そうだ。姫乃の机の上に広がっているのは如何にも難しそうな数学の参考書だった。でも、名前は覚えてもらわないと仕事にならない。
「え、襟井だよっ!」
「ああ、学級委員の。じゃあ早めに仕事終わらせようか」
姫乃は教卓の書類を持ち上げ、自分の机に積み上げる。そして隣の机をくっつけ、そこを指差した。
「ここ座って、その方が効率良いし」
「あ、うん……」
私は言われた通り姫乃の隣に座る。そしてプリントを上から1枚ずつ取り、アンケートの結果を纏めていく。無言が続き、そろそろ辛くなってきた頃、姫乃が口を開いた。
「あと、姫乃って呼ぶの止めて。その名字、あんまり好きじゃないんだ。数八でいいから」
どうせ小学生の時とかに「かわいい」とかって弄られたんだろう。私にそんな趣味はないので快諾した。
「えっと、じゃあ私も襟井じゃなくて……桜子でいいかr」
「襟井の方が呼びやすいし、このままで」
話をぶった切られた上に即答で拒否された。この男は女の子を下の名前で呼べることに全く価値を見出せないのか。
仕事が終わり、辺りに散らばっているプリントを集め、端を揃えて積み重ねる。
「やっと終わった……職員室持っていこう」
「ああ、よろしく」
ん? 今「よろしく」って言ったよね。ってコイツ先に帰ろうとしてるし。
「いやいや、運ぶの手伝ってよ!」
「え、何で? さっき教卓から僕の机まで運んだけど」
「僕が2メートル運んだから、職員室までの約100メートルはお前がやれ」と。やはり意味不明だ。女の子に全部任せていること以前に距離の比がおかしいでしょ。
「はあ、分かったよ、半分持つから。君の方が力あると思うんだけどな」
その行動は正解。いや、それが普通だ。あと最後の一文要らないね。私ってそんなに強そうなの? あ、もしかして「僕はもっと弱い自信がある」ということか。それでも男子ですかと問いたい。
職員室に着くまで、数八と簡単な会話を交わした。向こうは「ああ」とか「うん」しか言ってくれなかったけど。そしてその日は「また明日!」といって別れた。でも結局、次の日は話しかけられなかった。