09.科学知識も意外と役に立つ
「あの、リンカさん……」
「ん? 別にリンカでいいよ」
「じゃあ……リンカ、この状況どうすればいいのかな」
敬称略でいいとか、今はそんなことはどうでもいい。十字路のど真ん中、そこから伸びる3方向の道全てに敵が見えてるのだ。草原の時に遭遇したバリスタだけではない。キャタピラー駆動で剣を持った、変わったやつもいた。
「えーと……に、逃げるが勝ちっ!」
「ちょっと、待って!」
と、僕を置いて残る1本の通路に駆け出すリンカ。それを目にした敵達が、一層動きを速めた。慌てて彼女を追いかける。
何度か転びそうになりながらも後ろを振り返ると、ほぼ同時に十字路へ突っ込んできた敵同士が衝突し、詰まってしまっているようだった。何か対策を練るなら今しかない。
「カズヤ、扉があるぞ!」
真っ直ぐ進んだ先には丁字路。その通路の無い壁には頑丈そうな金属の扉があった。何の躊躇もなくリンカが扉を開け放つ。
中は……物置だろうか。もう使い物にならないであろうボロボロの木箱や、原型を留めていない石像などが床に散乱していた。
「何もなさそうだな……早く逃げた方が……」
「いや、この部屋……使えるよ」
落ちているものはゴミだらけで、戦闘には一切役に立たないだろうが、そうではない。この「部屋ごと」攻撃手段にするのだ。
「リンカ、天井のランプ割って!」
「ランプ? そんなの割って何になるんだ?」
首を傾げながらも、リンカがランプと天井の接合部に氷の魔法をかける。老朽化していたであろう細い金具は、伸びてきた氷柱の先端で、いとも簡単に切断された。
落下の衝撃によって、それを包んでいたガラスが砕け、中の回路がむき出しになる。
そう、僕の狙いはこれだ。
回路が形を維持したまま、木箱の破片の上に落ちる。火を出す結晶とバッテリーで構成されたそれによって、瞬く間に炎が上がった。
「ちょ、木燃やしてどうすんだよ!?」
「大丈夫、これだけでも十分なパワーはあるから」
そのまま部屋をでて、重い扉を閉める。周りは石製の壁だから、部屋は密閉されているはずだ。
「あとはこれを取っ手に結んで……」
部屋の隅に落ちていた縄で扉の取っ手を縛り付け、それを出来る限り長く伸ばし、端を2人でギュッと握る。
その作業が終わると同時に、今来た通路の方から敵達の走る音が聞こえてきた。こちらに向かってきたのである。
「カズヤ! 来てるぞ!」
「じゃあ、いくよ……せーの!」
敵達が丁度扉の目の前に来るのに合わせて、2人で縄を引っ張る。すると、重い扉はギイッと音を立てながら開いて……大爆発が起きた。体勢を低くして、腕を前に出して顔を覆う。
「す、すごい……」
横にいたリンカが、爆風と熱で動かなくなったその残骸を見て唖然としていた。
そりゃ、そうだろう。爆発系の魔法を使った訳ではないからだ。
これは「バックドラフト」。その現象を利用しただけだ。
密室で物が燃えると、酸素不足が原因で不完全燃焼となり、室内に一酸化炭素が充満する。その状態で扉を開けると、一酸化炭素が室外の酸素と急激に反応し、爆発が起こる。
火災の時に、むやみに扉を開けてはいけないのは、これが起きるのを防ぐためである。
「ねえ、何で爆発したの?」
リンカが興味津々な様子で僕に訪ねてくる。どうしよう。化学反応とかの話をしても通じる気がしない。ユーラならギリギリ伝わるかもしれないが。
「うーん……まだ知らなくてもいいんじゃない?」
「え……」
それを聞いたリンカが、急に頬を赤らめ、両手で顔を覆う。あれ? 何か変なこと言った?
「アタシ、もう大人なんだけど……」
ちょっと待って、彼女は僕の言葉をどう解釈したのだろうか。僕は「今後、この世界でも科学技術が発展すれば、分かるんじゃないかな」という意味で言ったのだが。
最早、どのワードが地雷を踏んだのかが分からなかった。
そういえばエリーとの会話でも、時々同じようなことが起こるなあ……って、あれ? 何だか視界がぼんやりと……。
あっ……バックドラフトなんてしたら酸素足りなくなっちゃうじゃん。
「おーい、大丈夫かー?」
「……ん?」
ああ、そうだ。酸欠で気絶したんだった。
僕に話しかけているのはリンカだろう。彼女は大丈夫だったようだ。
それにしても、何故だか頭の後ろに……王都で気絶したときと同じ感触がするのだが。
まさかとは思ったが、目を開けてみると、映るのはこちらを見下ろすリンカの顔。
「おっ、やっと起きた」
「ごめん、わざわざ膝枕なんかしてもらって……」
まだ少しクラクラするが、床に手をつき重い体を持ち上げる。ずっと体重をかけているのは申し訳ない。
「エリーと同じことしてみたんだけど、2回目じゃ流石に変な反応はしないか」
え、今何と? どうしてあの時のこと知ってるの?
「あの子、時々1階に来てさ、色々と相談に来るんだよ。まあ、内容は秘密だけどね。だから知ってるってわけ。ところでカズヤ、エリーのこと……どう思ってる?」
いつの間にか部屋から消えていることがあったが、リンカと話していたってことだったのか。
僕から見てエリーは……そうだな。
「バカなところはあるけど、僕を引っ張ってくれる……最高の友達、かな」
文学同好会を作ろうと誘ってくれた時から、ずっと引っ張りまわされてきたけれど、僕はエリーに感謝している。もしも彼女がいなかったら、詰まらない時間を過ごしていただろうし……今、ここにいないかもしれない。
「ふーん」
「何、その反応……」
「いーや、エリーも大変だなあって思ってね」
確かに、彼女に迷惑をかけたことだってあるかもしれないが……やっぱり僕の方が迷惑を被ってないだろうか。不慮の事故で何度殴られたことか。
話は変わるが、ここはどこなのだろうか。多分さっきの地点から少し移動したのだろうが。分かれ道の無い、通路の途中なのだが……。
「ここ、敵来ないの?」
「大丈夫。両側に氷の分厚い壁、作っといたから」
成る程。弓や剣の攻撃なら、そう簡単には破れないはずだ。でもそれだと、壁の前にどんどん敵が溜まってしまって……。
「それ、運が悪いと挟み撃ちにされるんじゃ……」
「あっ……」
自分たちが張った防壁で動けなくなるなんて、アキが見たら怒りそうな詰み方だなあ……なんて考えられるくらい、この状況をどう打開すればいいのか分からないのだった。