07.幻影の地下迷宮
あれ……?
どれだけ走っても、さっきまで乗っていた馬車が見つからない。走っても走っても、寝ていたはずの6人が見当たらない。どうして……方向は間違ってないはずなのに。
なんとか逃げ切った僕はその場にしゃがみ込み、疲労を一切感じさせない……というか疲れていないルナに尋ねた。
「はあ、どうして……。ルナ、こっちで合ってるよね?」
「うん……こっちから……来たはず……」
暗いとはいえ、ここは殆ど障害物のない草原だ。馬車から喋っていた岩まではもちろん一直線。真っ直ぐ走っていれば、いずれは衝突するはずなのだ。
向こうは灯りを消しているが、僕達は光源を持っている。万が一、横を通り過ぎそうになったとしても、気づかない訳がない。
流石に、連れ去りなんてことはないだろう。馬車ごと動かしたら誰かが起きるだろうし、この静かな草原のど真ん中だ。音がすれば僕達だって気づくはずである。
「ねえ……もしかして……」
ルナが、何かを思いついたかのような素振りを見せた。
「何か分かったの?」
「ここ……草原じゃ……ないのかも……」
「え?」
彼女の言っていることの意味が、いまいち理解できない。確かに、さっきまで僕達は草原にいたじゃないか。足元だって、草が生い茂っていて少し歩きにくいくらいだ。
何を言ってるんだという目で彼女に目を移すと、何かを触るかのように空中で手を動かしていた。えーと、あれだ。パントマイム的な。
「いいから……ここは草原じゃない……ってことを疑わないで……信じてみて……」
このままでは埒が明かないので、あきらめて彼女の言う通りにすることにした。でも、信じるって具体的には何をすればいいのだろうか。
別の何かを頭に思い浮かべればいけるのか? それとも単に、ここが草原ではないということを暗唱でもすればいいのか?
ああ、もう。どうすればいいのか全然分からない。こうなったらもう一か八か……。
「ここは草原じゃない」
イメージするという目的を超え、音読してみた。なんかもう、一番簡単なんじゃないかと思ってのことだった。声に出すってことは一度思考しているってことだもんね。
脳内で理論展開をしていると、突然視界がぐにゃりと歪みだして……治った瞬間、目に映った風景は全く別のものだった。
見事に切り出され磨かれた、直方体の石を積み上げて作られた通路の壁。ルナはさっきからここを触っていたのだ。
「ここに来た時から……ずっとこの場所に……いたのかも……」
「じゃあさっきまで見えていたのは……」
「幻影……それが偽物の風景だって気づかないと……解けない……」
成る程。だから、「草原ではない」ということを認知した瞬間に、見えているものが幻であることに気づいて、本当の場所が分かったってことか。
「じゃあ、これも魔法なの?」
「うん……魔素の量が多い場所だと……自然に起きることがあるみたい……」
おかしいな。魔法だったのなら、見るだけで逆演算できるはずなのに……いや、違うな。
この能力、僕自身が「魔法であることに気付いている」という条件があるに違いない。例え目に映っていても、それを魔法だと気付けなければ使えないのだろう。
広い空間に影響を及ぼす魔法には注意しなければ。
「そういえば、皆はどこに?」
幻影のことで頭がいっぱいになっていたのだが、今急ぐべきは6人の捜索だ。皆も僕達と同じように、この通路を彷徨っているかもしれない……起きていればの話だが。
「でも……そんな魔素がある……ってことは……ここって……」
僕達の目標は何だったか。そう、魔王軍三将の1人……ではなく1体の機龍ラスターの討伐だ。そのラスターが住んでいる場所が「地下迷宮」と呼ばれるダンジョンである。
何故、「迷宮」と付くのか。そりゃ、迷いやすいからに決まってる。でも、それってもしかして……。
「「あっ……」」
僕とルナが、同時に勘づいて声を漏らす。さっきみたいな幻影のせい……つまり、ここが地下迷宮ってことだよね。
「私とカズヤ君……の組み合わせで……ダンジョンって……」
「……取り敢えず、早く誰かを見つけよう」
「分かった……」
急がねばならない理由はもう一つある。草原だと思っていたときに遭遇したバリスタだ。あの時点でもう幻影を見ていたということは、すなわち地下迷宮内、それもすぐ近くにあのバリスタが構えているということなのだ。
だが、そう簡単には上手くいかないのだった。連続で続く分かれ道に、壁に仕掛けられたトラップ。どれも危うく死ぬところだったのをルナに助けられた。流石は「迷宮」と言ったところか。
「うーん……動かないで待機してた方がいいのかなあ……」
「でも……敵が……来ちゃうから……」
もしも、この狭い通路で遠距離攻撃型の敵に挟まれたら一巻の終わりだ(主に僕が)。じゃあ十字路になっているところで待っていれば……ってバカか僕は。遭遇する確率が上がるだけじゃないか。しかも注意する方向が増えてしまう。
「だ、誰か……いるんですか……?」
疲れて一旦もたれかかった壁の丁度裏側から聞こえたのは、いつも笑顔で僕のクイーンを叩き潰しにくる、アキの声だった。
「僕だけど」
「か、カズヤさんっ!! はい、います! あとリンカさんも!!」
「私もいるからなー」
そこまで特徴的な声じゃないと思うんだけど……判定の要素、「僕」なのか?
って、そんなことはどうでもいい。今は壁の向こう側の2人と1秒でも早く合流したいのだ。
たかが壁一枚、されど壁一枚。距離は近くても、きっと道のりは凄く長い。単純に道を探したところで、相当な時間がかかってしまうのは明白だ。
僕は何事でも慎重にいきたい派であるから、全ての道を試したいところなのだが、あくまでも今は急いでいる。こんな時、そうだな……エリーなら何と言うだろうか。
――はぁ? そんな面倒なことしなくても、壁ぶっ壊せばいいじゃない!――
ああ、絶対そういうに決まってる。というか、ぶっ飛んだエリーの思考を容易に想像できてしまう自分が恐ろしい。
ただ、この時間は無駄ではなかった。だって、こちら側にはルナがいるのだから。
「ルナ、この壁壊せる?」
「え……壊す……の……?」
彼女は一度たじろいだが、スッと2つの剣を出すと列車で戦った時のように、それらを1本の大剣に変えた。それを軽々と持ち上げて、大きく振りかぶる。
「アキちゃん……危ないから……ちょっと下がってて!!」
ギリギリ奥に聞こえる声を出したルナは、一度深呼吸をして、壁に向かって大剣を振り下ろす。
天井の灯りで輝いていた石たちは轟音とともに、彼女の一撃によって砕け散っていった。