06.ザ・セカンド・ワースト・コンビネーション
周りに殆ど障害物のない草原で体に吹き付ける夜風は、涼しいを通り越してすこし冷たかった。
太陽の代わりはあっても、月の代わりはない。馬車から借りてきたランプが無ければ、辺りは漆黒の闇に包まれるだろう。
「そろそろ……交代の時間かな?」
「結構話してたし、丁度いいくらいだと思う」
今この場に時計を持っている人が居ない以上、見張りの交代のタイミングはフィーリングになってしまう。僕としては秒単位できっちりと分割したいところだが、仕方あるまい。
岩の上から立ちあがり、付いた砂を叩き落とす。そのパンパンという音と重なるように、ヒュンという何かの発射音が背後から聞こえたのだった。
振り返ったその瞬間、僕を目掛けて放たれた矢を緑に輝く剣が真っ二つにした。エネルギーを失った切断された矢が地面に落ちる。
ルナは双剣を降ろさないまま、ふぅと溜息をついた。
「危なかった……ありがとう、ルナ」
「うん……でも……あれ……」
そう言って、彼女は矢が飛んできた方を指差した。
その先に立っていたのは、最近戦ってばかりの鎧を装備したモンスターだった。魔王軍相手にどれだけ倒したことか。
違う点といえば、鎧の形状と、赤く光る目、そして腕に付けられたボウガンくらいだ。いやいや、「くらい」じゃない。一番困るのがボウガンじゃないか。
僕の「逆演算」は魔法の式を読み取るものであって、別に相手の攻撃を読めるものではない。逆魔法も同じであり、すなわち、相手の攻撃手段が魔法ではない場合、僕は何もできないのである。
と断言したが、ダサさが正の無限大だ。要するに足手まといと化す。
逆に言えば、ルナは常に僕を守りながら戦わなければならない。だがしかし、彼女は近接攻撃がメイン。
以上の理由から、場が硬直状態になっているのである。
僕は何もできないし、ルナは攻撃したくても僕から離れられないし、鎧は無駄撃ちを避けているのだ。
「ど……どうすれば……いいのかな……」
僕とルナという組み合わせは、あの8人から2人を選ぶ8C2=28パターンの中で2番目くらいに悪かったのではないか。無論、ワースト1位は僕とアレンの組みに違いないのだが。
「と、とりあえずナイフ投げてみれば」
「流石に……刺さらない……気がする……」
「そりゃそうだよね」
僕を安全な状態に置かない限り、ルナは下手に動けない。だが、皆が寝ている馬車は少し離れているし……。
「カズヤ君……これ、貸すから……頑張って……」
構えていた2本の剣の片方を差し出すルナ。ちょっと待て、まさか……。
嫌な予感しかしないが故にそれを受け取らないでいると、彼女は何も言わずにグッと押しつけて、鎧に向かって飛び出していったのだった。
つまり、「万が一、矢が飛んで来たら剣で防いで」ってことだろう。えっと、多分無理です。
それを見た鎧はすぐさま横に移動し、僕にボウガンの標準を合わせる。その間にルナが入り込んでは、発射された矢を切って落とす。だが、これもずっとは続けられない。
至近距離で矢が放たれたら防ぎようがないからだ。よって、ルナは隙を突いて一気に前に出る必要がある。その時だけは、彼女は攻撃を抑えられない。
したがって、僕は最低でも1発、矢を受けることになる。それを防ぐために、彼女はこの剣を渡したのだ。
鎧の背後をとろうと、バッとルナが飛び上がる。矢の軌道上に障害物が無くなったその刹那、またしてもヒュンと空気を切る音が僕の耳に届いた。
「っ!」
彼女のように、狙って矢を弾ける自信など一かけらもない訳で……取り敢えず剣を振り回してみた。一度だけ、それを持つ腕に衝撃を感じたが、気にせずに振って振って振りまくった。
「ねえ……もう……大丈夫……」
「……え?」
足元に目を移すと、そこにあったのは紛れもなく僕に向かって撃たれた矢だった。
って、さっきの……剣に矢が当たった衝撃じゃないか。何でそんな単純なことに気付かなかったんだ、僕。
そしていつの間にか前方には、首から上が外れた鎧が力なく横たえていた。え、この短時間で切っちゃったの?
怖い。
「これ……モンスター……じゃない……」
ルナは断面から金属の線のようなものを引っ張りながらそう言った。
「どう見ても……結晶の……回路……」
「モンスターっていうよりも、ロボットみたいな?」
「うん……そんな感じ……」
動かなくなった鎧の金属板を剥いでいく度に、内側の構造があらわになっていく。まだ結晶の知識がない僕には分からないが、何やら魔素のバッテリー的なパーツもあったんだとか。
いつも以上に楽しそうに解体作業をし、良さそうな部品を見つけると、少しニヤリと笑う。やっぱり怖い。
流石にそろそろ見張りの交代をしたかった僕は、ルナを置いて馬車に向かおうと踵を返したのだが……僕のすぐ前に、先程よりも大きな矢が突き刺さった。
恐る恐る振り返ってみると、これまた見飽きた武装した馬がいた。といっても、同様にモンスターではないのだろう。
何故かって? そりゃ……背中に大型の弩砲が取り付けられてるからだ。
「バリスタ……初めて見た……」
「そこ感動してる場合じゃないから!」
そう、1体ならどうにかなったはずだ。僕の安全は保障されないが。
しかし、その後ろからぞろぞろと同型のものが集まってきたのである。
皆を起こさないとマズい。そう確信した僕は、ルナと頷きあって一気に駆け出した。
だが、足は彼女の方が圧倒的に速かったのだった。それを忘れられていたため、今僕を守ってくれる人はいない。
完全に標的にされた僕に、無数の矢の雨が降り注ぐ。そして当たらないようにひたすら走り続けた。
ああ神様、逃げ足の速さだけは僕が欲しかったです。