05.この事象は偶然か必然か
彼女の口調と声量は普段通りだったが、長く喋って疲れたのか、大きな溜息をついた。
「これが……私の死んだ理由……」
涼しい夜風がルナの縛られた長い髪を揺らす。何と声をかければいいのか、僕には分からなかった。
「これで……みんなから話……聞いたことになるよね……」
「え?」
僕がエリーと話したのは、この世界に来てすぐ、彼女と会ってからノナテージに着くまでの間だった。アキから聞いたのも、ルナがグレイスたちと飲みに行っていた時。
2人から既に聞いたことを知っている……?
「あ、合ってた……ごめん、適当に……言ってみただけ……」
「そ、そうだよね! 驚いた……」
だが、ルナの話を聞いた僕の心には何かが引っかかっていた。そう、あの違和感だ。
この広い異世界で、自然な成り行きで出会った僕、エリー、アキ、ルナの4人。
超が付くほど確率は低いが、この出来事は偶然なのだ。
ここで、逆に考えてみる。もし僕が「エリーに合わなかった」としたら……わざわざ深夜に列車に乗ることはないだろうし、海に出かける程アクティブな人間じゃない。
つまり、アキとルナとも会うことは無いだろう。
「また……考え事……?」
耳元で囁かれた声が思考回路を遮断する。その方向に首を向けると、ルナの顔がわずか数センチ先に迫っていた。
「私にも……聞かせて……ほしいな……」
「あ、うん。暇だもんね」
取り敢えず、今まで考えたことを一通りルナに話した。
アキには難しいかもしれないし、エリーの理解力はお察しだし、ルナとこういう会話をするのは楽しく思えた。
「確かに……そんな偶然……起こりそうもない……」
「でも、実際に起きているんだよね」
確率なんだからあり得るのだが、起きる確率が限りなく0に近い事象がたった1回の試行で起きたことになるのだ。
これには誰だって違和感を覚えるだろう。
「ねえ、カズヤ君……ちょっと思ったんだけど……」
何かに気が付いたのだろうか、ルナは一息ついてこう言った。
「もし、私達が会ったの……偶然じゃなくて……必然だったら……?」
「必然? そんなことある訳が……」
僕達が出会い、パーティを組んで、冒険する。この流れが必然……つまり「必ずそうなるに違いない」ことだと仮定すると、勿論辻褄は合う。
だが、これだけでは問題があるのは明らかだ。そう、「どうして必然になるのか」が分からないからである。
運命を操作してしまうような、そんな絶対的な力が働かない限り、起こりえないことなのだ。
「ねえ、運命を変える魔法なんてあったりするの?」
正直、馬鹿げた質問ではあるが、一応聞いてみた。
「私は……聞いたことないよ……」
「ごめん、そりゃそうだよね。魔法でも、流石に出来事まではどうにもならないか……」
ルナが「アキちゃんに聞けば……分かるかも……」とフォローしてくれたが、よく考えたらそれこそ地雷だ。時々、毒舌吐くからなあ……。所謂「中二病に目覚めた」とか広められそうで怖い。
絶対的な力、か。そんなものを持つ存在はいるのだろうか。
まず、普通の冒険者では運命を操る魔法が無い限り、不可能なはずだ。
次に、僕のように逆演算ができる人。自ら魔法の式を組めるのだから、その魔法を作れてもおかしくはない。だが、運命のような見えないものを式にするなんてどうすればいいのか、僕には想像もできない。
そして、ミアの魔法干渉能力。魔力さえ足りればどんな魔法にでも変えられる力だが、運命では大規模過ぎるが故に、例え命を投げうっても足りないはずだ。
「やっぱり、人間にはそんなの無理だよね」
「でも、もしかして……魔王とかなら……」
ここは異世界だ。人間と同じ、いや、それ以上の人間ではない存在がいる。
魔王なら、確かに圧倒的な力を持っている。だが、メリットがないのだ。
その存在が、僕達が異世界でやったこと全てを事前に決めているとすれば、必ず理由があるはずだ。しかし、魔王軍は近頃やられっぱなしではないか。
魔王がそんなことをする訳がないだろう。
「やっぱり……偶然なのかな……」
「うん、そう考えておくのが無難だと思う」
無論、必然である可能性は否定できない。だから、しっかりと頭の隅にはおいておく。
偶然と言えば偶然だし、必然と言えば必然になる。結局は辻褄合わせに過ぎないのだ。
だからこそ僕達は、どんなに不条理なものだったとしても、定められた運命を受け入れる必要があるのだろう。どうあがいても、抗うことはできないのだから。