03.魔素エンジンとでも名付けよう
馬車に乗り込む前に、車輪周りを少し覗いてみる。先程は頭の中で「内燃機関付き」というよく分からないことを考えてしまったが、車体の下にあった想定外の装置に驚かされた。
ディーゼルエンジンの機構に近いものが付いていたのだ。ピストンから動力を伝えるパーツがしっかりと車輪に固定されている。
でも、車体は木製だから軽油なんて燃やしたら大炎上確定だ。
「これ、結局どうやって動かすんですか?」
そう尋ねると、無言のままユーラが僕の横にしゃがみ込み、何やら角ばった白い物体をエンジン部分に入れた。
「カズヤ、早く乗って」
気になってその様子を観察していると、いつの間にか乗っていたエリーに急かされた。スルーされたのが気に食わないが、取り敢えず僕も座っておくことにする。原理はあとから聞けばいいだろう。
勿論、2つあるうちのエリーとは違う方の馬車にする。こんな時間だ。寝落ちからの無意識キックは食らいたくない。
最終的に僕とルナ、ユーラ、アレンが前、他の4人が後ろに乗った。僕の横に腰掛けているユーラが、白衣の中からゴソゴソと何かを取り出そうとしている。
「じゃあ、動かしますね」
内側のポケットに入っていた、いつも携帯している魔素の小瓶を彼女がぐっと握ると、ゆっくりと馬車が直進を始めたのだった。
徐々にスピードが上がり、夜の草原を突き進んでゆく。
「燃料もないのに……どうやって……動いてるの……かな……」
前に座ったルナが、窓から下を覗き込みながら僕に聞いてきた。いや、僕も全然分からないのですが。
ユーラが動かしているということは、例の粒子魔法によって何らかのエネルギーが生じているのだろうけど……。
「さっき入れた白い鉱石、アレに魔素を結合させると気体に変わるんですよ」
本人からの説明を聞き、やっと納得がいった。だから燃料を燃やさなくとも圧力でピストンが動く訳だ。
燃焼熱も無いから木製でも使用できるということを考えると、相当良い動力なのではないだろうか。粒子魔法が使える前提だが。
「それも、なんと4000000倍に膨らむんです。この前の実験で分かりました」
魔素と結合すると微量の魔力によって、一時的に元とは大きく異なる状態になるというのは聞いたが、この鉱石に関しては想像していた範疇を超えている。えっと、0何個あった?
「今はこの鉱石のうちの、気体になる成分だけを取り出して結晶化する研究をしているんですよ。まあ使える人は限られますけどね」
こっちの世界じゃ、まだ僕達とは科学の解釈が違うところもあるが、一生懸命研究をしている人たちによって文明が発達していくのは変わらないだろう。蒸気機関車という壮大なフライングがあっても、この馬車はそれを応用して動いているのだから、技術の進歩は明白である。
「それにしてもユーラ、あの時は荒れてたなあ。何だっけ。『硬い鎧なんて、私の前じゃ空気と変わら』……」
「ちょっとマネしないで! 思い出したくもない……」
焦って声を裏返しながら、両手で顔を覆うユーラ。アレ、本当に何があったのだろうか。
「敵に向かって魔法を使うと、キャラ変わっちゃうみたいなんですよ……しかも記憶に残るし……」
よりによって、その状態の記憶が残ってしまうとなると、元に戻った瞬間に死にたくなるに違いない。ということは、彼女らが冒険していた時もこんなセリフを吐いてしたのだろうか。
お、お疲れ様です……。
「ユーラ、そろそろ一旦停めましょう」
ノナテージを出発してから約2時間が経った頃、もう一方の馬車からミアの指示が飛んできた。確かに、夜間にずっと走り続けるのは危ないだろう。
しかもユーラはいつも寝不足な訳で、ウトウトして魔法の調整を間違えたら事故りかねない。
それを聞いたユーラが魔法を止めると、馬車は地面との摩擦で徐々に減速していった。
「モンスターが来るかもしれないので、交代で見張りをしながら睡眠をとりましょう。まずは……」
唇に人差し指を当てながら、そう言ったミアがこちらに目を移してきた。
「カズヤさんとルナさん、お願いできますか?」
それを聞いた僕達が「はい」と首を縦に振ると、ミアは馬車の天井に付けられた電球を消した。先程まではかろうじて見えていた地面も、今は暗闇の中だ。
皆が寝静まった頃、僕は「エリーを外で寝かせないと誰かが被害を受けるんじゃないか」という変な心配をしながら馬車の周りをウロウロしていると、突然腰のあたりにチョンと何かが触れた。
「わっ……って、ルナか……」
僕の腰を突いた指を折らずに、何やら言いたげな表情をしている。するといきなり、僕の手をギュッと握って口を開いた。
「カズヤ君……ちょっと……きて……」
いつも以上の小声でそう呟くと、答えを待たずにそのまま歩き始めた。どうしていいのか分からなかった僕は、彼女に身を任せた。
少し離れたところに平たい岩を見つけると、そこに腰掛け、繋いでいた手を離す。握られていた僕の手の平はほんのり赤みを帯びていた。
「私の話……聞いて……もらっても……いいかな……」