02.内燃機関付き馬車って馬車じゃないよね
立ち上がったミアが、壁に貼られた大きめの地図を丁寧に剥がし、テーブルの中央に広げる。丁度僕から見て上が北になるように回し、人差し指で現在地、つまりノナテージの町を差して話を始めた。
「私達が今いるのがここ。そして……」
彼女は地図に置かれた指を左下、すなわち南西の方へとスライドさせる。そこは少し出っ張った、半島のような地形をしていた。
「ラスターの根城……『地下迷宮』って呼ばれているダンジョンはここにあるんですよ」
何故だろう。隣に座るエリーが「地下迷宮」というストレートなネーミングに少しがっかりしていた。
まあ期待外れなのかもしれないが、君が小説を書いてた時、登場人物の名前を自分でつけずに全部ジェネレーターに頼っていたの知ってるんだ。能力名とか、いつも翻訳サイト使っているの見てたからね?
「ですが一つ問題がありまして……」
「どうやって行くか、でしょ?」
ミアの話を遮り、彼女が言おうとしていたことをリンカが言ってしまった。
距離としては、前に行った海までの2倍くらいだろうか。目的地には大抵の場合鉄道で行くことができたが、ノナテージから北側にしか延びていない為、今回は使えない。しかも、鉄道は現在全線で運休している。
さて、誰のせいだったかなー。
「そうだな、この辺りはずっと平原だから……馬車でも使ったらどうだ?」
それを聞いて、チラッとルナの方に目を向けるアキ。まさか、ルナに馬車を牽かせようとか思ってるんじゃないだろうな。そんな鬼畜じゃないって信じてるよ。
確かに馬よりも出力は大きいかもしれないけども。
「4人乗りの馬車なら幾つかギルドの横に停めてあるから、それを使いましょうか」
確かに馬車が有ったなあと、ギルドに行ったときを思い出していると、時計を一瞥したリンカがとんでもないことを言い出した。
「やっぱり今出ちゃおうよ! その方が早く着くでしょ?」
そんな訳で今は、ギルドの横から町の出口まで、アキのナイトが連結された2つの馬車を牽いているところだ。
でも彼女曰く、「ナイトは戦闘用の使い魔だから、スピードは出るが持久力が無く、馬車には不向き」だそうだ。
「あれ? 馬、いないんですか?」
馬車を町の外に出し終えたアキがリンカにもっともな質問をした。ぱっと見、動力になりそうな物は容易してないし、馬車が内燃機関を装備していたりするはずもない。
「ああ、そっか。君達は知らないもんね」
そう言い終えた瞬間、ヒュンと針のような細い何かが僕の足先の地面に突き刺さる。
「危なっ!」
よく見ると、表面の水滴が光を反射してキラキラと輝く、氷柱のようなものだった。
「あはは、ごめんごめん。アタシ、青属性の氷系の魔法が得意なんだ」
驚いて思いっ切り尻もちをついた僕に、手を差しのべるリンカ。この人を野放しにしておいてはいけない気がした。
「おーい、これ積むの手伝ってくれー」
門のところに近づいてきたのは、大荷物を担いだアレンだった。一体何が入っているのやら。
「こんなこともできるよ」
リンカは小声で僕に耳打ちすると、アレンの足元を狙って……地面を凍らせた。当然、彼は足を滑らせ盛大にコケたのだった。
「おいリンカ! 危ねえじゃねーかっ!!」
「いいじゃんそのくらい。小さいころはいつもやってたでしょ?」
いやいや、全然良くないでしょ! 頭打ったらどうするのさ。
というか、昔からこんなんなのか……。
「その荷物……何が……入ってるんですか……?」
大人数が苦手なのか、先程からあまり声を発していなかったルナが、アレンに話しかけていた。言葉がつっかえてしまうのと相変わらずの小声は全然変わらないが、人見知りは少し直ってきたかもしれない。
「ああ、これか? 俺の武器だよ」
黒い箱のような入れ物から出てきたのは、馬鹿デカい全てが金属製の斧だった。それに興味を示したルナがスッと手を伸ばす。剣を使っているだけあって、武器の類が好きなのだろうか。
「俺でも扱うのが大変なのに、女の子がこれを持つのは流石に……あ、持てちゃうのか……」
どう見ても両手で握って振り回すであろう戦斧を、片手で軽々と持ち上げてしまうルナ。しかもちょっと楽しそうだった。
「皆さん、お待たせいたしました」
そして、最後に来たのはミア。ギルドを丸1日空けてしまうため、色々やることがあったらしい。
「やっぱりギルドマスターの仕事は大変で、きゃあっ!!」
こちらに歩いてきていた彼女が突然視界からいなくなる。と、目線を下に向けるとリンカの氷で転び、地面に伸びたミアがいた。
かなり勢いよく滑ったのか、ローブの裾が捲り上がっていた。
「……リンカ、前にも同じことやりましたよね?」
急いで裾を直し、顔を真っ赤にしながら全ての元凶をで睨みつけるミア。仲間内では敬語を使わないと言っていたが……。リンカからすれば、唐突な敬語ほど恐ろしいものはないだろう。
「まあまあ、別に昔はよくあったことだし……」
「そういう問題じゃないですっ!!」
涙目になりながら、アレンの無意味な説得を押しのけた彼女は、地面に貼られた魔法の氷を一瞬にして大量の粒に変え、リンカの方へ打ち出した。
「ちょ、痛い痛いっ!! ホントごめんってば!!」
えっと、あのー……いつ出発するんですかね。