14.隠し通した12年間
魔王軍からノナテージを守った翌日、私はいつもの場所、つまりギルドの2階にある見晴らしのいい窓の前で、紅茶を飲みながら町の景色を眺めていた。
中央の大通りを歩いている人々も、裏路地の店で買い物をしている冒険者も、この町……いや、それだけじゃない。この国を動かせるような力を私は持っているのだ。
今でも、それがどうしても信じられない。
もし12年前、王都の襲撃が無かったら、私は今どのような生活を送っていたのだろうか。
きっと、あの地下室に死ぬまで閉じ込められていた。そうに違いない。
何故、私は外に出してもらえなかったのか。そんなの、単純な理由だ。
「私が怖かった」から。
魔法干渉能力……王家の血を継ぐ者の中で、ごく稀に発現する力。父も母も、兄や姉もそんな力は持っていなかった。
でも、記憶には残っていないが幼い頃、閉じ込められる前に私は無意識にそれを使ってしまっていたのだろう。
扱いを誤れば甚大な被害が出るかもしれないし、逆に上手く利用すれば最強の魔法だって作り出せてしまう。
そんな私の力を、父は恐れたのだろう。自らの王という立場を守るために。
実際、この能力に気付いてしまった今の私なら、民衆に酷いことをしていた父を叩きのめしていたに違いない。
はぁ、と溜息をつきティーカップを口に運ぶ。いつもローブのポケットに入れてあるスケジュール帳を取り出し、見開きに貼り付けられたあの紙を見た。
ティルから貰った、「脱出ルート」と書かれた1枚の紙。今、私が生きているのはこれのお陰なのだ。
記されていた場所の先にあったのは、先の見えない石造りの薄暗いトンネル。暗闇の中を怯えながら、一生懸命走ったのを今でも覚えている。
トンネルを抜けた先は、空き家の地下に繋がっていた。内側から掛けられた鍵を開け外に出ると、そこは活気のある平和そうな町だった。
夕暮れ時、身寄りのない私は、オレンジ色の光に照らされた空き家の壁に寄っかかって、途方に暮れていた。
王女であるが故に、何から何までやって貰えたし、外に出たことなど全くと言っていいほど無かったのだ。
『お嬢さん、涙で可愛い顔が台無しですよ』
そう言って、真っ白なタオルを差し出してくれた紳士的な男性。彼こそが、ノナテージのギルドマスターだった。
私が当ての無いことを伝えると、彼は「だったら、うちのギルドで働くかい?」と仕事と住む場所を与えてくれた。
始めの頃は、丁度今の私がいるカフェや予算の計算などの簡単なものを任された。ある程度の学力と礼儀はあったのが不幸中の幸いだ。とても桁数が多く、子供だった私にとって後者は中々の苦行だったが。
そして18歳になった日から、ギルドに持ち込まれたクエストを管理する仕事を任された。それとともに、冒険者達と話す機会も増え、色々な情報が入ってくるようになったのだ。
『王都の襲撃はひでぇけどよ、今の政治体制になって良かったよな。王が死んで正解だ。どうせ王子だって継いだら同じようになってただろうしな』
その日、王都を見てきたらしい酔ったとある冒険者の男が、カウンター越しにそう言ってきたことがあった。
私の父が、いや……王族がどれだけ人々に嫌われているのか。それを突きつけられた瞬間だった。
その時、男が持っていたお酒の入ったグラスが突然、パリンと割れた。それと同時に、私は妙な脱力感に襲われたのだ。
男は馬鹿力で割ってしまったのではないかと戸惑っていたが、耐久度は魔法によって高められていて、そんなはずはない。
この出来事によって、記憶の底に眠っていたある言葉が一瞬にして蘇ったのだった。
『魔法干渉能力』
地下で暮らしていた頃に読んだ、とある本の中に出てきた言葉。自らの能力に気が付いてしまった私は、自分自身が怖くなった。
グラスにかけられた魔法を極小規模の攻撃魔法に変えてしまったのかもしれない。この瞬間に、何故閉じ込められていたのかを理解した。
そして、王女であることを隠し続ける決意をした。
こんな能力を持っていなかったら。
それを考えずにはいられなかった。お城で楽しく暮らしていたのか。はたまた家出をしてどこかで幸せになっているのか。それとも、襲撃で死んでいたのか。
ただ、1つ分かることがある。この能力が、私の人生を狂わせた。
でも、捨てることは不可能に決まっている。だから、決断した。
「なら、この能力とちゃんと向き合って、絶対に幸せになってやろう」と。
それから毎日のように、誰にも見られないギルドの裏庭で練習をした。魔力の少ない私にとって、それは大変なものだった。変換前のベースとなる魔法に加えて、変換するための魔力も要る。私にとっては少しでもオーバーワークだった。
変換に失敗して火傷を負い、諦めそうになったこともある。
でも、それは間違いじゃなかった。
1年前くらいだろうか。遺跡の方に出かけた時、偶然にもモンスターと対峙している女の子を見かけた。彼女が身に着けていた、黒いしっかりとした生地の服や首から下げられている布、そして赤い眼鏡等、初めて見るものばかりだったので鮮明に覚えている。
だが、すぐに見間違いであることに気が付いた。戦っているのではなく、「襲われている」のだと。
虫のような、気持ち悪い外見をしたモンスターが魔法を撃とうとしているのを見て、私はそれと彼女の間に迷わず飛び込んだ。
攻撃の為に能力を使ってしまっては、力尽きてこの場に倒れてしまうことくらい容易に想像できた。だから、放たれた魔法を無に変換した。
女の子は驚いていたが、すぐに手を引き彼女を逃がした。
初めてこの能力が私を助けてくれた。どんな恐怖だって、手なずけてしまえばこっちのものなのだ。
だが、それから悩み続けることとなる。
『ギルドマスターに王女であることを話すべきか』
それを知って、彼はがっかりするのではないか。能力のことで避けられるんじゃないか。そんな妄想が、私を苦しめた。
何も言えないまま1年が経過し、一昨日の朝を迎えた。
ギルドマスターが重い病気を抱えていたことは知っていたが、それは突然のことだった。
寿命を悟ったのだろうか。彼は「故郷で最期を迎えたい」とのことで、私は駅に見送りに来ていた。
結局、言えず仕舞いになってしまうのか。そう覚悟した時だった。
『次のギルドマスター、お願いしますよ。王女様』
それは、列車に乗る直前のことだった。
魔法の練習をしていたことを、実はこっそりと見守っていてくれたのだろうか。
何と言えばいいのか分からないまま扉は閉められ、列車が駅から出ていった。
そして昨日の朝、彼が亡くなったことを知らされた。
いつの間にか、大切にしていたティルから貰った紙が濡れてしまっていた。急いで涙の零れそうな目を袖で拭い、パタンとメモ帳を閉じる。
その時、大事なことを見落としていたことに気が付いた。
ティルは「脱出ルート」をあの時点で知っていた。そして、私にこの紙を渡した。だが、あの時、この紙に文字を書く時間など無かったはずだ。
ということは……。
『私と一緒に城を抜け出す為に、脱出ルートを調べていた』
正直言って、都合のいい解釈かもしれない。
私1人を逃がそうとしただけかもしれないし、彼が執事の仕事に嫌気がさして抜け出したかったのかもしれない。でも、そうだと信じる。
ギルドマスターになった私が、彼の望む「普通の女の子」なのかは分からないけれど……。
私は、今の私が大好きだ。
「あっ、ミアさん。何でニヤニヤしてるんですか?」
「わっ! あ、エリーさんとカズヤさんでしたか……」
彼女らがいなかったら、王都に出向くこともなかっただろうし、過去を振り返ることも無かっただろう。
やっぱり私は、色々な人に助けられてばかりだ。
「そうですね……秘密ってことにしておきます」