13.最適化デートはNP困難
横になっている僕の体の上にドスッと跨り、朝から声を上げる者がいた。
「カズヤ、起きなさい! 約束守って貰うんだからっ!」
「分かってるって。あと、重いんだけど……」
僕の横っ腹にいつも通り拳が飛んでくる。真ん中に当たっていたらリバースするくらいの強さだった。
「じゃあ何、軽いって言えば退いてくれる?」
「軽いなら、乗っていたって問題ないでしょ」
じゃあ何て言ったら降りてくれるんだよ! と心の中で叫ぶ。「重い」でもなければ「軽い」でもない。そうだ、「丁度いい」なら……何故だか余計に変態っぽくないか?
「まあいいわ、退いてあげる」
そう言って、何も無かったかのように椅子に座ってパンをかじり始めるエリー。朝からどっと疲れた。そういえば、昨日は水にお酒を混ぜられて倒れたんだっけ……。
多分、ルナがここまで運んでくれたのだろう。
「それで、何をお望みで?」
面倒だ、という気持ちを込めてわざと変な言い方で問うと、彼女は机をバンと手のひらで叩きながら勢いよく立ち上がり……。
「今日1日、私とデートしなさいっ!!」
それを聞いたアキとルナが目を合わせ、クスクスと笑い始める。まあ確かに、僕も初めて言われたときは驚いたけどさ。
「やっぱり、それなんだね」
言うことを聞く約束をする度に、エリーは毎回必ずこう言ってくるのだった。このテンプレートと化したやり取りも、これで何度目になるのやら。
「で、今回はどこ行くの? ここ異世界だよ?」
「そんなのどこでもいいから、カズヤが決めてよ」
そう言い残して、部屋を出ていったエリー。いつもは行きたい場所をリストに纏めてくるくらいなのに、まさか今回に限って「どこでもいい」と言われるとは思ってもみなかった。
昔から「何でもいい」とか、そういう曖昧な回答が大嫌いなのだ。積分区間みたいに範囲をキッチリと指定してくれないと、どこを選べばいいのか分からないじゃないか。
しかも面倒なのが、「どこでもいい」はずなのに、気に入らないと文句を言ってくることである。「じゃあ自分で決めろ」と全力でツッコミたい。
まあ相手がエリーの時点で既に何かを言い返す気は失せているのだが。
それにしても、どこに行くべきなのだろうか。正直、ノナテージで生活しているがこの町のことは全然知らなかったりする。
食事も殆ど同じレストランで食べるし、武装はしないから武器屋とか防具屋には用がないし、道具を買うことだって稀だ。
お世話になっているのはライの鍛冶屋くらいか。
「ねえアキ、何かいい場所無いかな」
ギルドにフリーペーパーとして置かれている「ノナテージ完全ガイド」を本棚から取り、地図が載ったページを開いてアキに見せた。
彼女は僕よりも前からノナテージに住んでいるし、何よりも図書館で本を読みまくっているお陰で非常に多くの情報を持っている。ガイドとして同行して欲しいくらいだ。
「えーっと、そうですね……残念ですが、この町にデートスポットや高級レストラン、良い雰囲気のホテルとかは無いんですよ」
「あいにく、そういう類のは希望してないかな」
「もう面倒ですし、本屋とかで良くないですか?」
どんな良いスポットを紹介してくれるのかと期待していたのだが、あっけなく放棄されたのだった。
最後の頼みの綱であるルナに……いや、多分頼りにならないだろう。諦めて自分で考えるしかないか。
散々迷ったあげく、選んだ場所は最近できたらしい本屋とギルド2階のカフェや裏路地にある怪しい道具屋等の計10ヶ所。
地図の上に真っ白な紙を重ねて、その場所にペンでグリグリと点を打っていく。次に必要な道だけを写して簡易的なマップの完成だ。
決めた場所を全て回るのは至って簡単なことだ。だが、この何気ない地図が僕の理系魂に火をつけたのだった……。
「カズヤ、場所決まった?」
「あ、カズヤさんは今……」
丁度、計算が終わったと同時にエリーが帰ってきたので、数字と図形と記号でびっしりと埋められた紙を彼女に見せつけた。
「うわぁ、何ですかこれ……」
それを見て、ちょっと引き気味のアキ。まあ、そういうリアクションをされるのは想定内だ。
「最適化問題……だよね……」
「正解」
やはり、ルナとは気が合うのかもしれない。理系というもの同士はこういう感じで結び付くのだ。多分、きっと、メイビー。
「つまり、何をしたんですか?」
いいね、その感じ。興味を持ったものにどんどん質問するのは、とても感心だ。
「10ヵ所を回る順番なんて10の階乗だから……3628800通りもあるんだ。その中から最短ルートを探すんだよ。まあ、できるだけ短いのを求めるだけで完璧な答えは出せないんだけどね」
「なるほど、だから線をなぞっては長さを測って、ひたすら足し算をしていたんですね」
スーパーコンピューターなんかがあれば、総当たりで計算をさせて最適な解をだせるのだが、僕には短そうな経路を書いてみて確かめるしかないのだ。
「別にそんなことしなくても、町の中なんだからあんまり距離変わらないんじゃないの?」
確かにエリーの言っていることも一理あるのだが、ほら、ロマンってやつがあるじゃん? それと、もう1つ。
「きっとエリーちゃんと……できるだけ多くの場所を……回れるように……だよ……」
「あー違う違う、単に歩く距離を短くしたいからに決まってるじゃん。疲れるし」
そう本心を口にした僕はその直後、背後に殺気を感じたのだった。
「カズヤのバカー!!」
首の付け根にエリーの右ストレートがクリティカルヒット。あまりの痛さに椅子から落ちて悶える僕に、アキが「カズヤさんって、察しが良い時と悪い時の差が凄いですよね」と言ったのだった。