12.こんな私でも、ついてきてくれますか?
冒険者のうち数人が倒れたミアに駆け寄る。エリー達が攻撃を続けて、騎士団の進軍を阻止しているのを確認した上で、アキと共にミアの元へ急いだ。
「僕、気付いたんだ……」
「私も、多分同じこと考えてます……」
アキもきっと、城の地下に閉じ込められた時点で分かっていたのだろう。あの空間にあった、宝玉とやらが隠されていたであろう台座に描かれていた紋章に、見覚えがあったことを。そして……。
その紋章が、ミアのヘアピンと酷似していたことを。
彼女を囲む冒険者達の少し後ろで足を止め、アキは僕に小さな声で耳打ちした。
「ロザインの魔法、爆発音がしたのに町には当たっていませんでした。カズヤさんのように逆演算をしたなら、その場で魔法は消失するので爆発を起こすはずがありません」
この状況からして、ミアがロザインの放った魔法に対して「何か」を行ったのは間違いない。だが、魔法で相殺したら衝撃でこの辺り一帯が吹き飛ぶだろうし、アキの言う通り逆演算をしたはずがないのだ。
なら、どうやってあの魔法から町を守ったのか。
「カズヤさんなら知ってますよね。『演算』した魔法は式が固定されること……」
「ああ、この前聞いたよ」
魔法というのは、魔法の式を「演算」することでこの世界に生じた「現象」だ。魔法の式が「A」ならば「A」に対応した事象が発生する。決して「B」が起きることはない。魔法の式と魔法は一対一対応なのだ。
アキやルナの使い魔だって、形は変わるし自由に動くが、結局は「本人の意志を受けて動作する」という式で生じたものなのである。複雑ではあるが、根本の式は不変なのである。
これらを纏めると、「演算」後の魔法は「決められた動きしかできない」、そういう結論に至る。
つまり、アキは「ミアはこのルールに反することをした」と言いたいのだ。打ち消した訳でも、相殺したわけでもない。そう、「魔法が変わった」のだ。
「ロザインの魔法の……軌道が変わったってこと……?」
「必然的にそうなりますよね……」
ロザインは、町を吹き飛ばす為に魔法を撃った。その魔法は、一直線に飛んでいくに決まっている。それなのに軌道を変えて爆発した。
ミアは「演算」後の魔法に干渉し、「A」という式から「B」の現象を起こしたのだ。
「驚きました……でも、これが彼女の本当の正体を確証づけるんです。こんなイレギュラーな力を使える人は、実は限られているんですよ……」
アキは一息置いて、再び話を続けた。
「魔法干渉……これができるのは、『王家の血が流れる選ばれた人』だけですから……」
やはり、予想は正しかった。ミアは……あの襲撃で生き延びた、この国の王女だったのだ。
だから、アキが事件の説明をした時にあんな反応を……。
「ですが王子と王女、つまり彼女の兄と姉は遺体で発見されてますから……ミアさんは、第二王女だったのではないでしょうか」
そうアキが結論づけた時、騎士団が迫る方から、再び大きな爆発音が轟く。
「何があったのか知らないけど、ボクのこと忘れられちゃ困るんだよねー」
ロザインがニタニタと笑みを浮かべながら、冒険者達の放つ弾幕をスルッと抜けて、その手の中に巨大な炎の剣を作り出したのだった。数十メートルはある燃え盛る大剣を、大きく振りかぶる。
「……私は……まだ……やれます……!」
地面に手をつき体を支えながら、ゆっくりと立ちあがったミアはそう言い放ち、周りの冒険者たちを離れさせる。
「あははっ! 君も一緒に、町を真っ二つにしてあげるよ!!」
勢いよく振り下ろされた剣は、大きな地震を伴いながら、炎を纏った蛇のようになって地面を走りだした。
それがミアの目の前にまで来たその瞬間、彼女の黒い目は一瞬にして真っ赤に染まったのだった。
大地を這いずる猛炎は途端に分裂し、それぞれが巨大な燃え盛る弾丸となって、騎士団の方へ飛んでいく。
「なっ……!」
想定外のカウンターに対処できず、咄嗟に腕を胸の前で交差させたロザインだったが、自ら放った魔法によって地面へ落とされ、青い光となって散った。
これが、ミアの力なのか。相手の魔法を消すだけでなく、打ち返したり変化させたりもできるような、完全に僕の逆演算能力の上位互換的な存在だったのだ。
『私は魔法が全然ダメで……』
彼女は僕と同じように魔力が少ない。エリーのような強い魔法使いなら、手を握るだけで魔力の強さが分かるのだとか。ミアの魔力は少ないのは事実なのだ。
そしてもう一つ、魔法には「魔力が足りないとき、体力を強引に変換して力を使ってしまう」という特性があるのだ。僕の嫌な予感は、的中した。
「うっ……」
口を覆う彼女の手からは、真っ赤な血が溢れていたのだ。そしてそのまま、力なく膝から地面に崩れ落ちた。
「ミアさん!」
指揮者を失い行動できなくなった騎士団たちには目もくれず、冒険者達は一斉にミアの元へと集結する。回復魔法が使える者は、それをミアに使い続けていた。
「カズヤさん……肩を……貸してください……」
血だらけになった手を口から外し、僕に向かって小声でそう訴えかけた。本当はそっとしておくべきだろう。だが僕は彼女の意志を尊重すべく、肩の後ろを押さえて体を起こし、腕を背中に回してゆっくりと立ち上がった。
「ノナテージは……皆の力によって……守られました……。ですが……」
彼女を囲む冒険者達はワァっと盛り上がったが、「ですが」という言葉で一瞬にして場は静かになった。
「皆さんに1つ……隠していたことがありました……」
あの力を使ってしまった以上、秘密にしようとは思わなくなったのだろうか。彼女は一度息を吸い、フゥとゆっくり吐いて、言葉を発した。
「私は……この国の……最後の王族、つまり王女なのです……」
その「王女」という2文字に、何かを言う者は誰一人いなかった。衝撃の事実に、言葉が出ないのだろう。
「私の父、王は……多額の税金を取り立て、酷い法律を作って……皆さんに大変な思いをさせました……」
あの襲撃が起こるまで、この国は絶対王政だった。もしもあの後すぐに、王女であるミアが生きていたことが公になっていれば、彼女が権力をふるっていたことになる。
「それでも……!」
僕の肩に体重を預けていたミアは僕の腕をバッと振り払い、自力で立ちながら冒険者達に向かって問うた。
「こんな私でも、ついてきてくれますか?」
ミアは世襲ではなく、現在の民主的なシステムで権力を得たのだ。当然ながら、そんな彼女に文句を言う人などいる訳が無かった。
「よく言ったじゃないか!」
「そんなこと気にしないで! ミアさんのこと、信じてるから!」
「この国を頼むぞ!」
そんな彼らの言葉に、ミアは大粒の涙を零していた。ローブの袖で目を拭った彼女は、幸せそうな顔のままその場に倒れたのだった。
ユーラの魔法によって残ったモンスター達を一掃した後、町の冒険者たちがギルド1階に集まって「ミアのギルドマスター就任おめでとうの会」が開かれた。
だが、いつの間にか水だったはずのグラスに、何者かがふざけてお酒を注いでいた為に僕はその場で撃沈したのだった。