10.ノナテージ防衛戦
初めてこの世界に来たあの日、エリーと一緒に町に戻ってきたときにも立っていた門番が、派手に脱線した列車に気づき駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か!?」
「な、なんとか……」
レールを曲げてからこちらに来たルナが、歪んだ客車の扉をこじ開け何とか脱出。外から見てみると改めて、派手にやってしまっていたことがよく分かった。
「こんなんになるまで急いでいたってことは、何か理由があるんだよな?」
「今夜、魔王軍がノナテージを本気で潰しにきます!!」
門番のその質問に、待ってましたと言わんばかりにエリーが答えを言い放つ。
「何だと!? もうすぐ日が暮れるじゃないか!!」
太陽……ではない光の塊が地平線に沈みかかっているのを一瞥した彼は、門の横の詰め所に急いで戻っていった。そしてすぐさま、町中に緊急事態を知らせる為のけたたましいサイレンが鳴り響く。
それを聞いた住人や冒険者たちが、徐々に門の周りに集まり始める。僕達の後ろにいたミアが、意を決し大勢の前に出ていった。
「ノナテージの皆さん。まだ公表していなかったのですが今朝、ギルドマスターが病気でお亡くなりになったという連絡を受けました」
勢いのあった冒険者達のざわめきが、一斉に静まった。
「本人からの希望があったため、今日から私がノナテージのギルドマスターになります」
今朝……ということは僕達と王都に行く直前にそれを知ったということになる。だから、駅員にギルドマスターと名乗ったことに違和感があったのか。
「作戦についてはカズヤさん、お願いします」
「え?」
さっきから「私がリーダーとして、冒険者を統率します」みたいな雰囲気だったのに、まさか僕に振ってくるとは……。
ミアに向けられていた視線が瞬時に僕に集まる。昔から人前での発表とか、目立つのが嫌いな僕はこれに拒絶反応を起こすのだった。
「あ、え……えっと、その……うっ……」
気が付いた時には、あちらこちらに転がっている少し大きめの岩にもたれていた。丁度、空が赤から黒に変わる直前だった。
「あ、カズヤさん起きましたよ」
「全く、緊張しすぎて気絶するなんて……」
傍で見てくれていたアキと、代わりに冒険者達に指示をしていたエリーとの間で、これから激しい戦いがあるとは思えないような、まったりした会話が繰り広げられる。
僕の気絶で少しでも皆の緊張感が和らいだのなら……「そういう作戦で、わざと気絶した」ということにしてしまおう。
ごめん、無理があった。
「ちなみにだけど……何て指示を出したの?」
「『とりあえずゴリ押し。ケースバイケースで臨機応変に』って言ったわ」
何となく予想はしていたが、圧倒的雑さである。まあ、エリーらしいと言えばらしいのだが。
でも実際問題、相手がどんな作戦でくるか分からない以上、それも1つの正解なのかもしれない。
「なんだあれ!?」
集まった冒険者のうちの1人が声を上げた。皆一斉に、彼が指で差した方向に目を向ける。その光景を見た僕は、開いた口が塞がらなかった。
こちらに向かって流星群のように降り注ぐ無数の火球と、草原の中央に現れた、月明かりでも識別できるほどの闇の塊。魔王軍のお出ましだ。
すぐさま空中の弾にフォーカスし、逆演算を用いて軌道予測を始める。赤属性、軌跡は放物線で速度一定、方向は全てこちら向き……。頭の中で複数個の計算がガーッと同時に行われていく。
「多分ただの挑発だ。1つも町の中には落ちないはず……!」
それを聞いた冒険者達が門の近くまで待避した直後、激しい轟音とともに着弾した魔法が爆発を起こしていく。「ひっ」と怯えるアキをルナが庇ってあげていた。
やっと収まったかと思えば、立ち上る煙の奥に大きく横に広がった影が見えていたのだった。
「魔王軍……!!」
「……フフフ、せいかーい」
バッと吹いた強風によって晴れた黒煙の先に並ぶ、数え切れないほどのモンスター達。そして中央でふわふわと浮きながら不敵な笑みを浮かべていたのは……魔王軍三将の1人、レイスのロザインだった。
「また会っちゃったねー。でも今日は……逃がさないよ?」
そう言って、ロザインは人差し指で前を差した。それとほぼノータイムで、無数の騎士達が動き出す。
「行くわよっ!!」
「オーケー」「うん……」「はいっ!!」
ノナテージ中の魔法使いが、騎士団に向かって幾つもの攻撃魔法を乱射する。所詮は装備をしただけの下級モンスター。数では劣るが、果たして総力ならどうかな。
「ルーク召喚!!」
アキによって生み出されたそびえたつ城の駒、ルークがカクカクと動きながら直線状にモンスター達を轢いていく。スケルトンとかなら衝撃で致命傷を負うだろう。
「私の方が……ちょっと速い……」
魔法の打ち合いが繰り広げられている真下を潜り抜け、ルナは剣で騎士達と直接戦っていた。2本の剣を華麗に操りながら、時には銀のナイフも投げて、戦場を駆け抜けて行く。
「硬い鎧なんて……私の前じゃ空気と変わらねぇんだよ!!」
睡眠不足か、それとも休日を潰されたことへの怒りか、キャラがおかしくなっているユーラ。魔素の力で鎧を気体に変化させ、空気から巨大な金属柱を作り出しては、装備を剥がれたモンスターの上にドスン。中々にえげつない攻撃だった。
「絶対カズヤと遊んでやるんだから!!」
ノナテージを守るためとかカッコいい理由じゃなくて、僕に例の約束を守らせるためだったのにはガッカリだが、彼女が放つ光の束は間違いなく、的確に敵の数を減らしていった。
「ふーん、意外にやるじゃん……」
ボソッとそう言いニヤリと笑ったロザインはさらに高いところまで浮上し、その背中から巨大な魔方陣が現れる。
幾重にも重なったその魔法は、僕の逆演算能力をもってしても完全に解析することができなかった。
「町ごと吹っ飛ばしてあげるよっ!! 大丈夫、痛みなんて感じる前に全部蒸発させるからね!!」
彼が突き出した右手の先に、光の粒が集められ大きな球となっていく。
このまま、全てが壊されて終わってしまうのか? 何か、形勢を逆転できる方法は無いのか?
どんなに考えても思いつかなかった。町1つをまるまる消し飛ばすような威力の魔法なんて、ここにいる冒険者達全員で迎え撃ったとしても敵うはずがない。
唯一、僕にできる逆演算も複雑な魔法を処理するには相応の時間が必要だった。
もう、ダメなのか。パァンと魔法が放たれた音とほぼ同時に、辺りは強い光に包まれ少し遅れて爆音が轟く。
って、あれ? 爆音が聞こえたってことは、もしかして死んでない……?
閃光で眩んだ目が元に戻り始め、状況が少しずつ見えてくる。
でも、何が起きたのかは分からなかった。
ロザインと町の門との中点にあたる場所に、ミアが倒れ込んでいたのだ。