08.救世主は現れず
何とかヴァンパイアたちの襲撃を振り切り、僕は再びエリーがいる機関室へ、アキとルナは警戒の為に最後尾の客車で待機することとなった。
とはいうものの、列車という狭い空間での戦いとなると、空を飛べる相手の方が僕達よりも圧倒的に有利なはず。しかも、こちらは全ての敵を撃退する必要があるが、魔王軍としては先頭の蒸気機関車さえ壊せればいいのだ。
「ねえ、カズヤ。気のせいかしら……」
炎を火室に当てながら器用に窓から顔を出して、黙って進行方向を見ていたエリーが急に話し始めた。
「何が?」
「前、見て」
別に、口で伝えてくれればいいものを。わざわざ自分で確認しなければならないことなのだろうか。
彼女と反対側の窓から顔を出すと、遺跡駅の少し手前、大きな谷を鉄橋で越える区間が迫っていた。鉄橋といっても両側に柵がある訳でもないし、経年劣化していて正直安全とは言い切れないから少しブレーキをかけたほうがいいかもしれない。
「で、何が変なの?」
「多分だけど……」
元々は眼鏡をかけていたエリーの方が僕より視力が低いのだが、こっちの世界ではコンタクト的な働きをする道具があるらしく、それを使っているんだとか。だから、現在はエリーの方がよく見える。もしかしたら見落としがあるのかもしれない。
「……橋が無い」
「え?」
もう一度、外に顔を出す。さっきは橋がある前提で見ていたけど……。
「あ、本当に無い……ってそんな呑気にしてる場合じゃないからっ!!」
運転士に教えて貰った通りに、急いでレバーを動かしブレーキを掛ける。金属の擦れ合う、耳が痛くなるような高い音を鳴らしながら、車輪の回転数が徐々に落ちていく。
列車が停まったのは、谷に差し掛かる数メートル手前だった。
「ギリギリね……」
「はあ、死ぬかと思った……」
袖で額の汗を拭い、溜息をつく。ただでさえ高温な機関室で……。
「ど、どうしたんですか!?」
客車の方から、急ブレーキに驚いたであろうミアが駆け寄ってくる。橋が落ちてしまっていることを説明すると、彼女は腕を組んで考え始めた。
「そうですね……もう遺跡の研究所は目と鼻の先ですが、この谷を越えられないですし……」
機関車を置いて進みたくても、向こう岸に行けないのだ。谷も降りれるほどの傾斜ではない。
「やっぱり橋を掛け直すしかなさそうね」
「いやいや、それ何年かかるの……」
エリーの馬鹿げた案に呆れて、再び溜息を漏らす。
だが、正直それ以外の手段が見当たらないのだ。ルナも流石にこの距離を飛ぶことはできないだろうし、テレポートみたいな便利なものもない。あったら既に使っている。
「いえ、可能ですよ」
そう声を上げたのはアキだった。後ろにはルナも立っている。いつの間に、ここまで来ていたんだか……。
「橋を作れる人、知っているじゃないですか」
橋を1人で作っちゃうような馬鹿力の持ち主に会った覚えはないが……いや違う。魔法でなら……。
「……ユーラさんなら可能です!」
そうだ、ユーラならできる。幸せの羽を探しに行ったとき彼女は魔素を使った魔法で、金属のようなものの鎖を出してボロボロの吊り橋を固定してくれた。
鎖状ではなく直線状にそれを作れば、レールの代わりに使えるかもしれない……。
「根本的な問題で……ユーラさんが……ここにいないんだけど……」
確かに、ここにはいない。だがユーラは今……すぐ近くの研究所に戻っているはずだ。
「休暇は1日だけど、午後には研究所に戻る」と言っていた。偉いというか何というか……。
「エリー、ちょっと外に出て!」
「え、ちょっと!」
エリーの手首をガシッと掴み、機関室の扉を開け放って外に出る。呼びたいなら、気づいてもらえばいいのだ。
少し雑ではあるが、急いで組み上げた魔法の式をエリーに伝達した。
「はあ、疲れてるってのに……もう!」
そう愚痴を零しながらも、手を上に突き出すエリー。そして放たれた光は、僕達の頭上で大きな音とともに破裂した。
「おー、花火……っぽい何かですね」
昼過ぎで見えにくいというのもあるだろうが、何だかしょぼい花火になってしまった。普通に空中で爆発させた方が良かったかもしれない。
それから色々と雑談をして10分が経過。ユーラどころか、一向に誰もやって来なかった。
「その……言いにくいのですが……」
ちょこっと手を挙げて、申し訳なさそうに話し始めるミア。何かいい案でも思いついたのだろうか。
「この距離なら、私からユーラに伝達魔法が使えました……」
「「……」」
こうして、駅員を相手にしたときの責任感から多少は回復したであろう、ミアのしっかり者イメージが完全に消失したのだった。