07.帰りはフルスロットルで
燃え盛る炎の熱で、機関室の温度がどんどん上昇していく。真夏の同好会室など比ではないくらいに。
「カズヤ! もう疲れた! あと暑い!」
「いやいや、これができるのエリーだけだから」
額に汗を滲ませながら、文句をいうエリー。運悪く燃料が切れていた様で、エリーの魔法で炎を出して代用している。
いつもは時速40キロくらいで走行するこの列車も、駅の人に許可をとって最高速度で走行中だ。半ば強引だったが。
「この列車、ここまでスピードでたんですね……」
「普段も……もうちょっと速くしてくれたら……いいんだけどね……」
隣の客車からアキとルナと会話が聞こえる。間を隔てる扉の窓から覗いてみると、ミアは一人で窓の外を眺めていた。
「本当に……もうキツいんだけど……」
火室に向かって放たれる炎の勢いが少しだけ弱り始める。
考えてみれば、エリーは魔法を強化する傘を忘れてしまったにも関わらず、城の壁を破壊し僕達の服を乾かしていたのだ。魔力も体力もあまり残っていないのかもしれない。
「あれ? 何かこの魔法、無駄なところがあるね。ちょっと待ってて」
炎に目を向けて読み取った魔法の式が何だか気に食わなかった。もっと効率を高められそうだ。
「これを、こうして……炎の勢いが……よし、できた」
そして組み替えた式を伝達魔法でエリーに送り付ける。やはり逆演算は便利な能力だ。
「えーと、どれどれ……わっ、凄く楽になった! これならまだ持ちそう!」
燃料問題も解決したところで、一旦機関室の椅子に腰を下ろした。立ちっぱなしのエリーが文句を言ってくるが、時々殴られていることの仕返しに丁度良いと思い、無視してやった。
測定器がないため不確定ではあるが、機関車の走る音は80デシベル以上はあるだろう。そんな、積分タイム並みにどうでもいいことを考えていると、突然窓の外から爆発音が聞こえてきたのだった。
「カズヤさんっ! あれ!」
アキの呼ぶ声を聞き、急いで機関室の窓から顔を出す。
列車の後端が通り過ぎたばかりの線路が爆破されたのだ。そして、そこから上がる黒煙を突っ切って現れたのは、黒い羽の付いた2匹のモンスター。
時速100キロは出しているであろう列車に、飛んで追いついたのだろうか。
「あれ……魔王軍の手下……だよね……?」
「絶対そうですよ! ロザインが列車を襲おうとしているに決まってます!!」
もしもゼナのリークがバレていたとしたら、どんな仕打ちにあっているか想像もできないが、そうでなくとも僕達の動きを把握されている可能性は十分にある。
ロザインは僕達と戦ったこともあり、ある程度の権限があるミアが同行していることがッ知られているのなら、この列車を止めてしまえばノナテージ襲撃が容易になるのだ。確実に狙ってくるだろう。
「アキとルナはアレをどうにかして! 僕も行くから!」
「分かりました!」
「うん、分かった……」
窓から首を引っ込め、エリーの方を見る。何があったのかは会話から察してくれただろう。
「……1人で頑張れるから!! カズヤは早く行ってあげて!」
「うん。頼んだよ、エリー」
そう言い残し、扉を開けて客車側に出る。
それとほぼ同時にミアが立ち上がり、機関室への扉の取っ手を引いた。
「私がエリーさんに付いてますから、安心して下さい」
「お、お願いします」
確か、彼女は前にこう言っていた。「私は魔法が全然ダメで……」と。
この状況下での無力感からか、見守る役目を買って出てくれたのだろう。
全9両の客車を最後尾の車両まで全力で走り抜ける。まだ捻った足が少し痛むが、そんなことを気にしている暇はない。
「ナイト召喚!!」
「えいっ……」
最後の扉を開け放つと、そこにはナイトを2体使役するアキと、2本の剣で戦うルナの姿があった。
敵はコウモリのような特徴的な羽から考えるに、グレイスと同じヴァンパイア系統のモンスターだろう。格下なのは分かっているが、それでも油断はできない。
「スキが全然ありませんっ!」
「んっ……」
やはり騎士団のモンスターだからなのか、剣の技術に関しては長けているようで、アキのナイトもルナも押され気味だった。
だが、僕には魔法による攻撃手段がない。どんなに手伝いたくても、助けるとこができなかった。
すると突然、片方のヴァンパイアが剣を投げ捨て魔法の弾丸を打ち込んできた。完全に想定外だったか、接近していたナイトの1人は直撃を食らい砕け散る。合わせてアキも「うっ」と苦しそうな声を発した。
「ふぅ……こっちはどうにか……あ、危ない……」
何とか剣を交えていたヴァンパイアを壁に打ち付け、少し余裕ができたルナが溜息をつく。え、何が危な……あ。
もう1人がこちらに向かって、本気の魔法を打ち込もうとしていた。多分、さっき線路を爆破したのと同じものだろう。
「ここは僕に任せて」
発射とほぼ同時にアキの前に飛び出し、即座に逆演算、そして逆魔法化した式で打ち消す。このやり方にも、そろそろ慣れてきた頃だ。
僕の逆魔法が予想外だったのか、驚いて動けなくなっているヴァンパイア。僕の頭の横をヒュッと通過した何かが、その胸に突き刺さる。
苦しそうな声をあげながら、よろけて座席の横にもたれかかっていた。
「ヴァンパイアは……銀が弱点だから……ナイフ……投げた……」
「そういえば、ナイフ持ってたんだったね」
ルナと森で出会ったとき、彼女が太ももの辺りに何本かナイフを巻き付けていることを知ったが、一度も使っているのを見たことがなかった。対ヴァンパイア用なのだろうか。
だが、もう一方のヴァンパイアも再び立ち上がり、細かい魔法を連射し始めた。3人とも咄嗟に伏せて助かったが、これではルナがナイフを投げることができない。
「2人は……隣の車両に……早く……」
僕とアキをこの場から逃がそうとするルナ。だが、彼女には作戦があるに違いない。
アキの手を引いてほふく前進のまま扉に近づき、隙を見て一気に隣の車両に移った。
僕達が居なくなったことを確認したルナは、両手に握った剣を前方向に構えて弾を防ぎながら、バックステップで扉のところへ。それを見たヴァンパイアが魔法を撃ちながらさらに近づいてくる。
放たれる紫色の弾を剣で弾きながら、急いで扉を開けて客車と客車の間に立ったルナは、2本だった剣を1本の大剣に変化させた。
そして、真下にある連結器を思いっきり斬ったのだった。
横に取り付けられた手すりも斬り、できた金属の棒を投げ捨てるとヴァンパイア達が乗った客車は、車輪とレール、棒から耳が痛くなるような音を鳴らしながら、徐々に列車から離れていき、車輪が棒に乗り上げたのか見事に脱線。
鉄道関係者に怒られたりは……しないよね? これは仕方のなかったことだよね?
「連結器ごと切断してしまうとは……流石ルナさんです」
「えへへ……」
口は笑っているんだけど……小声でボソッと言われると凄く不気味だ。友達を増やすという目標はあるようだが、ここから改善しないといけないと本人は自覚しているのだろうか。