06.ノナテージ陥落作戦
ミアは女性だ。そして、目の前のゼナはよく分からないがさっきの言葉から考えられば、同じく女性だろう。
確か、「一目惚れした」と言っていたような……。
は?
何と言ってあげれば良いのか想像もつかないので、取り敢えずエリーの方に顔を向ける。
「ま、まあ、私はそういうのに……理解があるから……うん、頑張ってね!」
僕からの「何か言って」という意味を込めたアイコンタクトを理解したエリーは咄嗟に、凄くテキトーな返しをした。
「こ、これが噂の百合というやつですかっ!?」
「しー……最近の小学生って……そういうことまで……」
恋愛の形は人それぞれである。僕の中でそう定義し、この議論は終わりを迎えた。
「そうだ、ずっと馴れ馴れしく接してしまったが、大事なことを言っていなかったな」
ゼナがそう話を切り出してきた。「大事なこと」とは一体……。すると彼女は腰を上げ、下げた剣を右手で抜き、地面に勢いよく突き立てた。
「改めて自己紹介をしよう。魔王軍第三騎士団団長、ゼナだ」
別に騎士だということはもう知って……え、今何と? 魔王軍とか言わなかった?
「ゼナさん、モンスター……だったんですか?」
どんなに優しかったとしても、どんな恋をしていても魔王に使えているということは、彼女は必然的に僕達の敵になるのだ。会ってしまった以上、放っておくことは……。
「いや、俺は人間だが?」
「ええっ!?」
余計に混乱を招く発言をして、重い体を休めるようにドスッと椅子に座るゼナ。敵であると正体をバラしておきながら、余裕の表情で紅茶のカップに口を付ける。
「ん? ……ん、んんっ!?」
突然、カップをテーブルの上に戻したゼナが口を両手で押さえながら悶え始めた。
「口がっ、口がっ!! ……んんっ!! きゃっ」
そのままバランスを崩し、椅子ごと地面に倒れこむ。徐々に落ち着いてきたようで、やっと口から手を外した。
「ゼナは……本当に人間みたいだね……今のが証拠……」
そう言って、肩に掛けた鞄をゴソゴソと漁り始めるルナ。何が、どう証拠になるというのか。
「ゼナの紅茶に……この毒草の粉……ちょっとだけ入れておいたから……」
「ふぇ!?」
犯人は……ルナでした。
彼女曰く、人間にしか効かない毒草を乾かし、粉末状にしたものをゼナがアキと喋っている間に、紅茶の中に投入したらしい。少量だったので、口に激痛が走るだけで済んだとか……。
「さ、サイレントキラー……」
確かにルナの影が薄いのは事実だけどさ。エリー、サイレントキラーって生活習慣病とかのことだからね。何かカッコいいのは分かるけど誤用しないでね。
起き上がったゼナは、1度深呼吸をして話を続けた。
「それでだ、君達にしかできないことがある」
急に神妙な面持ちになった彼女は違うカップにまた紅茶を注ぎ、静かに飲んだ。
「今夜、魔王軍は可能な限りの戦力をノナテージに集め、襲撃する予定なんだ」
「ノナテージ……を?」
確かに、魔王軍からすれば当然の作戦である。人民と権力が集合した最大の都市を落とせば、ほぼ勝ったと言えるだろう。むしろ、今までノナテージが無事だったのが奇跡なのかもしれない。
「俺は、魔王軍の一員だ。だから、この作戦に参加しなければならない。でも……」
彼女は俯いていた顔をスッとあげ、強く言い切った。
「でも! ミアを悲しませたくないんだ!! だから、頼む……これを早く町の人に伝えて……ノナテージを……守って……くれないか?」
キリっとしていた綺麗な緑色の目から涙が零れる。その作戦が本当なのかは分からないが、ミアへの気持ちは本物のようだ。
「なら、早く駅に向かいましょう! もう3時過ぎてますから、そろそろ列車に乗らないとマズいです!!」
「うん」「ええ」「……わかった」
そこから再び徒歩30分、駅に着くと構内のベンチにミアが座っていた。僕達に気が付いたようで、立ち上がりこちらに歩いてくる。
「先程は取り乱してしまって……」
「大丈夫ですよ。僕達も色々発見できましたから。それよりも……」
幾つか理由は考えられるが、今は掘り返すべきではないだろう。
ゼナと会ったこと、そして彼女が言っていたことをミアに話した。勿論、ミアに一目惚れした件は除いて。
「そんなっ! どうすれば……」
ここからノナテージは鉄道を使っても2時間半ほどかかる。つまり、今から出発しても6時くらいに到着するため、ギリギリになってしまうのだ。
とにかく早くノナテージに帰る方法を考えていると、駅員と思われる男性が大声でアナウンスを始めた。
「えー、只今当駅に停車中の列車は、燃料切れの為運転を見合わせております。運転再開は午後6時頃になる見込みです」
「もしかして……つ、詰んだ?」
そうだ、もし運転再開を待っていたら襲撃に間に合う訳がない。
だが、逆に考えてみよう。運転を見合わせているならば乗客が誰もいないということだ。燃料が切れている? そんなの、簡単……ではないかもしれないが解決できるじゃないか。
「ねえ、エリー?」
「え?」
「カズヤ、ここ勝手に入って大丈夫なの?」
方法は至って単純である。燃料の代わりに、エリーの赤属性魔法を使うのだ。そして、普段は超ゆっくりなこの機関車を最高速度で走らせる。
「君達! 機関室に勝手に入っちゃダメだろう!」
先程とは違う駅員が僕とエリーの方へズカズカと迫ってくる。流石に怒られるよな。
だが身構えたその時、間にミアが割り込んできたのだった。
「私はミア、現在の……ノナテージのギルドマスターです」
あれ? 役職変わっているような……。
「これはギルド命令です。今すぐこの列車を、ノナテージに向かわせなさい!」
彼女の言葉に、駅員は黙って頷くことしかできなかった。