05.謎の騎士と優雅なひと時を
一度濡れて変な形になってしまった髪の毛を片手で弄りながら、城の跡地を抜けていく。服がしっかりと乾いているが、それはきっと僕が気絶している間にエリーが、赤属性の魔法をヒーターの様に使って水気を飛ばしてくれたのだろう。
「ここでやること、もう無いよね」
「そうね。ミアさんも心配だし」
ミアの頭痛が嘘であると仮定する。つまりそれは、この場から立ち去るための言い分となる。あの時のアキの言葉を遮った叫びも考慮すれば、彼女が何らかの理由で王都を拒絶していたのは明白だ。
では、その理由とは何なのか。僕の中では2つの候補が上がった。
理由その1、「人が亡くなった」等の悲しい話を聞くのを極端に嫌うから。だが、モンスターと人間が常に戦っているこの世界ならば、死というものはかなり近い存在だと思う。戦いの最中に少しでも気を抜けば、命を落とすかもしれないのだ。
ミアはギルドの中でも冒険者を管理する職に就いているのだ。僕は、この理由である可能性は低いと思っている。
理由その2、大切な人を事件で亡くしたから。そんな出来事が起きた場所に自ら行きたい訳がない。しかも彼女が叫んだのは丁度、アキが「王都にいた人々の殆どが命を落とし……」と言った時だった。
しかし、この理由にも問題はある。「大切な人」をミアの家族の誰かとする。その大切な人が亡くなっているのにミアが生きているというのは、アキの言葉から推測するに、彼女が旅行等で偶然王都から離れなければ起こりえない事象だ。
つまり、この理由である可能性も低いのである。
さらに、この議論には大きな矛盾点がある。多少は僕達で持ち上げたりしたものの、ミアは「自分の意志で王都までついてきた」のだ。拒絶する理由があるなら、幾ら押したところで断り続けるに決まっている。
では、ミアが嘘をついているという仮定自体が間違っているのだろうか。本当にそうならばこの議論は一気に崩壊するが、前に考えた結果も含めそれは無さそうだ。飲み過ぎで頭が痛いのなら、駅まで歩いて帰る方がよっぽど辛いだろう。
だが、本人に直接聞けるような内容でもない。流石の僕でも察しが付く。これでは迷宮入りだ。
「カズヤ君……大丈夫……?」
「……あっ、ごめん。ちょっと考え事してた」
再び肩を貸してくれているルナが、僕を議論の迷宮から引き上げてくれた。考え過ぎて回りが全く見えなくなる癖、直したいとは思ってるけど全然直らないんだよね。
「わっ……どうして急に立ち止まるのよ」
「ご、ごめんなさい。あそこに変な人が居たので……」
皆が揃ってアキが指差す方を見る。そこにあったのは……。
「お洒落な感じのテーブルと椅子があるね」
白い枠にガラスの天板が嵌めたテーブルと椅子が、何もかもが崩れてしまった王都の大通りのど真ん中に置いてあるお陰で浮きまくっている。僕の感覚では、木の椅子とかの方が妥当だと思う。色的にもコスト的にも。
「奥の方に……ティーカップで何か……飲んでる人が……」
「よく見たらティーポットもあるわ。ほら、あそこ」
確かに、藍色の鎧を着た人がこちらに背を向けて立っていた。それだけでなく腰に剣を携えていることから、騎士か何かだと推測される。他に分かることと言えば、焦げ茶色の短髪ということくらいだ。
ティーポットなんて、場所を言ってくれないと僕の視力では到底確認できそうもないが、まあエリーがあると言ったからあるのだろう。
「あの人、こっち睨んでるんだけど!?」
「近づいてきましたよ!」
持っていたティーカップをテーブルにそっと置き、ガチャガチャと鎧の音を立てながらこちらに歩いてくる騎士。これ、もしかして逃げた方がいい?
ルナが無言のまま2本の剣を出して十字に構える。エリーも右手を前に突き出し攻撃態勢に……っていつもの傘忘れたのか。
戦う気満々の僕達を見たその騎士は、スッと両手を上げた。攻撃する意思がないと言いたいのだろうか。
「君たちには何もしないよ」
その口から発せられたのは少し高めの落ち着いた声だった。髪も短めで顔立ちも中性的で、性別が全く分からない。
「俺はゼナ。まあ一応騎士をしている」
一人称が「俺」だから、男の可能性が高そうだ。聞いて間違っていたら非常に申し訳ないので、勝手に男としておこう。
「君達、丁度新しい紅茶が入ったところなんだ。飲んでいかないか?」
ミアのことが心配だが、アキが目を輝かせていこちらを見ているので、どうも断りにくく寄っていくことにした。憧れでもあるのだろうか。
見えていた椅子に座って待っていると、テーブルの上に人数分のティーカップが並べられ、ゼナな紅茶を注いでいく。何だろう、騎士っぽくない。
取り敢えず自己紹介を終えると、ゼナが話を始めた。
「大事なお願いがあるんだ、君達に」
「お願い?」
両肘をテーブルにつき、組んだ手のひらの上に顎を乗せながら、何故か紅潮し始めるゼナ。ちょっと意味が分からない。
「俺はな……君達と一緒に王都に来ていた女性に……一目惚れしてしまったんだ!!」
「「「「!?」」」」
今まで驚くことは沢山あったが、これが一番かもしれない。それくらい衝撃的な発言だった。
「えっと、つまりミアのことが好きなのね」
「あの素敵な女性はミアというのか!」
ミアに一目惚れしたってことは、僕達が王都に来た時に見ていたってことだよね? ストーカーにターゲットの名前を教えちゃった感が……。
彼の恋愛事情など僕にとってはどうでもいいのだが、ミアに接触させて大丈夫なのか、そっちの面が不安である。
「まあ、叶わぬ恋になるのだが……」
まだ雲のかかっていない空の方を向いて、ゼナはそう呟いた。何だか意味有り気な発言だが、小声で言っている以上、掘り返すのは良くないかもしれない。
「そうだ、クッキーでも食べないか?」
そう言って、彼女は下に置かれた光沢のある不思議な素材でできた鞄から袋と皿を取り出し、テーブルの上に置いてくれた。
「美味しい……」
「確かに紅茶に合うわね。これ、どこで売ってるの?」
エリーがそう聞くと、キリっとしていたゼナの口元が緩みだした。
「そ、それは俺の……手作りだ……。流石にこのくらいは作れた方がいいかな、と……」
まさか……一人称「俺」の女か!!