03.下を向いて降りよう
城の跡地を探索していると、塔があったであろう部分に居たルナが第一声を上げた。
「ここ……下に何かありそう……」
彼女の足元を見ると、タイルが敷き詰められた床の中で一か所だけ、金属製のハッチがあった。崩れた壁の端にかすかに布の破片が残っていることから、絨毯でも被せて隠されていたのだろう。
ということは、何か重要なものをこの下に仕舞っていたのかもしれない。
「……重っ」
1辺が約1メートルの正方形の形をした金属板は、僕の力ではびくともしなかった。それを見たエリーが横から手を伸ばしてくる。
「はあ、カズヤには無理よ。私に貸して……あ、これは無理だわ」
と、自分から言っておいて早々に諦めるのだった。
「よく考えたら私達、生きていた頃は引きこもり気味だったものね……」
そう、僕とエリーの出会いとも言える学級委員決めの時も、「2人ともいつも本読んでいるから頭良さそー」という理由で勝手に推薦された程だ。
「中学のときの体育の成績なんて出席点オンリーだったくらいよ」
「同じく」
50m走は最も遅く、バスケのシュートは1度も入らず、リフティングは最高1回で、1500m走は途中棄権。酷過ぎてむしろ誇れるレベルだ。
「運動しないと駄目ですよ……帰ったら、腹筋でもしたらどうですか?」
「「無理」」
即答する僕達に「論外です」と言わんばかりの呆れた顔で溜息をつくアキ。腹筋、やりたくないんじゃなくて本当に1回もできないんだよ。まあ、できてもやりたくないけど。
「……普通に開いたけど」
そんなやり取りをよそに、ルナが重いハッチを軽々と開けて見せたのだった。いや、あなたが普通じゃないので。
覗いてみると、暗闇に向かって梯子が続いていた。底は、見えない。
「これは私の出番ね」
そう言って、エリーは洞窟の時と同じように光の球を魔法で作り出し、穴の中を照らしてくれた。
「これで下が見え……ないんだけど。どこまで続いてんのこれ」
煉瓦を丸く組んで作られた穴は10、20メートル……いや、それ以上はあるだろう。エリーの光には動かせる距離に限界があるらしく、底まで照らすことができなかったようだ。
「ビームとか打ち込めば見えると思うけど」
「壊れるのでやめて下さい」
城をさらに破壊しようとするエリーをアキが制止する。照明代わりにビームを打ち込んで穴を破壊し自ら道を閉ざすくらいなら、床ごとやってしまった方が良さそうだ。
「ほらカズヤ、早く行きなさいよ」
「え、何で僕なの?」
エリーだけでなく、アキもルナもじっと僕に目を向けている。えぇ……まさか「男子だから」って理由じゃないよな?
「あっほら……万が一モンスターが居ても、カズヤなら逆演算すれば魔法撃たれても大丈夫でしょ?」
「凄く後付けっぽいね、それ」
しかし、この場で硬直していても仕方がないので、ここは率先して降りてみることにした。まあ、物音が聞こえたら戻れば大丈夫だろう。
金属の梯子に足を乗せる度に、カンカンという音が穴の中で反響する。それ以外の音が何も聞こえず、少し不気味だった。
ある程度降りるとエリーの光も届かなくなり、周りは完全な暗闇になる。梯子の横棒が等間隔に配置されているので、暗くても足を置く場所は何となく把握できた。だが、流石にこのまま進むのは危ないだろう。もしも、梯子が途中で終わっていたら底まで真っ逆さまだ。
「エリー、今のところは大丈夫だから降りてきて。もう少し下を照らしてくれないと困る」
足の下の方を見ながら彼女を呼んだ。この暗さでは、どうしても警戒しておかないと不安なのである。
「分かったわ、今行く」
そう彼女が言った後、上から金属音が同じように響いてきた。光の球もそれに合わせて下がっていき、僕が居る辺りも微弱ながら照らされてきた。
「あっ……」
金属音に混じって耳に入ってきたのは、エリーが発した声。
「か、カズヤっ! 絶対に上見ちゃダメだからねっ!!」
「えっ?」
急に大声を出されたために、言葉を聞く前に顔を上に向けてしまった。嫌でも目に入るのは、スカート中の黒い布。あ、どうしよう。
「ちょ、見ないでって言ったでしょ!!」
スカートを腕で押さえ、赤面しながら怒るエリー。それでも若干見えている。僕の目線をシャットアウトしたいなら消灯すればいいのに、彼女がとった行動はその逆だった。
「うっ、前が……」
光の球を思いっきり発光させたのだった。目を閉じれなかった僕の目は眩んで何も見えなくなる。
「きゃっ……」
それと同時に上から聞こえてきたのは彼女の悲鳴だった。それから1、2秒で僕の頭にドサッと何かが落ちてきた。
流石に耐えられず、梯子を掴んでいた手が離れてしまう。
偶然にも底に近かった場所のようで、足から着地して倒れたものの何とか助かったが……何だか凄く重い。
「いてて……」
視界が戻ってくると、現在の状況が良く分かった。倒れた僕の上にエリーが仰向けで寝そべっていたのだ。
「早く退いてくれないかな」
「わ、分かってるわよ!」
彼女が避ける前に、アキとルナも梯子を降りてきた。多分2人とも、この惨劇を目撃したに決まっている。
「下着が見えてしまうことに気付かないカズヤさんも悪いですが、自分で光らせといて、驚いて落ちるなんてエリーさんも中々……」
多分、それには「バカですよね」と続くのだろう。さて、僕に「先に降りろ」って言ったのは誰だったかな。
「ねえ、重いんだけど」
「分かったから、重いって言わないで。何か傷つく」
ようやくエリーが離れてくれたので、立ち上がろうと膝を折り曲げ立とうとするが、右足を地面につける度に激痛が走るのだった。
「あ……足、捻ったかもしれない」
痛みを我慢すれば立てはするだろうが、到底歩けそうにはなかった。すると、ルナが僕の右足と背中に手を当てながらひょいと持ち上げ、右手を掴んで肩に乗せる。
「歩けないよね……肩、貸してあげる……」
「あ、ありがとう……」
本当に動けないくらい痛いので、ここはお言葉に甘えておく。これでは完全に足手まといかもしれないが。
「あの……みんな……ごめんね……」
急に僕達3人に向かって謝るルナ。特にエリー以外は謝ることなど無いと思うが……。
「私が降りる時……誰かが入ってきたら大変だから……扉、閉めたんだけど……そしたら……」
「そしたら?」
「鍵がかかって……開かなくなっちゃった……」
「「「!?」」」
つまりは「閉じ込められた」ということだ。そんな仕掛けがあるということは、やはりこの場所は何かを守っていたに違いない。
だが、出口など他にあるのだろうか。この暗い中で探すとなると、かなり苦労しそうだ。