01.自分に自信を持って
窓の外に広がるのは、最早見飽きた森や草原。太陽……じゃない、光っているアレが真上に来る頃、また列車に揺られていたのだった。ルナに眺められながら、アキと僕がチェスをしているクロスシートの通路を挟んで反対側の座席には、二日酔いでぐったりとしているミアとのんびり昼寝をしているエリー。
僕達は今、ミアと一緒にこの世界の「王都」というところに向かっていた。時は約半日前に遡る。
シャワーも浴び、そろそろ寝ようと机上の積分ノートを棚に片付けていると、コンコンとノックする音が聞こえた。ドアを開くと、そこに居たのは飲み会帰りのルナとグレイス。彼女は魔王軍三将のヴァンパイアだが、とにかく優しい性格の持ち主なので心配無用である。
「ただいま……」
「あ、おかえり。大丈夫……って言うまでもないか」
どれだけ飲んだのかは知らないが、どう見ても彼女はお酒の影響を全く受けていない。やはり体力と同じようにアルコールにも超強いようだ。だが、その横の自称高貴なヴァンパイアさんは若干酔っているようで……。
「あー、楽しかった! また今度行きましょ!」
見事に壊れていた。
「え……いつもの口調はどこにいったの?」
「いつもの? あれキャラ作ってるだけだから。『貴様』とか使ったら何か強そうでしょ?」
「「「!?」」」
グレイスが酔った勢いで、自らの威厳を失っていくこの光景は実に面白いものだった。強いのは事実なのだが、三将としてのイメージが台無しである。
「ねえルナ、付き合ってくれたお礼に何か1つ、お願いを聞いてあげる」
変なテンションの彼女がまたとんでもないとこを口にする。飲んだことは無いけど、お酒って怖いね。
「えっとじゃあ……魔王城の壁、開けて欲しいな……」
「あ、そんなんでいいんだ」
指をパチンと鳴らし「はい、開けたよ」と言うグレイス。そんな簡単に開けちゃっていいものなのだろうか。魔王にバレたら怒られたりしないのか。
「……はっ、私……いや余は酔ってたのか!? な、何か変なことしてないよな……?」
と突然キャラが戻った、いや、酔いが覚めたグレイスが慌てながら聞いてきた。本人が覚えていないようなので、何も無かったことにするのが無難だろう。
「キャラ作りしてることを私達に明かして、さらに魔王城の壁を開けてくれました」
「えっ……」
わざわざ伏せておいた彼女の黒歴史を暴露するアキ。それを聞いたグレイスの顔がみるみる青ざめて……元々血色が悪いので分からないが、多分そんな感じだ。
「あー……もういいや……モンスター辞めようかな……」
「アンタ、ヴァンパイアなんだから人間辞めたんじゃないの? また辞めちゃうの? ニートになるの?」
エリーの的確なツッコミにも反応できない程、手で顔を覆って絶望しているグレイス。もはやフォローのしようがない。というか、モンスターって辞めたくて辞められるものなのか?
「もう……キャラ作りなんてしなくても……いいんじゃない?」
「……えっ?」
ルナの提案に彼女は顔を上げ、袖で涙を拭った。
「別に……強そうに見せなくても……だって……あなたは強いんだから……」
「ルナ……そう、だよね。私、一応は魔王軍三将なんだから!」
ヴァンパイアが冒険者に慰められる、というシュールなやり取りが僕の目の前で繰り広げられている。演じていたキャラを捨て、自分に自信をもったグレイスはいつもよりも輝いていた。
「それじゃ、私帰るわ。あ、そうそう……」
窓をバッと開け放ち、その縁に立ちながら話し始めた。
「明日、あのミアって女性と一緒に王都まで行ってみなさい。きっと新たな発見があるはずよ」
そう言い終えたグレイスは「それじゃ!」と別れの挨拶を口にして、コウモリの形に変わり飛び立っていった。
そんなことがあって、現在ミアを連れて王都という場所へ向かっている。
朝、ギルドに呼びに行ったら二日酔いで寝込んでいてあっさりと断られたが、「行き方が分からないから頼るしかない」とか「17歳くらいにしか見えない」等と持ち上げたら、「仕方ないですね……」と言って付いて来てくれることになったのだ。
次にどの駒を動かそうかとじっくり考えていると、足元の方からカランと音がした。アキがするりとテーブルの下に体を滑り込ませ、何かを拾い上げる。
その手の中にあったのは、金銀に装飾された十字と菱形が重なった、独特な形のヘアピンだった。アキは席を立って、それの持ち主の肩を軽く叩く。
「ミアさん、落としましたよ」
「ん……え、ああ、ありがとうございます」
頭を動かしたときに腕に当たって外れたのだろう。ミアは受け取ったヘアピンを髪につけ、再び頭を伏せた。
地図によれば、僕達がいるのは海に浮かんだ島のような場所だった。その全体が1つの大きな国となっている。広大な海の先がどうなっているのか分からない以上、「この世界=この島=この国」と言っていいはずである。
つまり「王都」はこの世界の中心に当たるような町なのだ。さぞかし、ノナテージよりも大きな、賑わっている場所なのだろう。まあ、僕はあまり好きじゃないが。