12.絶叫→鼻歌→絶叫
窓の外の喧騒も、どんな音だって今の僕の耳には入って来ない。
「そんなことがあったんだね」
机を挟んで向かい合うアキが、この世界に来た、つまり「どのように死んだのか」を話してくれたのだった。
「なんか……さっきまで楽しい雰囲気だったのに……ごめんなさい、壊しちゃって……」
「いや、頼んだのは僕だから。アキが謝る必要なんてないよ」
夕食をとった後、ルナ達をおいて僕とアキは先に宿屋に戻った。帰り道にその話題を振ったことで、今に至る。
エリーのそれは、こちらの世界で会ったその日に聞いたし、思い出したくもないが実際に目撃している。よそ見をしていて階段から落ちたのと、友達を庇ったというのには大きな差があるが。
この異世界に転生した人というのは、今のところ僕達4人以外には会っていない。探せば他にもいるのかもしれないけれど。
それにしても、何故ここまで上手く事が進んでいるのだろうか。エリーはノナテージ周辺で、アキはもう少し北の町で、ルナは森の中で、それぞれが別々に行動をしていたはずなのに、この短期間でパーティとして集まっているのだ。
これには違和感を覚える。
この世界に来た日、僕は偶然にもエリーと出会い、モンスターに襲われたところを助けてもらった。あの時は所謂「感動の再会」のようなものだと思っていたが、今となっては明らかに不自然な気がするのだ。
沢山の人々が生活するこの世界で、あの草原のど真ん中で、しかもモンスターに襲われている時というベストタイミングで、偶然にもエリーと会う確率なんて、限りなく0に近いだろう。
あれは、初めから定められていた運命のような、必然的なものだったのではないかと思っている。そうでもしないと、説明がつかない。まるで、神のような存在がこうなるように仕組んだような……。
「……ズヤさん、聞こえてますか?」
そんな突飛な思考を遮るように、アキが呼びかける。
「ああ、ごめん。エリーのこと考えてた」
「えっ……」
先程、2人がかりでソファの上に戻したのに、いつの間にか床に落下しているエリーの方に目を向けてそう言うと、アキが顔を赤らめ、驚いたような表情を見せた。
「やっぱり……2人はそういう関係だったんですか?」
そういう関係、とはどういう関係のことだ? 直前に該当するような言葉もないし……。
「カズヤさん、流石に察して欲しかったのですが……。えっと、2人は付き合ってたんですか? ってことです」
考え過ぎて思考停止する寸前のところで、アキが言い方を変えてくれた。ああ、そういうことか。
「別に、エリーと僕はクラスメイトで、2人で学級委員やらされて、同好会作っちゃっただけの関係だし、そういうのじゃないよ。勉強教え合ってただけだし」
大体、僕から見た彼女は、文系教科を教えてくれる比較的話しやすい女子に過ぎない。2人きりのことが多かったのは事実だが、恋愛感情などを持ったことは一度も無かった。
「それ、ほぼ付き合っているのと変わらないような……」
「まずは『付き合っている』の定義から考えないといけないね」
「あ、長くなりそうなのでしなくていいです」
残念。結構面白い話にはなると思ったんだけどな……。
会話が止んだ部屋に、「ぐぅー」というエリーのいびきだけが響く。とにかくうるさい。
無言で僕とアキは目を合わせ、同時にうんと頷き、床に寝そべった体を協力してソファに持ち上げる。そして、僕は親指を立ててゴーサインを出した。
「えいっ!」
「……ん……? って、痛い!! やめてっ!!」
包帯がグルグルと巻かれた左腕に容赦なく飛びつくアキ。そして痛みで絶叫するエリー。何ともカオスな空間である。
腕を動かし「放してよ!!」と振り落とそうとするが、アキも踏ん張って中々離れない。起こすのが目的だから、そこまでしなくても良かったんだけど。
すると彼女は腕を振るのを止め、痛みを我慢しながらアキに質問を投げかける。
「……で、誰に言われたの?」
「カズヤさんに頼まれました」
「正直でよろしい」
ちょっと待て、僕はただ「エリーを起こして」と頼んだだけだ。ソファから立ち上がり、指をぽきぽきと鳴らしながらこっちに向かってくる。嫌な予感しかしない。
「覚悟はできた?」
「いや、ちがっ……う゛っ」
いつものように、僕のお腹に叩きこまれるグーパンチ。寝起きだからか、通常よりも威力は弱めな気が……って何で分析してるんだ。
僕を殴って満足したのか、エリーは棚から着替えを取りだしてシャワールームに入っていった。
「あ、殴られたくなかったので嘘ついちゃいました」
平然と罪を擦り付けたことを自白するアキ。末恐ろしい小学生だ。
「うーん、アキらしい……のかな。でもまあ、被害に遭うのがアキじゃなくてよかったよ」
「えっ、あ……えーと、カズヤさんも……カズヤさんらしいですね。……優しいところが」
最後の方が、シャワールームから漏れる鼻歌のせいで上手く聞こえなかったのだが……前も聞いたが、「僕らしい」というのは褒め言葉なのか?
「痛っいぃぃぃぃぃぃ!! しみるぅ……」
またもや長考に入りそうになった僕を引き留めたのは、そんなエリーの叫びだった。多分、傷口にシャワーを当ててしまったのだろう。取り敢えずさっきのパンチの仕返し、ということにしておく。
「ふっ……エリーさんも、エリーさんらしいですね……」
この場合に関しては、「らしい」は全く褒めていないな。その前に苦笑が入っていた時点で、皮肉たっぷりなのは明らかだ。