10.腐っても女の子
僕とアキが床に寝そべるエリーを椅子の上に持ち上げると、グレイスは話を続けた。
「それで、余がここに来た理由だが……」
確かに、まだそれを聞いていなかった。何故三将のグレイスが僕達のところに……。
「この前剣を交えた……そうだ、ルナはいるか?」
「何か、ルナに用があるのか?」
そんな簡単に口を割るとでも思ったか。なんせ相手は超強いヴァンパイアだ。その用事の内容を聞くまでは、仲間の居場所を教える訳がないだろう。
まあ、優しいから襲うことはなさそうだけど。
「貴様ら、警戒しているな?」
「当たり前ですよ! あなたが本気を出したら勝ち目なんて無いんですから!」
彼女と本気で戦ったことが無いので確証は無いのだが、その意見には同意する。アキがそう言うと、グレイスはニヤリと笑みを浮かべた。
「余の今までの行動を見て、ルナに危害を加えると思ったか?」
「「全然」」
僕とアキの答えが重なる。単純に考えれば、彼女がルナに会いたい理由は「剣の勝負をもう一度したい」とかそんな感じだろう。あれ、でも今の……。同じことに気が付いたアキが鋭い指摘をする。
「その言い方だと『自分が優しい』ってアピールしている様にしか聞こえないのですが……」
「え……あっ、ちょ、ちょっと今のナシっ!! よ、余は魔王様に仕える気高きヴァンパイアだ! け、決してそんなことは……」
気高きヴァンパイアさんが優しさを否定できず、目の前で壊れ始めた。僕の中の恐怖心は行方不明になっている。
「で、結局何しに来たんですか?」
アキが一旦場を仕切り直し、話題を元に戻す。上がってしまった
「ルナは大人であろう? だから飲みにでも誘いに……」
「丁度さっき、飲みに出かけたけど」
「!?」
僕が言葉を遮るようにそう言うと、グレイスは想定外だったのか、驚きの表情を見せる。
「ならば仕方ない。店まで案内してくれ」
「その姿だと流石にマズいんじゃ……」
漆黒の羽に深紅のドレス、そんな女性が町に現れたら確実に騒ぎになってしまうだろう。元の世界なら「こすぷれ」って言っておけば大丈夫そうだが。
「それなら心配は要らん」
グレイスが指をパチンと鳴らすと、ひらひらとしたドレスは少しブカブカなローブに変わり、背中についていた羽は消失した。あと、若干濃かったメークが控えめになった。
「では案内して貰おうか……そういえば、こいつはどうするのだ?」
グレイスの目線の先には椅子から落ちて爆睡しているエリー。正直、僕も忘れていた。
「なっ!?」
寝ているエリーに触れ、急に驚くグレイス。寝相にでも驚いたのか?
「目覚めの魔法をかけたのに……全く効いていないのだが」
遂にエリーの睡眠欲は三将の魔法の力を超えたらしい。これで、戦いの時にどんなに叩き起こされそうになっても大丈夫……ってそうじゃない。そんなシチュエーションは存在しないだろう。
「おいていったほうが良さそうですね」
「だね」
そのまま放置するのがベスト、という結論に至り、グレイスは窓からこっそりと、僕とアキは普通に宿屋を出た。受付のお姉さんに見つかったら説明が面倒そうだからだ。
「えっと、ここです……」
ルナから飲み会の会場を聞いていたアキが案内してくれた店は、僕とエリーが初日に夕食を食べたところだった。店名を覚えていなかったから名前を聞いた時に気が付かなかったが、そういえばあの時も酔っ払いが沢山いたような……。
どのテーブルに座っているのかはすぐに分かった。学生服を着ている僕達は、ローブや鎧を着た冒険者が多い為とても目立つのだが、ルナは短めのワイシャツ、ダメージジーンズ? など特徴が多いのでさらに目立つ。まあ、エリーも結構変な服装をしているのだが。
異世界の人からすれば「何そのズボン、破けてんじゃん」という感じだろう。大丈夫、僕も理解できない。
「あれ……みんな来てたの……?」
テーブルの上に並べられた大量のジョッキ。優に30杯分は超えている。その隣には額をテーブルに付けるように頭を垂れるミア。そして反対側には2つの椅子をくっ付けて、上に寝そべるユーラの姿があった。
「何があったんですか……」
「うっ……ルナちゃん……お酒強す……ぎ……」
ミアが凄く辛そうな声でそう返してくれた。ギルドでクエストを管理しているというミアは「しっかり者」という印象が強かったのだが、酔っているのを目の当たりにし、僕の頭の中にあった彼女のイメージというものが崩れ落ちた。
アルコールは体内で、アセトアルデヒド、酢酸を経て水と二酸化炭素に変わる。「酔い」というのはアセトアルデヒドによって引き起こされるものだ。
再生能力が桁違いに高いルナ。もしかして、アルコールの分解も速いのでは……。
後ろにいたグレイスが、ルナの耳元に手を添えて何か小声で呟いた。
「は、はいっ……いいですよ……」
「それは良かった。倒れてる2人とルナの分、余が奢ってやろう」
人目も憚らず席に着くヴァンパイア。多分、自分がグレイスであることを伝え、バラしたら殺すとでも言ったのだろう。もう彼女の脅しは全く怖くないのだが。
それにしても飲み代を奢るとは太っ腹である。
「カズヤさん、ついでに私たちも何か食べます?」
「そういえば、まだ何も食べて無かったね」
僕達は隣のテーブルにつき、取り敢えず初日に食べたものと同じ、よく分からない肉のセットを注文した。知らないメニューに手を出すのはちょっと怖い。
ちなみに「よく分からない肉」と言ったが、店主に聞いてみたところ牛型のモンスターのものらしい。普通に「牛肉」って書いてくれた方が分かりやすいんだけど……。
「でも、エリーさん後で怒りそうですね」
肉を頬張りながら、アキが帰宅後の展開の読みを始める。
「最近体重増えたって言ってたし、丁度良いんじゃないかな。『ダイエットを応援したかった』って言っておけば何とかなるんじゃない?」
「エリーさんだって女の子ですから、そりゃ体重は気にしますよ。あの寝相ですけど。そんな理由を堂々と突きつけようとするのも、まあカズヤさんらしいですね」
それが褒め言葉なのか、皮肉を込めた言葉なのか、僕には分からなかった。