09.想定外の訪問者
神妙な面持ちで、ピンと背中を伸ばし椅子に座るルナ。何やら話があると言われ、僕達3人も席に着く。
「その……今日の夜、帰って来ないかも……」
「「「!?」」」
彼女の口から出た言葉は、誰もが予想もしていないようなものだった。「え、何? まさか男でもできた?」とグイグイ切り込んでいくエリー。それは、思考が単純過ぎやしないか? 比較的大人しい方だし、ルナに限ってはそんなことあるはずは……。
「何か……誘われちゃって……」
「「「!?」」」
アキは「ナンパですか? その男叩き潰してきましょうか?」なんて恐ろしいことを口にしている。やめろ、捕まるぞ。ルナ、まさか本当に……。
「あ、そういうことじゃなくて……ミアさんとユーラさんに絡まれて……『今日、飲みに行こうよ!』って……」
「「「……」」」
アキもエリーも思ったことは同じだろう。「ですよね」と。
あれ? でも、ルナって……。
「ねえ、ルナってお酒飲んでいい歳だっけ?」
「私、死んじゃったのは19歳のときだけど……1年くらい経ってるから……セーフだと思う……」
所謂「お酒は20歳になってから」というルールがこの世界にも適用されるのか知らないが、まあ20歳なら大丈夫だろう。ルナが飲みに誘われたということよりも、大人だったことの方に驚きを隠せない。
「でも……確かこっちでは……16歳以上だったような……」
それを聞いてガッと立ち上がるエリー。何となく、出てくる言葉は予想がつく。
「私もついてい……」
「「「やめて」」下さい」
「なんで!?」
万が一、エリーが酔ったら何を仕出かすか分からない。なんせ、平常時でもこの謎テンションと空気の読めなさだ(僕も言える立場ではないが)。僕が迷惑を被るのはもうお察しなので、やめて頂きたい。
「というかユーラさん、あの状態でお酒飲んじゃって大丈夫なんですか?」
確かに、さっき少し寝たとはいえ、いつもより体調が悪いのは事実である。
「ミアさんが言ってたけど……結構……強いみたいで……」
やっぱり人って見た目だけじゃ判断できないものだな。と改めて思った。
その後各々の趣味で時間を潰し、現在午後6時。ルナは少し前に「じゃあ……行ってくるね」と言って出掛けていった。
「あー……暇ね」
「……ですね」
特に目標というものが無い今、立てるべき作戦も無く、3人の趣味が見事に噛み合わないこともあってか、会話が弾まない。いつも、雑談時はルナが緩衝材的な役割をしていたのだ。
「なんか話のネタは無いの……!?」
エリーの言葉を掻き消すように、鍵を閉めていたはずの窓がバンッと勢いよく開かれた。
目に映るのは、見覚えのある深紅のドレスと長い金髪。そう、大きめの窓枠に腰掛けていたのは魔王軍三将の1人、ヴァンパイアのグレイスだった。
「あ! 私達が着替えてるのを覗いてた変態ババ……っ!」
最後に「ア」と発する直前、いつの間にか背後に回っていたグレイスの剣はエリーの喉元に当てられていた。
「貴様、死にたいのか? 一応言っておくが、余はヴァンパイアでは若い方だぞ?」
どんなモンスターでも煽って怒らせる。そんな度胸は賞賛に値するが、その謎スキルは本当に要らない。
「あのー……鍵閉めといたはずなんですけど……」
アキがもっともな質問を口に出す。そういえば、現在進行形で住居侵入の被害に遭っているだった。
「余はヴァンパイアだ。霧のような状態にだってなれるのだよ。貴様らが窓から目を離してるうちに、その状態で隙間を通って鍵を開けておいてだな。あとは頃合いを見計らって登場、という訳だ。普通に出てきても面白くないだろう?」
こちらとしては、別に登場シーンにエンターテインメント性を求めていないのだが。
「蹴破るという選択肢もあったが、それだと鍵が壊れて迷惑だろうと思ってな」
「そこは優しいのね」
グレイスに首根っこを掴まれながら、エリーは率直な感想を述べた。人を滅ぼそうとする魔王軍の、それも三将とは思えない性格である。
「なっ……優しいだと!? 余は三将の1人、決してそんなことは……」
「でも、人を殺したりはしないんで痛い痛い痛いっ!!」
グレイスは調子にのるエリーの頭をガシッと掴み、力を入れる。このままだと、グレイスが初めて手をかけることになりかねない。
「あ、今ちょっと手加減したでしょ! やっぱり優しいじゃないのこの変態ババうっ……」
エリーはその場で崩れ、バタッと床にうつ伏せになって倒れた。完全に自業自得である。
「今、エリーさんに何したんですか……?」
「ババアババアって煩いから、黙らせるために魔法で眠らせただけだ」
結局、散々グレイスを煽っておいて無傷で済んでいるエリー。「黙らせるために喉を掻き切る」なんて手段を選ばない辺り、やっぱりこの人……いやヴァンパイア、優しいのでは?