02.異世界の木は機敏に動くようだ
自称女神によって穴に落とされた僕は、まだ落ち続けていた。別に、パッと飛ばしてくれればよかったのに。お陰で数分間にわたり自由落下している。あ、やばい吐きそう。とにかく必死に耐える。地球上初めて異世界でリバースした人にはなりたくない。いや、意外にもう居たりして……。
そんなことを考えて気を紛らわしていると、遂に足元に光が見えた。その光に飛び込むと同時に、僕の意識はまた途切れた。
目を覚ました僕は、自分が置かれている状況を理解できなかった。女神様、何で草原のど真ん中に落とすんですか。
立ち上がろうとしたとき、ズボンのポケットからくしゃっという音がした。何も入れてなかった気がするけど……。手を突っ込んで取り出すと、入っていたのは一枚の紙切れだった。
『おとすとこまちがえちゃった てへぺろ てでぃ』
難読過ぎる独特な字体で書かれたメモをぐしゃっと握りつぶし、ぶん投げた。土に還れ。ついでに書いたお前も土に還れ。
その直後、背後からガサッという妙な音が聞こえた。メモとは違い、僕が出した音では無い。となると…………振り返ってみたが、特に何もなかった。そこには一本、結構太い木が生えているだけ。草原のど真ん中に木が1本だけぽつりと立っているのも異様な光景だが、ここは今まで僕が居た世界とは違う。小さいことを一々気にしてたらキリがないだろう。
そう割り切って視線をもとに戻した。すると、また後ろからガサガサと音がした。さっき何か言ったがあれは嘘だ。超気になった僕はもう一度振り返る。やはり、さっきとは殆ど変わっていなかった。木が少し近づいているのを除いて。
動く木、というのはどう考えても普通の植物だとは思えない。ちょっと気になった僕は、人差し指で幹をちょんと突いてみた。それと同時に僕の目の前には、真っ赤な2つの目とギザギザの大きな口が現れた。左右には枝くらいの太さの手のようなものが生えている。
あ、ヤバい。死ぬ。
察した僕はダッシュで逃げようとするも、躓いて転んでしまった。その木の口元が光ると同時に炎が放たれた。火を吐く植物ってどういうことですか。
異世界ライフも3分で終わりか。そう覚悟して目を瞑った。が、熱いという感覚は一向にしなかった。
「いつまで座ってんのよっ!」
前からどこか聞き覚えのある声がした。だが目を開くと、僕と木の間に立っていたのは全く見覚えのない女の子だった。漆黒の中に白が織り込まれたような配色のツインテールが揺れている。染めるの面倒だろうなあ。
女の子は僕を炎から防いでくれたであろうこちらも白黒の日傘を閉じ、木に向かって構える。そして石突から放たれた赤みがかったビームは木の根元に到達すると同時に爆発した。辺りに呻き声が響き渡る。
しかし一発では死ななかったようで、木はもう一度こっちに向かって火を放つ。咄嗟の攻撃に対処できなかったのか、女の子は傘でガードせずに横に避けた。
僕達さっきまで一直線上に並んでたよね。それで、真ん中に居た女の子が避けたよね。あ。僕に当たるじゃん。
再び死を覚悟したその時、僕の頭はいつもの感覚に襲われた。そう、数学の問題を解くときのように……頭がフル回転して何かを演算しているのだ。僕自身も正体の分からない何かを。
そして演算終了と同時に僕の手から現れた微かな光は、パリンという透き通った音をたてて炎を掻き消した。
「「えっ!」」
2人の驚きの声が重なった。目の前の木もちょっとびっくりしている……ように見える。表情変わらないから分からないけど。
我に返った女の子はもう1発、今度は木の顔面に向けて放った。先程より大きな呻き声とともに木は青い光に包まれキラキラと散っていった。
「あ、ありがとう……」
ズボンに付いた土を払いながら女の子に感謝の言葉を述べた。生きていた頃、いや、今も生きてはいるが……今までの人生である1人を除いてあまりにも女性と接点が無かった僕は、普段なら初対面の相手に対してぼそぼそと情けない声を出していると思ったが、何故かこの子に緊張することは無かった。
「……ねえ…………」
超睨まれてる。確かにさっき何か出来ちゃったみたいだけど、それが原因か?
「私とパーティを組んで!!」
つまり「一緒に戦って」ってことでしょ。唐突過ぎるお願いに言葉が見つからない僕は取り敢えず首を縦に振っておいた。強い人と一緒に居た方がきっと得だよね。あと理由は分からないけど、ちょっと話しやすいから。