05.魔法は深夜に作らない方が良い
雑ではあるが石で舗装されていた道も、橋から少し歩いたところで歩きにくい砂利道に変わった。整備するだけでもかなりの危険を伴うからだろう。
警戒態勢で歩みを進める僕達を最初に襲ったのは、上半身が鷲、下半身がライオンの明らかに強そうなモンスター。ドスンと大きな羽を広げて目の前に降り立ってきた。
「い、いきなりグリフォン!? しかも、この色って……」
「この真っ赤な翼、間違いなくガーネットグリフォンです!」
この前知ったが、こっちの世界にも同じ宝石はあるらしい。勿論、名称も一緒だ。
って、そんなことはどうでもいい。このガーネットグリフォンはヘテネトーゼ周辺のモンスターの中でも危険度が特に高く(ギルド調べ)、冒険者の中では「炎と光の怪鳥」とも呼ばれている。その名の通りエリーと属性が一致しており、彼女の魔法のダメージが軽減されてしまうのも厄介だ。
ルナが無言で、2本の剣を構え飛び出すが、グリフォンはそれを迎え撃つかのように深紅の嘴を開いて火球を放つ。急な攻撃に対し、彼女は前で剣を交差させて受け止めたが、そのまま突っ切れずにザッと着地した。
「熱い……近づいて攻撃するの……難しいかも……」
それを聞いたアキは「ナイト召喚!」と声を上げ、2体の青い騎士を構築した。アキのナイトは青属性魔法なので、グリフォンに対して有利ではある。
ルナの俊敏な動きには劣るが、相性の良さもあってか、同様のやり方でも火球を受け止められるようだ。
が、しかし。流石は上級なモンスターといったところか、吐き出すものを火球から光線にシフトしたのだ。防御の仕様がない角度からの攻撃に、ナイト達は呆気なく掻き消される。
「つ、強いですっ!!」
「やっぱり、ここは私の出番ね!」
グリフォンに怯えるアキと、何故か白衣の中をゴソゴソしているユーラをよそに、先頭に出るエリー。さっき散々説明したところなのだが、空気を読んで頂きたい。僕が言えたことでもないけど。
「てな訳でカズヤ、私が演算してる間に防御頼むよ!」
「はいはい……」
結局僕かよ、と思いながらも彼女の横の位置につく。いつも通り傘を、グリフォンを指すように構え、目を閉じて魔法の式を演算している。
するとグリフォンは何かを察したのか、こちらを目掛けて先程とは違う、真っ赤なビームを放った。すぐさま脳を逆演算モードに切り替える。赤属性と黄属性の成分が入り混じった、2属性魔法だ。少し赤属性が強めで、魔法の軌道は直線。光線の幅がこのくらいで……逆演算完了。
そして得られた式を演算し、水色に光る逆魔法をぶつける。グリフォンの攻撃はパリンという綺麗な音を立てて消滅した。
「ナイスよカズヤ! いっけぇぇぇぇぇぇ!」
エリーの傘から放たれたのは、見たこともないくらいに極太な光の束。もこもことした長い髪を盾のようにして蹲るレイも驚く程のものだ。それを避けようと飛び立ったばかりのグリフォンの頭に直撃し、ドサッと砂利の上に落ちた。
この魔法、実は僕が2日くらいかけて作成したものである。とにかくパワーを上げ、できる限り消費する魔力の量を抑え、かつ反動を減らす。そんな方針で作ってみた結果、パワーを従来の約4倍まで引き上げた魔法が完成した。できるだけ最適化して抑えたものの、魔力の消費量は約3倍、エリーへの反動は約3.5倍まで増えてしまった。
今になって考えてみれば、明らかに出力を上げ過ぎた気もするが、所謂深夜テンションで作ってしまったために、そこまで頭が回っていなかった。
案の定、反動で後ろに力が掛かり尻もちをつくエリー。何も言わずにこちらを睨んでくる。
「ご、ごめん……」
身の危険を感じた僕は謝罪の言葉を口に出した。その点に関しては、この世界に来て成長したところと言っていいだろう。
「カズヤさん危ない!!」
アキの叫びが耳に入り後ろを振り向くと同時に、落とされたグリフォンが嘴を開き最後の力を振り絞ってか、ずっと大きな火球を撃ち出した。逆演算に思考を集中させるもこの距離では間に合わない。
「パーティクルフュージョン……」
そうボソッと呟いたのは、さっきまで探し物をして全く周りが見えていなかったユーラ。その言葉によって起こされたのは、魔法をグリフォンごと消し飛ばすかのような激しい光と炎だった。
同時に巻き上げられた砂塵が落ち着くと、見えてきたのは大きく抉れた砂利道と数枚の真っ赤な羽。これが粒子魔法の力なのか……。
取り敢えず、自らの魔法で吹っ飛ばされたままのエリーに手を貸す。
「あ、ありがとう……」
何故か顔を少し赤らめながら手を握り返すのを確認し、ぐいっと引っ張り上げる。
「ねえエリー、ちょっと体重増えうっ……」
「あ?」
見事な左ストレートが僕のお腹に突き刺さる。
しまった。女子に対して体重の話題は触れてはいけないのだった。あとは年齢とかも……だっけ?
「あれ、ユーラさんは……」
そういえば、粒子魔法を撃った後、姿が見えないのだが……。
「そこでのびてますよ」
アキの指差す方向に目をやると、ユーラが地面に倒れていた。白衣の表面が少し黒っぽくなっている。炎によって焦げたのだろうか。
「その……反動が大き過ぎて立てないので……ちょっと負ぶって貰っても良いですか?」
もはやエリーの尻もちなど比ではなかった。多分だが魔法の威力は10倍以上、つまり反動も約10倍以上大きいはずである。
「粒子結合魔法なら全然大丈夫なんですけど……粒子崩壊魔法については未だに慣れて無くて……」
と、この場の女子全員が僕の方をチラリと見る。ああ、何となく察した。多分、男の僕がユーラを背負えとでも言いたいのだろう。
僕は呆れてため息をつき、ユーラの方に……は勿論行かずに視線をルナへ向ける。いや、だって僕よりルナの方が明らかに体力あるでしょ。僕の背中の耐荷重はリュック1つ分くらいだと思ってくれて結構だ。