02.もこもこビリビリ系女子のお願い
このままルナと理系トークを続けたかったが、別に後でもできるという理由で、エリーが帰ってくる前に僕達はシャワーを済ませておくことにした。
「じゃあ……私から……入ってくるね……」
「分かりました! じゃあ次は私で!」
2人はそんな言葉を交わし、ルナは着替えを持ってシャワールームへ、アキは机にチェスボードを作り出してまさかの1人プレイを開始した。
すると、アキは盤面に向かいながら何かをブツブツと唱え始めた。それと同時に2色の駒の位置が目まぐるしく変化していく。
「e4、e5、d4、ed、c3、dc、Bc4、cb……」
アルファベットと数字の組み合わせを暗唱している。多分、チェスの駒の移動の順か何かだと思うのだが。
何と言うか、暗唱を見せつけられた僕の、アキへの対抗心に火がついてしまった。
「100003、100019、100043、100049、100057、100069、100103、100109、100129、100151、100153、100169、100183……」
10万以上と範囲を限定した上での素数の暗唱。非常に実用性のない知識である。人生で役に立ったことなど一度も無い。
ちなみに現代文の授業中、教科書の代わりに素数表を眺めることで習得した。なお、その後の期末テストで現代文は10点だった。漢字以外全部バツである。
「……カズヤさん。急にどうしましたか?」
「素数を呟いてただけだよ。そっちこそ、何を言っているのやら」
「定跡ですよ、チェスの。『ダニッシュ・ギャンビット』といいます」
JSにまで心配される始末である。素直にスルーしておくべきだった。
それにしても、「ダニッシュ・ギャンビット」って何かカッコいいよね。
「……1ゲームしますか?」
「うん」
先程の茶番を無かったことにしたい僕は、アキの誘いに即答した。机を挟んで彼女と向かい合う。そういえば、出会ったときもこんな感じだったな……。
「じゃあ、ナイトをf3……ん?」
途中で何かに気が付いたのか、彼女は駒の移動先を言い切らなかった。
確かに、耳を澄ましてみると細々とした、聞き覚えのある声が聞こえる。それもシャワールームから。
そして、ルナの小声はドアを叩く音に変わった。
「ちょっ、ルナさんどうしたんですか!?」
アキがバっと立ち上がり、急いでドアを開ける。僕が被害を受けないようにか、はたまた僕を変態だと疑っているのか、アキは最小限しかドアを引いていない。
その狭い隙間から、ルナのいつも以上に弱々しい声が聞こえてくる。
「……下着……とって……くれない……かな……?」
シャワールームに何かを忘れるというのが、もはや恒例イベントと化していた。それを聞いたアキは、僕のことを警戒しながらルナのショルダーバッグを漁り、彼女に下着を届けた。
僕は変態じゃないです。正直、下着なんてどうでもいいと思っています。はい。
そんな、何とも言えない空気をぶち壊すかのように、外出していたエリーが帰還した。
「みんな~! 夕飯買ってきたよ~!」
両手に下げた紙袋の中に入っていたのは、丸いパンのような生地に色々な具材を乗せて焼いた、つまりピザに近い食べ物だ。
その……こっちの世界の生地系の食べ物は全部、とにかく硬いというイメージがあるのだが。
「カズヤ。食べれることは私が保証するわ」
エリーの口元に目をやると赤いソースが少し付いている。どうやらつまみ食いした模様。
「あれ? 珍しく、生地が美味しいですね」
アキの言葉を聞いて、試しに齧ってみた。「美味しい」というよりも、今まで出会った生地が噛めない程硬かったので、「食べれる」の方が感想としては正しいかもしれない。
小麦粉とか粉系の材料が特殊なのか、それともこの世界の人々は強靭な顎をもっているのだろうか。硬いパンの真相は未だ不明なままである。
食事をとった後、シャワーを浴びたエリーはベッドにダイブし、そのまま寝息を立て始めた。机上に結晶を並べて何かを作っているルナと、相変わらず1人でチェスを続けるアキ。
僕はエリーと一緒のベッドに割り振られているのだが、彼女が布団を蹴飛ばし大の字になって寝ているのを見て、ベッドは諦めた。
何だか、今日は疲れたな……。
「……ズヤさん、カズヤさん! 起きてください!!」
「……ん? 僕、もしかして寝ちゃってた?」
椅子に座ったまま寝てしまったようだ。アキに叩き起こされ時計に目を移すと、ちょうど短針は8を指していた。別にそこまで寝坊していないと思うのだが……あ。
ベッドの方を見て、起こされた原因を理解した。
「エリーちゃんが……起きなくて……何度か肩、揺すってみたけど……」
知ってた。今回はベッドから落ちていないが、枕に足が乗っていた。
エリーを起こすには実はコツがある。ただ揺さぶるだけじゃ起きてはくれないのが彼女だ。
「まず、こうやって仰向けにして……」
顔を布団に突っ伏しているエリーを強引にひっくり返す。気のせいか、1年前よりも重く感じる。
そして、少し強めに頬を抓る。寝起きが非常に悪くなるので極力避けたい手段ではあるが、確実に起きてくれるのだ。
「う~ん……痛い。ほっぺ抓るってことはカズヤね」
この後1発殴られたが、彼女を起こすにはこれくらいはしないといけないのである。2人は僕の大変さを分かってくれただろうか。
少し遅くはなってしまったが、朝食ととるために1階に降りる。エリーは「寝ぐせが酷いから先行ってて!」と言って、部屋でピンと跳ねた髪の毛と格闘している。
「おはようございます。……ってライさんとレイちゃんじゃないですか」
アキの言う通り、受付のお姉さんとライが話していた。レイは後ろにくっついてモジモジしている。僕達に気づいたライはこっちに近づいてきた。
「おはよう。カズヤ、実はレイが頼みがあるらしくてな。ほら、レイ」
ライは腰にくっついたレイを引き剥がし、僕達の前に突き出した。
「えっと、その……みんなに連れていって欲しいところがあって……」
きっとライが忙しく、かまってあげる時間が無いから一緒に遊んで欲しいとか、そんなことだろう。と思っていたのだが、全然違った。
「幸せの羽が欲しいの……」
「えっ……?」
レイの言葉に驚いたのはアキだった。僕とルナは「何それ」とお互いチラリと目を合わせた。それに気づいたアキがいつものように喋り始める。
「幸せの羽というのは、ドウクツシロイロチョウというモンスターから入手できるレアなマジックアイテムです。名前に『チョウ』と付きますが、虫の『蝶』ではなく『鳥』の方です。特に効果があるわけでは無いのですが、はるか昔に王子が王女に誕生日のプレゼントとして送っていたとか。その見た目の美しさと入手が困難なのもあって、市場には出回ってません」
「アキちゃんの言う通りだよ。私も大切な人にプレゼントしたくて……」
レイの言った「大切な人」というワードを聞いたライの表情が固まった。まあまあ、そんな年頃なんですよ。
「でも、レイを連れていく必要はあるの? 僕達だけで行った方が安全なんじゃ……」
「無理です。私達だけではほぼ確実に入手できません」
僕の提案をアキがバッサリと切り捨てた。レイを連れていかないといけない理由があるということなのか。
アキが話を続ける。
「レイちゃんを連れていく理由は2つあると思います。1つ目は、プレゼントだから自分も一緒に行かないと意味がない、という気持ち的なものです。これは、まあどうにかできなくもないですが、問題は2つ目です。ドウクツシロイロチョウから幸せの羽を手に入れるには、1つ条件があるんです。それも『電気系魔法を使い一撃で仕留める』というものが」
なるほど。僕達のパーティには電気系魔法を使える人がいない。エリーが使うのも黄属性魔法だが、あれは光系魔法だ。
それに対しレイはレグイド戦で見たように、かなり強力な電気系魔法を使える。だから、彼女を連れていかないと幸せの羽を入手できないのだ。
「そして、面倒なことがもう一つ。ドウクツシロイロチョウが生息しているのは『ヘテネトーゼ西の洞窟』なんです」
今、ヘテネトーゼって言ったよな? あの特別警戒エリアに突入するということか。
「あれ、ライさん? みんな何話してたの?」
寝ぐせを直し、階段を降りてきたエリー。後ろの髪がまだ1本だけ跳ねたままだが言わないでおこう。
「ちなみにドウクツシロイロチョウは強い光を当てると、吸収して回復する特性があるので、エリーさんの黄属性魔法は全く効きません。あと洞窟内で光なんて出したら目立っちゃいますから」
話の内容を聞く前にいきなり戦力外通告をされたエリー。エリーから魔法を引いたら多分何も残らない。
「それなら、エリーは留守番ね」
「だね……エリーちゃんの分まで頑張ってくるから……」
「何が!?」
よく考えたら、洞窟までの道のりでは戦力になるし、赤属性魔法も使えるので連れていくことになった。