01.異世界では何の役にも立たない知識
僕達は昼食もとるのも忘れて海で遊び続けていた。
グレイスに出会った後、少しだけ足を水につけていたら、背中にエリーの体当たりを食らい顔面から着水。全身ずぶ濡れな以上、もうどうにでもなれという思いでみんなと遊ぶことにした。
水中で足がつった時には、僕と違って泳ぎが得意なエリーが助けてくれた。
気づいた頃には、あの太陽もどきが沈みそうになっていた。
「そろそろ帰る?」
「そうね、夜の森は危険だから。私達はあっちで着替えてくるわ」
そう言い残して、アキとエリーは始めの時と同じ場所に消えていった。あ、ルナってどうするんだろう。
「あ……私はこれ着るから……大丈夫だよ。……防水加工したし」
木の下に置いていた短めのワイシャツを拾い上げ、濡れた水着を着たまま腕を通している。防水加工というのは、結晶を使うのだろうか。このワイシャツも意外に高かったりして……。
「あの……あまりジロジロ見られると……恥ずかしいな」
「ああ、ごめん。防水加工が気になっただけだから」
僕の自分の鞄から着ていた服を取り出し、木の後ろに隠れて着替える。
着慣れた格好で戻ると、ルナが木に凭れかかっていた。残りの2人はまだ着替え中なようだ。
「ねえ……カズヤ君……」
ルナが何か言いたげな表情をしている。
「どうしたの?」
「あのさ……帰りに、ちょっと寄りたいところが……あるんだけど……」
着替え終わった2人と合流し、アキの召喚した馬に乗ってノナテージの町を目指す。ルナの行きたいところというのはその途中にあるらしい。
時間も遅いので、アキには無理を言って馬を走らせて貰っている。ルナはアキの負担を少しでも軽減しようと、1人だけ自らの脚で駆けていた。
「ここ……だよ」
ルナが足を止めた場所にあったのは、小さな木で出来た小屋。「ちょっと待ってて」と言い小屋に入ってから、ものの5分くらいで戻ってきた。
肩には、先程までは無かった大きめのショルダーバッグ。彼女が歩くたびに、中身が金属音を立てていた。
「それ、何が入っているんですか?」
「うーん……町に戻るまで……秘密……かな」
荷物が増えたはずのルナは先程と変わらぬ速度で森を駆け抜けていく。急に足を速めたかと思えば、僕達が追い付いた時には目の前でモンスターが倒れている、なんてこともあった。
笑顔で2本の剣を楽しそうに振り回すルナの表情は、しっかりと記憶に残るものだった。
「町に来たの……久しぶり……」
ノナテージの門をくぐった僕達は、偶然会ったライに夕食に誘われたが、疲れもあったので丁重にお断りして宿に直行した。
「おかえり~……ってまた一人増えてるね」
受付のお姉さんもこれにはびっくりだろう。よく考えたら、パーティメンバーが毎日1人ずつ増えている。
「どうせ後10万シルンくらい請求するつもりですよね。先に渡しておきます、どうぞ」
エリーが買ったばかりのポシェットからコインを10枚取り出し、バンッと机に叩きつけた。
「そんなつもりは無かったけど、まあ貰っておくよ。それにしても私、そんなにお金大好きに見えるの?」
「「「はい」」」
いつものように最上階まで階段を上り、部屋の扉を開く。朝、慌てて出かけたために部屋の床は綺麗とは言い難い状況になっていた。具体的に言うと、エリーの持ち物が散乱している。
「で、カズヤ。ベッドはどうするのよ」
「え?」
部屋にあるのは2人用のベッドが2つ。つまり、誰か1人が必ずエリーと寝なければいけないのである。マズい展開になってしまった。
「絶対にエリーさんとは寝たくないです!」
「そ、そこまで酷いの……? じゃあ……私も……」
一番嫌なパターンが来ました。この流れだと、確実に僕がエリーと一緒ではないか。だったら床で寝たほうがマシだ。
「3人で1つのベッドに寝れば解決するのでは?」
「た、確かに……でも、きつくないかな……」
そう言いながらお腹をツンツンと突いているルナ。別に太っているとかでは無くて、定員という絶対的な壁のせいなのだが。
話し合いの結果、毎日交代でエリーと寝ることで合意した。ちなみに今日は僕が被害を受ける。
「流石にお腹減ったから、買い物行ってくるね」
小走りで部屋を出ていくエリー。階段を上っている時に彼女のお腹が鳴るのを聞いて、プッと笑ったらパンチを食らった。
「それで、その荷物って何なの?」
「私も気になります!」
それを聞いてフフッと微笑んだルナはバッグを開き、机の上でひっくり返した。出てきたのは大量の……何これ。
「私……実は結晶技師の資格……持ってるの……」
「「結晶技師!?」」
結晶技師といえば、この前エリーが話してくれた、結晶を用いて魔力で動作する回路を組むために必要な資格のことだ。
ということは、机に散らばっている訳の分からないものは全て彼女が作ったものなのだろう。
「これは何ですか?」
アキが拾い上げたのは、六角柱の形をした黒い棒。真ん中と先端が白く塗られている。
「その白い部分に……魔力を……流してみて」
「ここですか? わっ!」
棒の先端から3センチメートル程の小さな炎が上がった。魔力を燃料とするライターみたいなものか。
「カズヤ君……これ……試してみて……」
ルナに渡されたのは、アキが使ったものに1本の黄色い線が入った装置だった。
「魔力を流すってこんな感じか痛っ!!」
あまりの痛さに投げてしまったが、ルナがナイスキャッチ。その、僕に電流が流れてきたのだが。
「これ……ビリビリボールペンの……真似してみたんだけど……どうかな……?」
「凄い痛かった」
「やっぱり……もうちょっと弱めよう……」
さりげなく装置の実験台にされたようだ。ルナは器用な手つきでそれの解体をし始めた。
六角形の筒の中には照明によってキラキラと輝く石が入っていた。これが結晶というやつだろう。
「それにしても、女性の結晶技師って珍しいですよね」
「まあね……大学では……工学部だったから……こういうの好きなの」
え、今何と? 工学部だって? 所謂リケジョってやつですか?
「赤、黒、茶、金……は?」
「抵抗のカラーコード……でしょ? 200Ωで誤差±5%……かな」
こんな会話ができる仲間が出来て本当に良かった。今度、好きな曲線について語り合おうではないか。