07.最高速度80km/hのJD
「みんな……迷っちゃったんだ」
森の中で迷ってしまったことを伝えると、ルナはクスッと笑った。今回に限っては、僕のせいである。空中で発光している使い魔が太陽だと勝手に思い込んでしまったのが原因だ。
この世界は元々いた世界とは違う。常識に囚われてはいけないのだ。
「どこに……行きたいの?」
そう優しい声で問うルナ。おとなしい性格とその声は、もはやテディより女神に向いていそうだ。
「海に行きたかったんだけど……」
「そっか……じゃあ案内するね。私、この辺りは慣れてるから……」
性格の割にはアクティブな模様。そういえば、体力には自信があると言っていたが、一体どれ程のものなのか。
するとルナは、アキの腰に両手を伸ばし、ひょいと持ち上げて自分の背中に乗せる。
「わっ!」
「アキちゃん……ちょっと我慢してね。2人は……頑張ってついてきて」
そう言い残し、ルナはアキを乗せたまま駆け出した。
駆け出したという表現が合っているのかも分からないくらいの、それも秒速20メートルは優に超えている。
「うわあああああああああああああああああああああ!!」
数秒でルナの姿は森の奥に消え、アキの叫び声も聞こえなくなった。
「ついてきて」と言われてもアキの召喚した馬は、アキとの距離が広がり過ぎて消えてしまったし、あの速さでは馬でも追いつけないだろう。せめて車とかでないと。
と、それに気づいたのかルナが猛ダッシュで戻ってきた。背中に乗せられたアキはぐったりしている。
「ごめん……速過ぎた? 時速80キロで走ってたんだけど……」
「うん、普通に徒歩で案内して欲しいな」
自信があるどころの話ではない。人間の域をはるかに超えている。
「分かった……あ、アキちゃん大丈夫!?」
「……なんとか」
ルナの後ろから負ぶわれたアキの弱々しい声がした。ルナは背中からアキをそっと降ろすと、さっき駆けていった方へと歩き出す。
「じゃあ……いこう」
まあ、あの体力があればきっと戦力にはなるだろう。
そこから20分ほど歩くと、遂に視界が開けた。目の前に広がるのは、空の発光物体からの光を反射してキラキラと輝く海だった。
「カズヤ、こっち見ないでね」
エリーはそう言ってアキと一緒に森の中へと入っていく。そしてルナは僕の目の前で、服のボタンを外し始めた。って、おい脱ぐな。
「あ……水着つけてるから……大丈夫だよ?」
確かに短いワイシャツの開いた胸元には、これまた白い水着が見える。
「良かった……もし下着だったらカズヤは今頃海に沈んでる頃よ」
エリーがそんな怖いことを言い放った。いや、万が一下着だったとしても脱いだのはルナじゃないか。僕に罪は無いはずだ。
そして、またここで疑問が生じる。何故、水着はセーフで下着はアウトなのか。布の面積、殆ど同じだろう。
「取り敢えず、カズヤもあっちで着替えて来て。もし覗いたら殺す!」
覗く気なんて全く無いし、エリーのお着替えシーンなど覗く価値がない。覗いて発生するメリットなど何一つ無いではないか。
エリー達とは反対側の木々の後ろに隠れて、僕の低価格バッグから水着を取り出す。
あっ。流石エリー、覚えてくれていたんだな。
2人が選んでくれたものに着替えて森から出ると、僕以外の3人はもう着替えを終えて砂浜に集まっていた。
「「えっ?」」
僕の姿を見たアキとルナの反応が見事に被った。エリーは横で苦笑している。
「上にラッシュガードを着ているのがそんなに変か?」
場が凍ったままなのも嫌なので、率直に聞いてみた。
「何というか、カズヤさんらしいですね」
「ちょっと……カッコ悪いような……」
「元々引きこもりタイプだったから、まあ妥当な恰好かもね」
2人の意見に対し、エリーがフォローになっていないフォローをする。
別に、「腹に謎の紋章があって見せたくないから」とか「昔、戦った時に負った傷の痕を隠したい」みたいな理由ではない。ただ上半身に何か着ている状態が落ち着くだけだ。
「これから遊ぶのはいいんだけど、日焼け止めとかってあるのか?」
言い終えた瞬間、自分が馬鹿な発言をしてしまったことに気づいてしまった。だって、空中で光ってるあれは……。
「だから、太陽じゃないって言ったでしょ? 紫外線は出ないの」
そう言い終えたエリーはアキを連れてバシャバシャと海に入っていった。僕の横には2人を見つめるルナが立っている。
「ルナは海に入らないのか?」
「あ、えっと私は……その……泳げないから……。カズヤ君は……行かないの?」
「だって、僕も泳げないから」
僕とルナはエリー達が遊んでいるのを眺めながら、砂浜に座って喋っていた。
ルナは19歳、大学1年生の時に病気で亡くなったらしい。名前を漢字で書くと「瑠奈」。人付き合いは苦手で、頭は良い方なんだとか。
「それで、そのナイフは武器として使うのか?」
僕は彼女の太ももを指して聞いてみた。いや、正確には太ももに巻いたベルトにつけられたナイフなのだが。
というか、危ないから遊ぶ時くらい外して欲しい。
「このナイフは……サブの武器かな……。私のメイン武器は……これ」
ルナが両手を、何かを持つような形に変えると……突然、緑色の2本の剣が出現した。少し透明な部分もあり、明らかに金属ではない。
「これ……魔法なんだよ」
つまり、アキの召喚するような使い魔の、遠隔操作ではなく直接握るバージョンだと考えればいいのだろう。魔法で構築されていれば、物を切ることもできるはずだ。
しかし二刀流で、しかも魔法の剣となると体力も魔力も消費が激しいと思うのだが……さっきの走りからして、きっと余裕であるに違いない。
「っ!」
今、何者かの視線を後ろから感じた。急に僕が振り向いたからか、ルナが少し怯えている。
「ど、どうしたの……?」
「……誰かいるのか?」
気配のした方向に問いかけてみたが、何一つ反応は無かった。まあ、自ら「覗いていました」宣言をすることになるのだから、のこのこと出てくるはずも無いのだが。