01.女神お手製のぬいぐるみはカオスでした
気が付いた僕の目に映るのは異様な光景だった。何も無い、永遠に続く暗黒の空間。
地面は見えないものの存在し、歩くことは出来るようだ。地面も黒い為、進んでいるかは分からないが。
ここが何処なのかも分からず彷徨うのも無駄だと考えた僕は取り敢えず待つことにした。
それから数分後、暇そうにしている僕の前に現れたのは…………青い何かのぬいぐるみ。顔っぽい部分は継ぎ接ぎだらけで、多分首であろうところの縫い目は所謂並縫い。緩んだ隙間からは綿が溢れている。目の前の混沌とした物体は、もはや何のぬいぐるみなのか特定不可能だと思われる。
そんなどうでもいい分析をしていると、何処かから僕を呼ぶ声がした。
「ねぇ、君! こっちこっち!」
声の主は女の子のようだが、周りを見渡してもこの真っ暗な空間には勿論誰も居ない。
「こっちだってば!」
その声と同時に前に置かれたカオスな物体の四肢であろう部分がぐにゃっと動き出した。そして、こっちに向かってきた。
「うわっ気持ち悪っ!」
咄嗟に思ったことをそのまま口に出してしまった。それが相当ショックだったのか、ぬいぐるみは動きを止めた。
「…………これ、私……が3ヶ月か……けて作った……大作な……のに……」
声の後ろから啜り泣く声が聞こえる。おっと、これはマズイ。僕、よく常識が無いとか言われるんだけど、流石に女の子を泣かせちゃいけないっていうのは知ってるよ?
「ほ、ほらここ! 足とか良くできてるよね! このパンダのぬいぐる…………」
「クマだからっ!!」
おっと全力でフォローしたつもりが、火に油を注いでしまったようだ。顔とか少し白いところがあったからパンダだと思ったのだが。
「あとそこ足じゃなくて手っ!!」
ド下手なぬいぐるみに対するフォローという僕の努力を無駄にした罪は重い。
「こんなの分かるわけないでしょ!? 何で手が頭から生えてるの!? しかも耳3つあるよ!?」
「はぁ!? それ1つは尻尾だから!」
ちょっと待って。尻尾は頭から生えません。
これ以上揉めてもきりがないと察した僕は、話題を替えることにした。このままじゃ、もう絶対鎮火しなそうだもんね。
「ところで、ここはどこ?」
「…………君、あの後どうなったか分からないの?」
その女の子はぐすんという音の後にそう言った。
あの後…………あ、そういえば僕、テスト受けてたんだっけ。確か優勝して、壇に登ろうとして……。
「え、もしかして僕…………コケて机の角に頭ぶつけて死んだの?」
「まあ、ほぼ正解」
正直、ここが死後の世界だと言われたら、この変な空間も説明がつく。それならぬいぐるみ喋るのも、何でもアリだ。それにしても、ダサい死に方をしてしまったな。あの時、試験監督の人に無理だと言っていれば……。
「正しくは……まだ死んでないけど」
ぬいぐるみから飛び出したのは意外な言葉だった。いやいや、結局どっちなんですか。死にかけってこと?
「今、病院に運ばれて緊急手術中よ。ただ…………」
「ただ?」
「助かる可能性はほぼゼロ」
「ゼロ」という言葉が、僕の微かな期待をぶち壊した。なんだ。結局死ぬんだ、僕。
「…………そこで、君にチャンスをあげるよ」
どうせ、もう一度生まれ変わってやり直さないかという提案だろう。目の前のぬいぐるみの中の人が、手術成功の確率を弄れるとは思わない。だが、そのチャンスというのは僕の予想の斜め上を行くものだった。
「違う世界に行ってみない?」
数少ない友人から聞いたことがある。「らのべ」とかいう部類の小説で人気の、えーと…………そう、異世界転生ってやつじゃないか。推理小説か数学書しか読まないから良く知らないけど多分それだろう。
だが、一部気になる点を見つけた僕はそれを指摘した。
「僕が異世界を選んだと仮定して、もし手術成功したらどうなるの?」
そしたら2人の僕がそれぞれ違う世界に存在するということになってしまう。
「あー、それは大丈夫。異世界を選んだ瞬間、君の命が絶えるから」
さらっととんでもないことを言ったぞ、この多分女。
「で、どうする? 行かないならもとの世界に戻しちゃうけど」
「…………行く」
この状況で「行かない」なんて選択肢は僕にはない。戻ったらほぼ確実に死ぬし。だったらチャンスは活かすべきだろう。
「うんうん。良い選択ね」
すると僕の足元にあったはずの床が急に消えた。見た目じゃ分からないけど、足にあった感覚が無くなったからだ。
落ちていく途中、穴の上から声が聞こえた。
「言い忘れてた! 私、女神のテディっていうの! 一応、覚えといてよね!」
あっそうですか、という感じで聞き流した。あれ、女神だったんだ。女神って不器用なんだね。僕のどうでもいい知識が一つ増えた。
こうして僕、姫乃 数八は異世界に行くことになった。あ、名字はスルーして。正直いい思い出一つもないから。
「まぁ、本当は手術成功するはずだったんだけどね……」