06.証明終了にはQ.E.D.を使いたい年頃です
もう一時間くらいだろうか。僕達は森の中を彷徨っていた。
ミアに言われた通り、真っ直ぐ西に向かって進んでいたはずなのだが、歩いているうちにズレてしまったのだろうか。
「ねえカズヤ、西がどっちなのかって何で判断してたの?」
「日が沈む方向……だけど」
それは昨日、レグイドと戦う前に確認していた。この世界では、太陽は真東から昇り正午に真上を通過、そして真西に沈む。
「もしかして、今は午前だから逆側が西っていう……」
「そうだけど」
意外にも、エリーに理解力があって助かった。いちいち説明せずに済む。
だが、僕の返事を聞いたエリーは小さく溜息を吐いた。横にいたアキも呆れ顔をしている。
「あれ……太陽じゃないから、軌道も定まってないの。昨日は偶然真っ直ぐだっただけよ」
「え!?」
僕の完璧な理論をぶち壊すようなその一言に驚きを隠せなかった。それなら、あの空で光ってる物体は何なのか。その疑問にアキが答える。
「遥か昔、この世界は常に真っ暗だったらしいのですが、ある日その時代の王様が最強と言われていた魔法使いに『魔法で灯り用意するのめんどいから、この世界中を照らしたりできないかな? あ、できれば暗い時間も欲しいな』って頼んだそうです」
王様のお願いが壮大過ぎる。でも、あれが今も光ってるってことは、その魔法使いが作ったわけだ。それで、最後に付け加えたのが夜ってことか。
「魔法使いは『いいよ』と答え、空中で膨大な魔力を凝縮し、あの半永久的に燃え続ける使い魔を作り出したそうです。町の図書館の歴史書に書いてありました」
なるほど、あれは大型の使い魔なのか。半永久的っていうのは、つまり凝縮した魔力が切れれば熱を放出しなくなるということだろう。
ここで一つ、どうでもいい疑問が浮かんでしまった。僕は、一度気になったことは聞かなきゃ気が済まないタイプなんでね。アキが何故歴史書を読んでるのかも気にはなるが、今はそれどころではない。
「その魔法使いはその後どうなったんだ?」
「自分の魔力を出し切ったみたいで、その場で死んじゃいました!」
「「死んだ!?」」
僕とエリーの驚く声が重なった。というかアキ、笑顔で「死んじゃいました!」とか言わないで。
「確かヘテネトーゼっていう昨日の遺跡の北側にある小さな村に、彼を祀っている石碑があったはずです!」
ヘテネトーゼ……宿で地図を眺めた時に見た覚えがある。ノナテージとは比べ物にならない程小さな村で、人口も100人以下。
そして何よりも重要なことが、ヘテネトーゼの周辺はギルドによって「特別警戒エリア」に指定されていることだ。
特別警戒エリアは、その名の通り強いモンスターがうじゃうじゃいるということではない。
モンスターの強さは地域をすこし変えると、なだらかに変化するものだ。弱いモンスターの多い草原の横にある森にいるのは、同じか少し強いくらいのモンスターである。強さが急に変わることは殆ど無い。
つまり、その例外に当たるのが特別警戒エリアである。何らかの原因によってその区域だけ、モンスターの生態系が急激に変化しているのだ。知らずに踏み入れてしまった冒険者は想定外の強さのモンスターに遭遇しても、何もできないだろう。
そう、ヘテネトーゼの人口が少ない原因はそれだ。観光に行きたくとも、安全に辿り着ける保証がない。だから人気もない。
だが逆に言えば、ヘテネトーゼの住民は相当強いはずだ。日々、強いモンスターから村を守っているのだろう。
「今度、行ってみるか?」
そこまで弱くない僕達ならばヘテネトーゼに行くとこができるだろう。多分。
秘境のような場所は貴重なアイテムも多いだろうし、何よりアキが行きたがっている。大金が入ったからといって、宿屋に引きこもっていては時間も勿体ない。
「いいんですか!? やったー!!」
案の定、アキが満面の笑みを浮かべた。これを見ると、やはり決定が間違っていなかったことを証明できて安心する。「よってヘテネトーゼに行く価値はある Q.E.D.」という具合だ。
しかしその喜びもつかの間、僕達の目の前に何かが木の上からドスッと落下してきた。
それは、長めの黒い髪を1本に纏め、短めのスカートの下にダメージジーンズとは言い訳できない程破けたズボンを穿き、へそが見えるくらい丈の短い白の服を着た、太ももから出血している女性だった。
この服、よく見たらワイシャツに似ている。もしかしたら、彼女も僕達と同じく転生してきた人なのかもしれない。それが本当ならば、もはや運命と言わざるを得ない程奇跡的な事象なのだが。
って……血出てる!
「えっと、何か傷を塞ぐものは……」
「包帯ならありますよ!」
「私は巻き方分からないし何も持ってないから、ここで応援してるね」
ナイスだ、アキ。そういえば昨日の夜見せてくれたな。いつでもアキが携帯している薬箱みたいなもの。他に頭痛薬とかも入っていた。
あとエリー、包帯巻くのに応援は要らない。
「……えーと私、大丈夫だから」
そう声に出したのは落ちてきた女性だった。枝が刺さったのか、かなり傷が深そうなのだが。
「何言ってるの! こんなに血が出てるのに!」
言い返したのは応援しているはずのエリー。普通の人なら誰もがそう突っ込むだろう。
「見ててね……ほら」
女性はそう言うと、左手を傷口に当て、数秒置いてスッと離した。
何と傷は何事も無かったかのように綺麗に塞がり、手には触れた時の血が少し付いていただけだった。だが、彼女は確かに怪我をしていたはずだ。脚の下にポタポタと垂れた血がそれを示している。
「傷が無くなった……」
それを見たアキは唖然としていた。回復魔法か何かだろうか。いや、普通の回復魔法では体力は回復できても外傷は治せないと聞く。
それなら、今のは一体……。
「私、自己再生能力が段違いなみたいで……あと、ちょっと恥ずかしいけど体力も」
普通の人間だったら治るのに数週間はかかるような傷を僅か数秒で消してしまうというのは、段違いというレベルじゃない。異常といってもいいだろう。
左右の脚にベルトを巻いてナイフを何本かぶら下げていることから彼女も冒険者、それも近接武器タイプのだろう。殺し屋じゃないと祈りたい。
僕達のパーティには主に2つ、重大な欠点がある。
まず、全員が近距離での戦いに向いていないことだ。僕は逆演算に時間がかかるためある程度の距離を要するし、エリーの得意な攻撃魔法は遠距離用、アキのナイトは使い魔だから近距離で召喚してもあまり役に立たない。
そして、誰一人として回復魔法が使えないこと。今の状況では誰か1人が脱落するとバランスが崩れてしまう。僕は魔法からの防御、エリーは攻撃、アキは両方の支援。特にエリーがいないと攻撃力が一気に落ちてしまう。
つまり、近接武器を使い回復不要な人を仲間にしたいのだ。
立ち上がった彼女の身長は僕よりも少し高かった。やはり年上のようだ。
こんなところで1人ということは、どこのパーティにも入っていないはずだ。
「僕達のパーティに入ってくれないかな」
僕は堂々とそう告げた。エリーとアキが突然勧誘をした僕を止めないのは、もう学習したからだろう。
「本当に!? 私が!?」
勿論、その質問に首を縦に振って答える。
「わ、私……る、ルナっていうの……えっと、よろしく……ね?」
「「「よろしく!」」」
3人で声を揃え、パーティにルナを迎え入れた。そういえば何か忘れているような……。
「そ、そういえば……みんなはどうして……こんなところに?」
「「「あっ」」」
僕達、迷子でした。