05.フレキシブル使い魔
「「「海?」」」
ミアの提案に3人の声がハモる。
朝、ベッドから落ちたエリーを叩き起こし階段を降りると、1階にはミアが待ち構えていた。また、依頼か何かかと思ったが、彼女が口にしたのは予想外の言葉だった。
「皆さん、騎士団長討伐の賞金も貰ったでしょうから、海にでも遊びに行ってみては?」
この世界にも海ってあるのか。そりゃ、永遠に陸地が続いていても困るのだが。
「海……いいですね。行きましょう!」
「私も行きたい。水着買ってくるわ!」
そう言い残し、宿屋を飛び出すエリー。「あ、待ってください!」と叫びながら、それを追いかけるアキ。朝から騒がしい人達だ。
海。というか水にはその……嫌な思い出しか無いのだが。
小学1年生、学校のプールで足が底に付かず溺れる。小学4年生、家族とキャンプをした時に近くの川で流される。中学2年生、修学旅行で行った海で浮き輪から空気が抜けて死にかける。高校1年生、襟井に強引に連れていかれた市民プールで足がつって沈むも、何とか彼女に助けられる。
以上が、僕が水が嫌いな理由である。
だが、好き嫌いよりも大きな問題が。
「ミアさん、僕……泳げないんですけど」
ちなみに修学旅行の時はその後砂浜でお城を作っていました。それを見た先生が「それ凄いじゃない! 泳げなくてもほら、海楽しめるでしょ?」と褒めてくれました。何とも言えない気分です。
「え……マジですか?」
「マジです」
「カズヤ、カナヅチなのか。そんなんじゃモテないぞー」
僕の発言に苦笑するミアと軽く煽ってくる受付のお姉さん。後者は正直どうでもいい。僕はモテないし、モテたいとも思わない。面倒なだけだろう。
「その、泳げなくても……水面にプカプカと浮いていれば……」
「それで死にかけてるんで!」
ミアの提案を大声で突っぱねる。
あの時は浮き輪を信じて使っていたのに、まさか空気が漏れるという形で裏切られるとは思ってもいなかった。無論、砂浜一択である。
「で、行き方は……」
「それなら町を出てから西側に真っ直ぐ進み、森を突っ切れば着きますよ。ここ、ノナテージはかなり海が近いところにあるので」
森を通るというのは少し不安だが、ここから近いようだしエリーとアキもいるから大丈夫だろう。
僕はミアにお礼を言い宿屋を出て、2人を追いかける……あ、水着ってどこで売ってるの?
「カズヤー! 買ってきたよー!」
声のする方を向くと、こちらに手を振るエリーとアキの姿が目に入った。水着を買いに行ったはずなのに、アキの背中には初めて見るリュックが、エリーはこれまた見覚えのないポシェットを肩にかけている。
「それ……何?」
2人の鞄を指差して問いただした。
「これですか? 荷物を入れるために買ったんです。ちょっと高かったですけど……まあ騎士団長討伐のご褒美ということで」
「え、それいくらだったの?」
「私のリュックとエリーさんのポシェット。合わせて200万シルンです」
高過ぎませんか、それ。家賃10ヶ月分なんだけど。もしかして、ブランド品だったりするのだろうか。勿論僕は、使えれば鞄なんて何でもいい派の人間である。
「そういえば、討伐の報酬ってどのくらいだったんだ?」
「昨日の夜、服受け取るついでにギルドに寄ったんだけど……驚いたわ」
「私もびっくりしました!」
何だか、そう言われると期待してしまう。そんなに沢山貰ったのだろうか。
「賞金……1億シルンだったの!」
「1億!?」
1億シルンなんて大金を僕達は手に入れたのか。その金額、実に家賃41年と8か月分。もう冒険者やめてのんびり暮らしたいのだが……まあ2人が許してくれないだろう。いや、2人には悪いが1億シルンを山分けしてパーティ抜けるのもアリだな。
「ちゃんとカズヤの分も選んであげたんだからね! まあ5000シルンの安物だけど」
「最後何て言った?」
エリーが僕の前に差し出したのは、適当に選ばれた水着を突っ込まれているであろう、同じく適当に選ばれた青色のショルダーバッグ。外側に2つ、内側に1つのポケット付きで機能性は優れている。やるじゃないか、鞄職人。
「内ポケットもあるし、別に問題ないよ……あっ」
ポケットを留めている金属のボタンを外すと、その勢いで縫い付けられていた布が一気に剥がれ落ちた。僕の褒め言葉を返せ、鞄職人。
「もう面倒だから出発しようか。どうせ、こんな小さいポケット使わないし」
外れた布を2人の前でヒラヒラさせる。高いバッグを買ったことへの嫌みのつもりだったのだが……。
「気にしてないみたいだから、海行こうか!」
「ですね!」
察しの悪いお二方は満足気な表情で門の方へ歩みを進める。はぁ、と僕は溜息を漏らし彼女らについていくのだった。
門を出て、西側を向いてみて思ったことが1つある。ミアが言っていた森、結構遠くに見えるのだが。
「えっと、歩くんですか?」
「「考えてなかった」」
僕とエリーによるほぼ同時のノープラン宣言。その方面には鉄道も無ければ、馬車すらも無い。大抵の冒険者達は、森でのモンスター討伐も兼ねて海に遊びに行くため、徒歩が多いらしい。
だが、僕達は違う。ただ、海に遊びに行くのだ。苦労してたまるもんですか。
「それなら、私のナイトに乗って行きますか?」
戦闘用の使い魔を乗り物として使うとは、大胆な発想だ。だが、それには1つ問題がある。
「アキのナイト、上に騎士乗っていなかったか?」
ナイトのうち、必要なのは馬の部分だけだ。騎乗している騎士は攻撃時以外は完全に要らない子である。
「馬だけでも召喚できますよ」
「えー、使い魔ってそういう物なの?」
「ナイト、馬だけ召喚!!」
いつも通り、ではない掛け声によって構築されたのは3頭の……青い馬。一応、鎧は着けているようだ。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!!」
アキの指示によって、僕達を乗せた馬は草原へ駆け出す。使い魔だからか、かなりのスピードを出している割に乗り心地は良かった。実際の馬に乗ったことは無いから分からないけど。