12.魔法少女の想い出
目の前に広がっていたのは信じられない光景だった。私以外何もない、永遠の闇。そうか、階段から落ちて……死んじゃったんだ。
もし私がラノベの主人公だったら、きっと女神が出てきて「異世界転生したい?」なんて聞いてくるに違いない。でも、私にそんな大役は向いていないだろう。
昔から、何かの主役になることなんて一度も無かった。どんな時も、誰かを追いかけていただけ。
「でもね、私にとっては君が主人公なんだよ。この物語のね」
その声の主はいつの間にか、私の前に立っていた。漆黒のローブに身を包み、クマ耳の付いたフードから溢れた長めの銀色の髪の下には、2つの真っ赤な目が垣間見える。
そう、まるで私が期待していた女神のような容姿をしているのだ。
「うん、確かに私は女神テディーだよ」
「本当!? 異世界とか連れて行ってくれるの?」
テディは興奮する私を見て若干引いていた。女神が思ったよりフレンドリーな感じだったからつい……。
「それを丁度提案するところだったんだけど……」
「マジですか!?」
「うん、マジ」
テディの冷ややかな目線を物ともせず「やったー!」と歓喜の叫びを上げる。私との間の溝はさらに深まったと思う。
「でさ、君の願いを一つ叶えてあげようと思ってね」
これも異世界転生お決まりの展開だ。多分、強い武器とか能力みたいなのを選ぶのが普通だろう。でも、私にはもっと大事な願いがある。
「数八に……また会いたい」
私わぽつりと呟くと、それを聞いたテディがクスクス笑い出した。
「ごめん、予想通りだったから何か面白くって」
「予想通りって……も、もしかして最後の言葉知って……」
「もちろん聞いたよ。というか生前の君のこと何でも知ってるんだよ?」
私の顔はきっと真っ赤になっていただろう。本人にも言えてないのに、まさか他人に聞かれているとは。いや、女神は人じゃないからノーカンか。
「ま、まあ恋愛感情は誰にもあるものだから気にしなくても……ね?」
テディの気を利かせた言葉によって事態は丸く収まった。もし、さらに煽られていたら間違いなく女神の腹に拳を叩き込んでいただろう。
「本当に……叶えてくれるの?」
私は確かに死んでしまった。そしてこれから異世界に連れて行って貰えるという。
でも、数八はまだ生きている。この願いが何を意味するのか、私は分かっている。だけど……。
「勿論、私は女神だもん、どんな願いだって叶えてみせる。だけど、1年だけ待って貰えないかな?」
「数八に会えるなら……いくら待ってもいい」
「そう言うと思ったよ。それじゃあ、あっちの世界に送るからね」
その言葉と同時に、私の体は宙に浮いた。というよりも地面が無くなったというのが正しい。
最後に一瞬だけ視界に入ったテディは、こちらに手を振りながら、ニヤリとどこか不敵な笑みを浮かべていた。その目は先程とは比べ物にならないくらいに濃く光り、永遠の闇を照らしていた。
「さあ、私の物語の始まりだよ」