第一章 狩人達の夜(15)
ノイスカステルの街に凶賊の噂が流れた。
市民の怒りが高まった三日目に、その盗賊団はロクサン将軍の手によって早々に捕らえられた。髪の色までをも問わず、手枷首枷で繋がれてノイスカステルの中央に陣取った形だけの城の前、東西と南北を走る大路地の中央で晒し者にされた。
たとえ罪人であれ、平民が貴族に腐った食べ物を投げつけるなど許されることではないが、さらに上位である貴族のロクサン将軍がそれを許した。中央からは貴族の権威がどうのこうのと書簡が届いたが、「あれは野盗であり貴族に非ず」とひと言でもって返した。
これは、黙るほかなかったらしい。
貴族が野盗のまねごとをしていた、などと貴族自身が認めるわけにもいかない。
没落貴族から貴族という称号すら失われたならば、いったい何になるのだろう。
彼等は口汚く仲間の悪事を暴露している。その何処までが事実かはわからないが、とりあえず話しているあいだは腐った野菜をぶつけられることもない。
獄吏に言わせるとコツがあるのだという。
一番に、他者の悪事を暴露したものには恩寵を与えてやると言い含めるのだという。
恩寵とは、殺す順序を最後にしてやることで、一番に長生きさせてやることである。
カールがここまで手を尽くしたというのに、
「マイトはこれで満足?」
「いや、ちょっと足りねぇ。こう、なんていうのか……やっぱり俺が奴等の首を斬りてぇ!」
と、不満気な文句を漏らす。
なんて我儘な男だ。
どうやらマイトの天職は冒険者ではなく斧を振り下ろす処刑人らしい。
やはり、アライメントというのはあてにならない。
ノイスカステルの秩序のためならばこれが最高だというのに、自分の手で義憤を晴らさなければ腹の虫が収まらないものらしい。ロクサン将軍の用意した秩序はマイトのなかの秩序とは少しばかり違うようだった。
こうして秩序同士が争うのだ。
それからノイスカステルの中央では、よくわからない対決が始まっていた。
メイとセシリアが、罪人に投げつけるための腐った野菜や残飯を売っていた。
ノイスカステルが大きな街とは言え、そうそう都合よく腐った食べ物があるわけでもない。
ギルムを寄進するのは躊躇われるが、残り物の腐った野菜であればいくらでも寄進できる。
それを籠に詰めて配りながらセシリアは少額のギルムの寄進を募っているのである。腐った野菜を売っているわけではない。ただ、野菜を配りながら寄進を募っているだけである。
罪人に野菜を投げつけると、人は太っ腹になれるものらしい。
誰も傷つかない。
腐った野菜は柔らかかった。
メイはメイで、どこから手に入れてきたのか、腐った野菜とノワール神殿の神官服に身を包んでセリシアの邪魔に励んでいた。神官でないものが神官服を着てはならないという人の法はない。神の法は気紛れだったので女神ノワールの神官服を選んだのだろう。
それから、セシリアへの対抗心のために。
人でも鼻が曲がりそうな臭気の中で、セリアンのメイが執念を燃やして踏ん張っていた。
なぜ、あの村ではその気迫を見せられなかったのか、まったくもって不思議である。
「リーベ、もっと色気を振りまくです!」
「メイ、わたし、ルミナスさまの神官なんだけどなっ!」
もはやリーベレッテを苦しめていたはずの≪誘うもの≫も、ひとつの武器だった。
ギルムの道というのは、使えるものはなんでも使わなければならないものらしい。
なぜだかウサギのおねーさんも居た。
でもこちらは真っ当に、立ち食い出来る軽食や飲み物を販売していた。
カールと視線が合うと、軽く片目を瞑ってみせた。これで、満足だったのだろう。顔が、微笑んでいた。それは接客用の顔だったのかもしれないが。
結局、十二もの村が連続して襲われていた。
その人の数といえば二千から三千にも登る。ノイスカステルに住む市民にとって、そうでない人々にとっても、もはや議論の余地のない怒りの対象だった。
これを許せというのなら、これに怒りをぶつける人々を真っ先に許すべきだろう。
十二の村はノイスカステルにとって兄弟姉妹の関係で、本当に血の繋がりのある者たちも多かった。まだ殺してはならないから野菜だけと決められているのに、拳で殴りつける者もいた。
けれど察しがついたのだろう、誰も文句は言わなかった。
それから、普段神殿に居るはずの神官のセシリアがそこに居た本当の理由がわかった。
殴っても殴っても、神聖魔法でちゃんと罪人は癒される。
そして殴り疲れ、泣き崩れた者さえも、優しく抱きしめて心を癒すのだ。
メイの方を見ると、ニセ神官だということがバレそうになって逃げ出していた。
どうやら、今回の戦いはセシリアの圧勝であったらしい。
その生ごみの量でノイスカステルという街の大きさを知った。
徴税官までもが関わっていたという事実さえ知らされ、それは大きな波紋となったが、ロクサン将軍は貴族であり為政者でもあり、ものごとを出すべき順序を心得ていた。本当にすべての膿を吐き出してしまうと街が立ち行かないことも心得ていた。
徴税官からさらに遡り、色々と見えてはいけないものまでもが見えてきた。
便利な杖を持っていたカールが度々呼び出され、聞いてはいけないことを聞いてしまった。
物陰で処理すべき膿も多々あった。
そして、ギルドマスターであるゴードウェルに呼び出され何も無い無言の時間を過ごさせられた。局長室の机の上には、冒険者ギルドのとある冒険者の労をねぎらうロクサン将軍からの手紙が一通。これは、あの日、殺意を向けた意趣返しだったのだろう。
今回の件は、貴族たちの、国軍の弱みを何処までも何処までも握る機会だったのだ。
ゴードウェルが机をコツコツと指で叩くだけの音が響いていた。
だが、ゴードウェルは忘れていたらしい、カールもマイトも行列に並ぶ苦行を耐えた冒険者であることを。メイは、「それなら、最初から報酬寄越しとくです。総額にして何億ギルムです?」と口にして、なぜだかカールとマイトだけを置き去りにして出ていった。
きっと、そこが落としどころだったのだろう。
主犯格はこいつ等です、と。
依頼ではない。報酬も払っていない。だから文句のつけようもない。けれど、文句はある。
男たちの沈黙の時は、ずいぶん長々と続いたのであった。
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「カール、タダ働きはしちゃいけないんじゃなかったのか?」
それはメイが口を酸っぱくして、耳にタコができるほどに聞かされた言葉だ。
まさかマイトがいまさらになって口にするとは思っていなかった言葉だった。
「え? あー、うんうん、そうだね。これはメイに怒られちゃうかなー」
「よし、カール。ちゃんと話せ。俺の目を見て話せよ?」
「……べつに、大したことじゃないよ? 盗賊たちにギルムを吐き出させたから、そのギルムで大儲けだったなぁとか、思ってないよ? ほら、結果的には村人たちの仇をとったわけだし、このギルムは僕が受け取っても良いものなんだよね?」
マイト的にはダメだったらしい。メイ的にはパーティは平等であるべきだと叱られた。なら腐った野菜の売り上げも寄越せ。ティーとリーベレッテときたら、形はどうあれ寄進を受けたのだから埋葬に行かなければならないと味を占めたらしい。
また、「役立たず」の札をメイの顔に貼りたかったのかもしれない。
集団行動は冒険者パーティの基本である。
十二の村々は、とある冒険者たちの手によって正しく埋葬されたと知られ冒険者ギルドが評判をあげたことで、ゴードウェルの眉間から渋みがとれて、ようやく色々なバランスがとれたようだった。
あのとき感じた、ロクな結果にはならないというカールの予感と確信はやはり正解だった。




