第一章 狩人達の夜(14)
その牢獄の光景と言えば、一種異様でもあった。
総勢にして三十七名。酒に酔い潰れた、セリアンの美女に酔い潰された一人目に始まり、頭目の方へ近づいたり末端の方へ走ったりと、それはそれは忙しいカールとマイトの一夜だった。
杖で小突きまわし、そのギルムの全てを吐き出させ、知っていることも吐き出させ、アイテムボックスを呼び出させて、これをマイトの剣が破壊した。その両手剣が初めて役に立った。
天罰により十万ギルムもの負債を背負い、これで彼等の逃げ場はなくなった。
異様なのは罪人の押し込められた数だけではない。
あの髑髏の杖に小突き回されるのなら、いっそ殺してくれと犯人たちが懇願しているのだ。
罪を認めて白状するなら小突くのを止めてやると言えば、彼等はすべてを自白した。
自殺などを図ろうなら、生き返らせてでも苦しめると言い含めてある。
カールの装束と言ったら死霊魔術師そのものだ。
そんな状況に、深夜に、あるいは日が明ける直前に叩き起こされたロクサン将軍は頭を悩ませていた。いまだノイスカステルの民衆に知らせていない盗賊団が捕まった。それ自体は朗報だった。
ただし、冒険者の手によって。
これでは罪人を取り締まる役割の衛兵たち、ひいては国軍の立つ瀬がない。
これが、ロクサン将軍の頭を悩ませていた。
ロクサン将軍はノイスカステルを東西と南北に区切る大路地の、中央に形だけ存在する城を預かる主将であり、上位の貴族である。たかだか盗賊風情の見聞に顔を出すのは貴族としての恥であるが、同時に為政者であるという難しい立場にあった。
そもそも貴族というものは火急の知らせを聞いてもゆっくりと身支度を整え、茶の一杯も嗜んで、朝日も終わろうという頃合いになってから優雅に登場するのが良しとされるところがある。
それに盗賊程度の見聞と言うならもっと相応しい下級の士官が居る。
それを飛ばして、というのは異例中の異例だった。
それに応じるロクサン将軍もまた異例であった。
「それで、諸君ら二人が盗賊どもを捕らえたと言うのだな? 俄かには信じがたいが、まぁ、信じよう。私がわからないのは、なぜ、私が、夜も遅く、盗賊の見聞如きのために呼び出されたのかだ。答える口には気をつけた方が良い。貴族の前では首とは良く飛ぶものだ」
それを前もって口にするだけ話のわかる貴族だということがわかった。
それから冒険者が貴族を嫌う理由も。
貴族の気まぐれで飛ばされても安心できるほど冒険者が持つ首の数は多くはない。
「ノ、ノイスカステルの、ためで、あり、ありまするです!」
それが何処の方言かと首を傾げて、それから敬語であることに思い至った。
冒険者と言えど平民、ポンポンと首を刎ねていれば冒険者ギルドが牙を剥くが、貴族には貴族の面体というものがある。
ロクサン将軍にとって面倒くさいものであったが、それでも守らねばならない一線もあった。
大きな身体をした少年を、それより少し小さな……死霊魔術師が肘で打ち、先を続けさせる。
「盗賊の口から、き、貴族のお方の名前が出ました、です! あのクソ野郎が……貴族のお方は徴税官でありまする! 税の使い込みを隠すため、盗賊たちに、村々を、襲わせましたです!」
「……なるほど、おもしろい。つまり、私の手でその徴税官に誅をくだせと言うわけだな? 貴族の蛮行は貴族に任せる。……ふむ、直接に私を呼んだというのは正しい判断だ。他にも話があれば聞くが?」
二度、三度とひじ打ちがつづいた。
「つ、捕まえたことを、ロク……ロクロン?」
鋭いひじ打ちと共に、「ロクサン!」と呼び捨ての小声が続いた。それはそれで不敬なのだが、ロクサン将軍は面白かったので聞き流した。どうせ、いまは面体を気にすべき他の貴族の視線もない。
共連れの護衛もこの程度のことで目くじらを立てはしない。
「盗賊たちを捕まえたこと、ロクサン将軍の手柄にしていただきたきなのです!」
その答えをロクサン将軍は大いに訝しんだ。
どころか、不快にすら感じられた。
「ふむ、私に手柄を譲っての褒美でも諸君らは狙っているのか? だとしたら期待外れだぞ? 盗賊を捕まえたという当人が強請りたかりに走っては意味があるまい。強請りに私が屈しても意味があるまい。私にも貴族としての矜持がある。ならば堂々と捕まえたのは自分たちだと誇るが良い。……あぁ、もう面倒だ、そちらの道化師の方が話せ」
ホッとしたマイトがカールを肘で突くものだから、髑髏の杖で突き返された。
そして、これは便利な杖があるものだとロクサン将軍は思った。
獄吏に死霊魔術師を雇うのも良いかもしれないと考え、やはり面体が許さなかった。
「ノイスカステルのためです。一介の冒険者が捕まえたと公言するよりも、貴族であるロクサン将軍が捕らえたと口にした方が真実味があります。それに貴族の蛮行を、より貴きロクサン将軍が誅することで万人に正義を示せます。僕のお勧めは隠さずに、正々堂々とノイスカステルの民衆の前で誅することを勧めます。方法は貴族らしく、縄ではなく刃の方で。罪状はお任せします」
「ふむ……。一応の筋は通っている。が、まだ解せぬな。それでキミ達に何の得があるのかね?」
冒険者といえば、タダ働きを嫌うものだとロクサン将軍は理解していた。
族を捕まえるのも無抵抗とはいかず、暴力が、命の危険がそこにはあったはずだ。
そこまでしても、というのはロクサン将軍の理解の範疇を超えていた。
そんなカールの答えと言えば、
「恩返し、でしょうか。田舎を追い出された僕らを拾ってくれたノイスカステルという街への」
「それだけかね?」
「それだけです」
信じがたい。実に信じがたい。が、道化面の少年の瞳は本心のようだった。
思わず、ロクサン将軍の口から大きな笑いが漏れた。
「面白い。じつに面白い。彼らを冒険者ギルドに引き渡したなら、これ幸いにとギルドが大きな顔を出来ただろうに。冒険者ギルドから多額の報酬を得られただろうに! ……冒険者が冒険者ギルドを嫌っているというのは本当の話らしいな!」
貴族も嫌いならギルドも嫌い。
結局、冒険者は自分を縛りつける全てが嫌いなのだ。
自由に暴力を振るって、自由気ままに生きたいのだ。
それはマイトオストの天職だった。
「しかし盗賊の捕縛は本来、国軍の領分だ。我々に任せようとは思わなかったのかね? 諸君らの行為は善行ではあるが……冒険者として分を弁えぬ行為ではないかな?」
それは答えを違えれば、首の飛ぶ問いかけだった。
たとえ善行でも貴族の面体に泥を塗りつけたならば、腰の剣は抜かれなければならない。
善悪とは別のところで回る歯車も世の中には多い。
「国軍のなかにある賊は国軍には捕らえられませんでしょう? どれだけ用意周到に罠を配しても、それを知るものが敵なのですから。地を這いずる冒険者でなければ捕らえられない賊も居る。ただ、それだけのことです。彼らを裁くことまでは、捕らえたことを喧伝することは分を弁えぬことなので、それはロクサン将軍にお任せしたいとお呼びしました。その褒美とは首への抜剣でしょうか?」
カールと言えば、すでに殺意を解き放っていた。
それは答えを違えれば、首の飛ぶ問いかけだった。
易々と首を刎ねられるほど容易い相手ではないらしいとロクサン将軍はようやく悟った。
なにしろ、四十名近い盗賊団を一夜にして捕らえ、深夜にロクサン将軍を叩き起こし……例えこの場で殺してでもノイスカステルから逃げ延びる算段までを終えている相手なのだ。
深夜であったため、共連れの護衛の数も頼りない。
自分の迂闊に嘆息を吐き、ロクサン将軍は敵意の無いを態度で示した。
「まったく、痛いところをついてくれるな。貴族であるからこそ出来ぬこともある。義勇兵を村々に留めおくことで次の凶行は防げても、その分、他に手が回らなくなる。時期の定めもなければ無為な浪費が続くばかりだ。引き揚げた後に凶行が再び行なわれれば安心という言葉は吹き飛ぶ。ただの流れの盗賊かと思えば主格が国に仕える徴税官とはな……どう策を凝らしても裏をかかれるわけだ」
国軍は国軍で色々と策を弄していたのだろう。
だが身の内側に盗賊団の主が居るのでは、これはもう、どうしようもない。
味を占めた彼は、ほとぼりが冷めた頃に再度の収穫を行なったことだろう。
ある種の貴族にとって平民などは土から生えてくる草でしかない。耕さずとも麦穂を垂らす畑の作物でしかない。徴税官の彼を誅するということは、正義を示すと同時にそういった貴族に対する示威行為にもなる。
なにしろ盗賊団の頭目ときたら、銀の髪を持つ没落貴族だったのだから。
貴族のなかで蔑まれる貴族ほど、平民には尊大に振る舞うのが世の道理であった。




