第一章 狩人達の夜(13)
勝利の喝采を隠さずに、さらに追撃とばかりに、三人は豪遊の旅に出た。
ギルムを稼ぐことにはうるさいメイなのに、ギルムを使う分にはうるさくないのが不思議でもあった。
稼ぐことが好きなのであって、溜めることはとくに好きではないらしい。
稼ぎながら使わないのでは皆に幸せを振りまけない。それはセリアンの社会では悪徳ともされるものらしかった。
メイとティーに両脇を抱えられた神官衣のままのリーベレッテが豪遊するさまは、ルミナス神殿の信用を大いに失墜させることだろう。目には見えない宗教戦争がいまだに続いていた。
信仰する神は同じだというのに、なぜ争いが起きるのだろう。
「で、俺を引き留めたわけはなんなんだ?」
「うん? だって、まだ問題が解決してないでしょ? あの村の問題は解決したけど、盗賊たちは野放しだ。……マイトは彼らを捕まえたいんでしょ?」
カールの言葉にマイトは驚いた。
マイトがイメージしていたカールなら、盗賊に襲われる村が増えるほどに喜ぶはずだった。
「カール、なんでだ?」
「なんでって、マイトが嫌がってるからだよ。それからメイが喜ぶ。ティーも喜ぶし、リーベレッテがとっても喜ぶ。……捕まえられた盗賊たちが晒し者にされる姿は少し悲しむかもしれないけど」
仲間のため、というカールの想いの範囲は広かった。
それはマイトが思っていた以上に広大無辺だった。
犠牲になる村人のことがどうでも良いというのはマイトの思っていた通りでも、それがカールが動かない理由にはならなかった。仲間が嫌がっているのなら、どうにか出来るのなら、どうにかしてしまうのがカールという少年だ。
自分は何を思い悩んでいたのか、いっそ馬鹿馬鹿しくもマイトは感じた。
「まぁ、そういう理由でも、アリはアリなのか。それで、カールは盗賊共の目星がついてるのか?」
「ぜんぜん、さっぱり、まったくわからないよ?」
「おい、俺をおちょくってるのか?」
「でもね? 最近、街に現れて。おそらくは三十人から五十人ほどの集団で、金遣いが荒くて、それから行商人でもないのにやたら農作物を売りさばいた人間とまで絞れれば、あとは簡単に見つかるよ。もう、見つかってるかもしれない。たぶん、徴税人ともつながってる人間だ。街の外は寒いしね、堂々とノイスカステルに潜んでるはずだよ。……堂々と潜んでる?」
カールが自分の言葉のおかしさに首を傾げていた。
マイトといえばさらに傾げるばかりだ。
カールが淡々と述べる内容は過程を無視した結果ばかりで、マイトの思考が追い付いていなかった。
「もうちょっと俺にも解るように説明しろ」
「まず、襲われた時機、これは春の税を徴税人が取り立てにくる直前だ。ギルムであれ農作物であれ、秋撒きの春刈の作物の時機だ。燃やされた小屋の中に農作物が無かったんだよ。畑にも農作物が無かった。つまり、収穫の時期、徴税人が現れる時期を彼等は知っていた。つまり、徴税人ともつながりがあったんだろうね。普段、農作物を卸してるわけでもないのに、ノイスカステルに突然現れて大量に卸せば嫌でも商人の間では目立つ。それから懐が暖かくなった盗賊たちは金遣いが荒くなってさらに目立つはずだ。女に入れ込んだなりなんなりした徴税人が、もっとも良い村人たちの収穫時期を教えたんだろうね。他の徴税人が向かう時期だって知ろうと思えば知れたはずだよ。ここまでわかっているなら、わかる人にはわかる。あとは、知ってる人に聞くだけだ」
「確かに……畑には腐った作物も、小屋に焼けた農作物も無かったな……で、わかる人ってのは誰のことだ? 冒険者ギルドの誰かか?」
「何言ってるの? ウサギのおねーさんだよ?」
ガタンという音が店のなかの何処かからした。
「は? カール、お前なにを言ってるんだ?」
「ウサギのおねーさんはね、セリアンの国から送られた諜報員なんだ。冒険者ギルドの前、酒で口の軽くなる店、そんなところに耳の良いおねーさん、これが偶然だとでも思ってたの? もちろん、横の繋がりだってあると思う。これだけの情報があれば盗賊団の特定も簡単だろうね?」
溢れるおっぱいを弾ませながら、ウサギのおねーさんが追加の注文を取りに駆けつけてくれた。
目も真っ赤にして……もともとの色だった。
「それで、どうするつもりっすか? 脅すっすか?」
冷たい視線と、凍える言葉と、後ろ手が隠されていた。
もう、正体を隠す気はないようだ。
マイトの手が自然、目くらましとなる食器を掴んでいた。
「どうしよう、マイト……今なら、おねーさんの身体を求めても許されるのかもしれない」
「おい、真面目な話をしろよ。いや、その……おねーさんは、諜報員なのか?」
カールとしては弾むおっぱいを見て大いに真面目に語ったのだが、マイトには通じなかったらしい。男心のわからない奴だった。
気のせいか、おねーさんまでもその弾むおっぱいを隠しているようだった。
「どうせ、みんな知ってることだよ。冒険者ギルドも、オルデン王国も。諜報員が居なければその国の内実がわからない。それだと他国を恐れるしかない。逆に、少しは知ってもらっていた方が安心なんだ。ある程度はね? 大っぴらに諜報員だって口にされると、それはそれで困るだろうけどね?」
「口止めの、取引っすか?」
赤い目の鋭さがわずかに緩み、それから、カールの目がわずかに鋭くなった。
仲間と敵の境にウサギのおねーさんは立っていた。
「…………違うよ。なんだかんだでノルデン王国に、ノイスカステルに長いおねーさんだって、盗賊たちの蛮行には怒ってるはずだ。近隣の農村はノイスカステルにとって兄弟姉妹のようなものだ。この店に来るお客のなかにも、その村が故郷だった人が居たはずだ。でも、諜報員という立場から大っぴらには動けない。だけど、僕等は動ける。かなり自由に……これも取引になるのかな?」
カールにとっては、ウサギのおねーさんも優しくしてくれた人の一人だった。
脅すような真似はしないし、そんなことはマイトも許さないだろう。
でも、その優しさが偽りであるなら、すべての前提が狂いだす。
「協力しないと言ったらどうするっすか?」
「人間にもセリアンにも夜は必要だ。ノイスカステルにも必要な闇がある。そんな闇に生きる人たちは不要な闇を嫌ってるはずだよ。おねーさんでなくとも、彼等に聞けばわかる話なんだ。僕達が足を棒にして調べる必要なんてまったくない。知ってる人は最初から知ってるんだ、ただ、それぞれの事情で動けないだけだよ。……僕等以外は」
後ろ手に構えていた何かを隠し、その手を前に戻すと、空気が緩んだ。
あまり、この店では冷たい空気は流れて欲しくなかった。
ただでさえ、ついさっき宗教戦争が行なわれたばかりの惨劇の地だ。
「……全員までは、わからないっすよ?」
「そこのところは便利な杖があるんだよ」
コツンとマイトを小突くと、ウサギのおねーさんは大いに納得したようだった。
マイトがガクガクと恐怖のために震えている。
このためにこそカールはマイトを残したのだ。
マイトの望みなのだから、マイトが身体を張るべきことだ。
ひとりの名が判明すれば、あとは芋づる式で捕まえられる。カールにはその自負があった。




