第一章 狩人達の夜(12)
灰白色のノイスカステル。
死者本人からの寄進の品々はメイが責任を持って売りに回った。
冒険者としては同期だが、旅人としての年季が違った。
今回ばかりは、「役立たず」の札を顔からとるために必至になって頑張っていた。
しかし、どこから話が漏れるのだろうかリーベレッテがまた追い駆けられていた。世の人々と言えばルミナス様の信徒かノワール様の信徒と決まっている。稀には両方という人々もいる。何処からでも漏れそうだ。
正々堂々とあくどい商売をするならば女神ルミナス様もニコニコ顔である。
だが、世の人々のこころはそれほど強くはなく、ときおり疼く良心が女神ノワール様の神殿に寄進を勧めるのだ。
そのため、ルミナス神殿の扉と財布は常に開かれていた。
一仕事終えたと、疲れる仕事だったと、男気とおっぱいの溢れるお店でお茶会を開いていると、なぜだかルミナス神殿の神官であるセシリアたちが隣に座っていた。
彼女たちはただ話していただけだ。
ルミナス神殿の財政難について、ただただ話していただけだ。
「そうね、月に一度の贅沢……この一杯のお茶も我慢しなくちゃいけないのかもね?」
「仕方ないわ、シスターセシリア。神殿に寄進をするもしないも、ルミナス様への信仰は自由なのですもの。ただただ、私達は祈って待つだけ……無力な身よね?」
「あぁ、本当に……どこかに大きくギルムを稼いだ私の可愛い妹が居ればね……」
ノイスカステルには一流の劇団が公演する大劇場があるというのに、なんてヒドイ芝居なのだろう。カールですら、こんどセシリアのことを芝居見物に誘いたくなる出来であった。
リーベレッテは蜂蜜の沢山掛かったパンケーキを前に固まっていた。
「ギルムが欲しいなら働けば良いです。リーベレッテは働きものですです」
「そうね~、リーベは頑張ったわよね~。頑張った自分にはご褒美よね~?」
なぜだかわからないが、カールやマイトまでもが巻き添えで板挟みにあっていた。
――お前ら、どっちに着くんだ?
無言の圧力が掛かり、当事者であるリーベレッテときたら自分の信念を貫き通すのに必死であった。目の前のパンケーキを美味しくいただく、それが彼女の信念だ。
ルミナス神殿では救済院や治療院を開いており、これは女神ルミナスの恩寵の模倣であった。
例えそれがどんな相手であれ、等しく太陽という恵みを与える。その地上での体現であった。
貧しいものや弱きものをどれだけ助けても、なぜだか、その救いの手が大きくなって帰ってくることはない。世の中とは往々にしてそういうものだった。恩は売り損。決まりきっていることだ。
それでも彼女たちは与え続ける。
それが、ルミナス神殿の在り方なのだ。神官である彼女たちの在り方なのだ。
「ふぅ……このお茶の一杯、たった10ギルムが私たちの精一杯の贅沢なのよね……。救済院や治療院の人手はいつも足りなくて、働きに出るなんて、とてもとても。世界は難しいわよね?」
「仕方ないわ、シスターセシリア。神殿に寄進をするもしないも、ルミナス様への信仰は自由なのですもの。ただただ、私達は祈って待つだけ……無力な身よね?」
「あぁ、本当に! どこかに大きくギルムを稼いだ私の可愛い妹が居ればね!?」
マイトが、「おいどうするんだよ?」とカールに持ちかけると、「逃げる?」と口にして、リーベレッテが二人を逃がすまいと爪で刺してきた。
久しぶりの感覚だった。
淑女を置き去りに逃げ出すのはマナー違反らしい。
「リーベはもっと食べるです。自分へのご褒美です。ほら、もっとパンケーキを食べるですよ。一枚200ギルムのハチミツでトロトロなパンケーキを食べるです。追加注文するです? 十枚ほどいっちゃうです?」
「そうよリーベはまだまだ育ちざかりなんだから、もっと食べないとね~? まだまだいけるわよね~?」
視線が交差していないのに、なぜだか火花が散っていた。
ウサギのおねーさんときたら、そのよく聞こえる耳でもって遠くの方でクスクスと笑っている。いつでも追加注文は出来そうだ。
女神ルミナスの恩寵が常に人に良いものとは限らない。
自然というものは幸も不幸も紙一重であり、太陽は作物を育てれば雑草だって育てる。
ときにはその恩寵の増減が不幸になることもある。豊作が続けば来年も豊作だと人が勝手に思い込み、そして勝手に不幸になる。ゴブリンたちもそうであり、森から大挙してやってくる。
こうして血が流れる原因にもなるのだ。
そういう意味では人間のルミナス神殿は、人間に都合の良い面ばかりを強調していた。
メイやティー、セリアンやエルフィンは女神ルミナスの良い面も悪い面も受け入れるところがある。そのため、人間の造った神殿や聖典を否定するところがあった。聖典に書かれている言葉も、女神ルミナスさまがその時の気分で口にした言葉でしかないのだ。
聖典に反していても、気分次第で許されるのだ。
聖典に則していても、気分次第で罰されるのだ。
それこそが自然というものだった。
種族間の価値観の違いから起きる宗教戦争が、リーベレッテ越しに行なわれていた。
敬虔な信徒どころか神官のテイラーさまから小銭をせしめる背信者のカールやマイトからすると、逃げたくて逃げたくてしかたのない場なのだが、リーベレッテがその爪でもって逃がしてはくれなかった。
なぜだかマイトが嬉しそうなので、もう友人を辞めようかとカールは思った。
マイトが思っているほどカールは複雑ではない。
優しくされれば優しくし、奪いにくるなら殺す、ただそれだけの単純な男であり、セシリアにはルミナス神殿で優しくされた経験があったため、どちらにも着けずの優柔不断を発揮しているだけだった。
いっそ、マイトよりも単純だった。あるいはそのために複雑だった。
優しいだけ、厳しいだけ、という単純な人間関係というのはあまり存在しない。
閉じた村社会と違って、大きな街では敵や味方というのは日々変わる。
社会の難しさを写し取ったものが、カールのこころの難しさだった。
もう、許してくださいと、カールが泣きを入れてセシリアに目には見えないギルムを渡すと、ようやく満足いったのか、「はぁ……これで今月の贅沢もお終いなのね、残念」と席を立った。
一杯10ギルムの贅沢、この店で一番に安いメニューである。
メイとティーは勝ち誇った顔でセシリアたちを見送り、リーベレッテは美味しくなさそうにパンケーキをモソモソと口に運び続けていた。それは、リーベレッテの信仰としては背信行為のはずなのだが、特に誰も文句は言わなかった。
ルミナス様も、お目こぼしをしてくださったのだろう。
それは雪も完全に溶けて、懐かしのAセットにBセットも底をつき始めた頃のことだった。




