第一章 狩人達の夜(11)
結局、依頼の解決策といえば三人の折衷案に終わった。
メイのなかでは、≪解呪≫したことがバレなければ良いのだ。
ティーのなかでは、死霊たちの怨嗟の声が止みさえすれば良いのだ。
リーベレッテのなかでは、死んでもまだ苦しむ村人たちを助けたかったのだ。
カールが村の中心に立ち、不死の王錫を地面に刺すと、その場、その村に存在するアンデットモンスターへの支配権が得られた。単純な魔力でならニルダの古戦場の主すらもカールは凌ぐ。
不死の王錫からは魔力干渉の波が走り、抵抗に失敗したアンデットたちが従属させられた。
ニルダの古戦場に出向いて、眷属であるはずのアンデットたちに古戦場の主を袋叩きにさせるのも面白いかもしれない。
「便利な杖だろ? 俺が拾ってきて良かっただろ?」
「あとで小突くから。この便利な仮面と便利なローブのぶんだけ小突くから」
左眼を眼帯で隠してさえいれば忌み嫌われなかったカールが、今ではただ道を歩くだけで忌み嫌われている。どれもこれも、この髑髏の長杖とマイトオストの責任だった。
死霊魔術師が、いかにも死霊魔術師でございますという顔をして歩くわけはない。
だから偽物だろうと心の表面では思うのだが、杖の髑髏が本物らしすぎた。本物だからだ。
夜の闇。ゾンビたちが蠢いていた。
なかにはスケルトンやレイスも混じっていた。
スケルトンやレイスの発生原因は元の職業によるものだとカールは思っていたのに、なぜだか村人ばかりの農村にも混じっていた。
自分のゾンビが自分の遺骸を持ちよって、村の畑の方へと向かっていく。うっかりレイスになってしまった村人は、すこしばかり居場所が無さげであった。
農村の人間にとって、その村に生まれ、その村で育ち、その村の土に還ることが出来るのは最大の幸いだ。理不尽にも人の手で殺されたという不幸を拭い去れるほどの幸いだ。
カールもマイトもリーベレッテも、農村出身ゆえの発想だった。
そして、生まれ育った村にもう帰れない三人ゆえの発想だった。
家族たち、生前には大っぴらにできなかった恋人たち、それぞれが思い思いの場所に、ティーの呼び出した精霊が掘った穴のなかに、自分の遺体や家族の遺体、生前の想い出の品などを収めていく。
畑の土は毎年のように耕されただけあって柔らかく、ゾンビやスケルトンの手でも自分たちの亡骸の上に土を被せることが出来た。
ゾンビやスケルトンの笑顔まではわからなかったが、ティーの耳には少しだけ悲しくて、少しだけ嬉しそうな声が聞こえていた。これで、ずっと一緒だと。
アンデットの身では取りに行くのも難しい場所に放置された遺体はマイトが取りに行った。
櫓の上の、火鉢の見張りに忙しかった見張りたちの遺体である。
ゾンビの表情はわからなかったが、少しだけ、バツの悪そうな顔をしていた。もしも、気付けていたなら、誰か一人くらいは助かったかもしれないのに。そんなことを死んでからなお悩み苦しんでいたのだろう。
ゾンビがゾンビの肩を叩いて、気にするなよ、と慰めるという不思議な光景が見られた。
メイだけはさすがに村のなかに入れず、ふよふよ漂うだけのレイスと共に所在なさげにしていた。
あとはルミナスの神官であるリーベレッテの出番である。死者本人であるゾンビを参列者とした、不思議な葬儀が始まった。聖句を唱え、土饅頭の一つ一つを清めて回ると、彼らを形作っていた未練さえも切れたのかボロリとゾンビが形を崩すして、あとはそのままだった。
盗賊たちが奪い去ったあとでも、家々が燃やされたあとでも、わずかにはギルムになりそうなものが残っていた。それが埋葬の寄進だと言わんばかりにゾンビの手から神官であるリーベレッテの手に渡された。
寄進の品からはゾンビの匂いがしたが、ゾンビが居なくなればその匂いも無くなる。
それはそれとして、洗いたくはなるものだったが。
腹を裂かれたらしい父親、喉を切られたらしい母親、なにか硬いもので顔面を砕かれたらしい若い女性、なぜだか形を失った小さな体の少年か少女が入った土饅頭の前でリーベレッテが清めの儀式を行うと、それで満足できたのか、並んだ四体のゾンビが形を失って闇夜に溶けた。
その作業は日が昇るまで続いた。
昼間は泥のようになって眠り、結局、二晩もかかった。
言い換えるなら、二晩しかかからなかった。
まさか、このペースで≪解呪≫が進んだとは冒険者ギルドも思わないだろう。なにしろ相手は盗賊に殺された恩讐まみれの死霊たちが相手なのだ。村人の人数に幾十もの回数を掛けてようやく魂を壊しきったとしても、この期間内には収まらないはずだ。
死者たちから微々たるものだが寄進としての報酬も貰えた。
これで、ただ働きにもならない。
それでもメイは少しばかり不満そうな、居心地が悪そうな顔をしていた。のけ者にされていたからか、ちょっとばかり拗ねた顔をしていた。が、その表情は少しだけ嬉しそうでもあった。
三つの道が示されて、皆で四つ目の道を選んだ。
期待を裏切られたことか、ただ死者が納得して消えていく姿か、どちらかに微笑んでいた。
カール自身は思うところもなかったが、リーベレッテが笑顔であるのならそれでよかった。
マイトオストも似たようなものだった。だから、腐敗した遺体さえも、丁重に扱ったのだ。
一番に喜んでいたのはティーだろう。
悲鳴が苦しみの声なら、満足は心地の良い声だったはずだ。
最後のゾンビが形を失うとギルドからの報酬である一万ギルムが頭割りされ、二千ギルムづつが振り込まれた。
これが冒険者ギルドの秘匿する技術で、どうやって依頼の達成を判断しているのか、どうやって遠方の冒険者にギルムを渡しているのか、それはカールにもわからなかった。
カールも何度か魔法での再現を試みたが、その模倣すらできそうになかった。
ともすれば、魔法ですらないのかもしれない。
魔法をもってギルムの謎の解明に挑んだ結果がカールの左眼の魔眼なのである。
きっと神々の世界に属する何か、なのだろう。
帰りの馬車といえば、メイが手綱を握っていた。
何故だかわからないが、「役立たず」という札が顔に貼りつけられているようだった。
エルフィンのティーはどうしても高いところでなければ満足できないらしく、また、幌馬車の幌の上に大の字になって寝そべっている。リーベレッテは御者台の隣でメイのことを励ましていた。慰めていた。
ちょうど、少し前とは逆の状況だった。
リーベレッテよりももっと付き合いの長いはずのティーといえば、サッパリしたものだった。
意気込んでこのザマ? と、小馬鹿にすらした。
幌馬車のなkのカールはのんびりとしたもので、口にするのもオゾマシイ魔法の術式を頭のなかで練りあげて、マイトオストはまた振りそびれた新品の両手剣を砥石で研いでは削る作業に勤しんでいた。
そのうち、その剣は使う前に無くなってしまうのではないだろうか。




