第一章 狩人達の夜(10)
東の空が女神ルミナスの恩寵によって輝き始めるとアンデットたちは眠りにつき、そして高台に陣取った冒険者の一行が目を覚ます。
相手取るための魔物もおらず、もはやなんのために目を覚ましたのかわからないほどだった。
一晩眠ったからといって、都合よく意見が纏まることもなかった。
もしもリーベレッテの願いを叶えたいというのなら、わざわざゾンビを相手にするまでもない。
腐臭漂う村に入って、腐敗臭漂い虫の湧いた死体を相手にきっちりと正式な埋葬を済ませれば、人の魂は、その肉体や土地への未練から解放されて自然の中に還っていく。
それを略式化したものが≪解呪≫であり、正しく埋葬すれば、余程に強い恨みを持った怨霊以外はなんとかなる。ときには世界の在り方そのものを憎んだ大魔法使いや英雄の成れの果てが、その埋葬すらも跳ね除けて蠢き出すこともある。
ニルダの古戦場の主も、その一人だ。
たった一度倒したくらいでその妄執が晴れることもなく、いまだニルダの古戦場にたびたび現れるらしい。不思議なことに髑髏の長杖を携えて。新しい屍の従者を引き連れて。
ニルダの古戦場は未だに呪われた地のままだった。
それから、彼の最愛の妻とはいくつの頭を持つ化け物だったのだろうかとカールは思い悩んだ。
そんなカールの悩みは別として、現実的な悩みが立ちはだかっていた。
「メイは反対です。一度でも甘さを見せれば冒険者ギルドはメイ達を都合の良い駒だと思ってこき使うです。その信念を逆手にとってアゴで使われるです。そんなのはゴメンなのです!」
「でもでも、神官としては、ちゃんと埋葬してあげたいかなっ!」
「神官なら殺して殺して殺し尽くして、得られたギルムを神殿に奉納すればいいのです!」
「それはなんだか違う気がするのっ!」
頑なにリーベレッテはルミナス神殿への寄付を拒む。
その在り方はメイやティーに似ていた。太陽の下にあるなら、そこはすべて女神ルミナスに祈りを捧げられる聖地であり、神殿という特別な場所など不要だと思っているのだ。
特別な場所を作れば、特別でない場所が生まれる。
つまり、神殿のなかでは敬虔な信徒で、神殿のそとでは信仰とは無縁の顔をしていられる。
そんな人間の造ったルミナス神殿の在り方が、どうにも気に入らないらしい。
「ティーはね~」
「ティーはただ、人間の怨嗟の声が聞きたくないだけです。まったく、ヒューマンくらいのものです。アンデットにまでなって蘇るのは。死んでまで迷惑なのです! 蘇えったならアンデットとして二度目の人生を元気に生きるです!」
「最後まで話聞いてよ! その通りだけど! メイが酷いの、リーベ慰めて!」
人間だけがアンデットになる。
みずからの肉体や、家族や、土地といったものに執着が強すぎるため、みずからの魂をその場に縛りつけてしまうからだ。セリアンやエルフィンは死を自然に還ることだと認識しているし、それはあのオーグル族のゴブリンですらそうだった。
人間ばかりが我儘だった。
なかには悲運のあまり他の種族でも怨霊と化すものもあるが、全員が全員というのはヒューマン特有のものだった。
だから、死んでなお、「死にたくない」と叫び続ける死霊たちの悲鳴はエルフィンの耳とって苦痛にしか感じられない。そして厄介なことに、その怨嗟の声が強いほど≪解呪≫も難しくなってしまう。
死んでなお、死にたくないと泣きわめく未練を断ち切らせるのは難しいことだった。
冬場における埋葬の儀式とは、家族の手によって肉が焼かれ、骨も砕かれ、川に流すところまでを死霊に見せつけることで、肉体や故郷への未練を捨てさせる悲しい儀式だった。
死んでなお追放されることで、未練を強引にでも断ち切らせるのだ。
ゴブリンならば、少しは納得がいったのだろう。
災害や魔物ならば少しは納得がいったのだろう。
だが、人間の、それも盗賊の手によって殺められた死霊たちの執着は強く、正式な埋葬を行なってもまだ、その心を癒すには足りないのかもしれなかった。
戦争ならばまだわかる。
だが、平和のなか暮らしていたところを突然にだ。自分たちがどんな悪いことをしたのだと天に唾を吐く死霊の声すらあるという。いっそ、ルミナス様が「うるさい」と村ごと焼き尽くしてくだされば話は簡単だった。
その場合、うっかりとこの高台も焼かないでいただきたい。
「リーベはわかってるです? もしも、この村人たちを助けたなら、次の村人たちも助けさせられるですよ? その次もです。ずっと続くです。終わらないです」
「次の村?」
ひとり気付いていなかったリーベレッテが首を傾げた。
「襲われたのはこの村だけではないです。きっと、たくさんの村が襲われたです。この村の村人たちを≪解呪≫したなら次の村も頼まれるです。その次の村もです。二ケ月か三ケ月、長い長いあいだを冒険者ギルドの良いように使われるだけです。メイはそんなのゴメンなのです」
この村だけではないと聞いて、ようやくリーベレッテはことの重大さに気がついた。
ティーと言えば関わりたくなかったのだ。その連鎖する依頼の山に。
「この村はノイスカステルに近いです。親戚がいっぱい居るです。そんな村人の死霊を殺してまわったとなると、冒険者ギルドの評判が悪くなるです。≪解呪≫してまわったとなると、冒険者ギルドの評判は良くなるです。メイ達が苦労しても旨味は冒険者ギルドのもの、そんなお仕事は人の良い誰かに任せればよいのです。なので、メイはこの村だけを殺し尽くして、お人好しのパーティではないことを冒険者ギルドに教えてやりたいのです。わかるです?」
逃げたなら次の依頼は無い。
殺しても、次の依頼は無い。
ただ、≪解呪≫するようなお人好しばかりが重宝され、こき使われる。それも冒険者ギルドの評判のために、微々たる報酬で、だ。
セリアンであるはずのメイが、一番に人間社会の実態を理解していた。
「逃げるのは良くないです。単純に臆病だと思われるです。だから、ここは殺すです。殺してまわるです。メイだって、一度死んだ人間を二度も三度も殺したいほどに悪趣味ではないのです。ただ剣を振り回したいマイトと同じにしないで欲しいのです!」
メイはメイなりに、苦しんでもいたのだ。
誰が、好き好んで――マイトとカールを除き――悲運の死者を殺したがるものか。
「ごめんね、メイ。メイはギルムが欲しいだけだと思ってた。ほんとは皆のことを考えてくれてたのに……まるでマイトみたいな剣しか頭にない馬鹿だと思ってゴメンねっ!」
「良いですよ。許すですよ。リーベレッテはメイのお友達なのです」
リーベレッテよりもさらに拳一つは小さなメイが、その頭を撫でて慰めていた。
剣しか頭にないマイトの頭は少しばかり位置が高すぎたので、誰も慰められなかった。
仕方がないのでカールがその杖で、コンコンと頭を突いて慰めてやると、恐怖に襲われガクガクと昏倒した。夜中につつくと悪夢を見るらしい。とても面白いオモチャだった。
「殺すのは良いけど……メイが? やるの?」
カールが抉りこむ角度で唇を挟み込んだ。
そもそも村に近寄れないのだ、鼻が曲がるどころか嘔吐してしまうほどで、入れないのだ。
その意気込みは良いが、その実、他人にだけ手を汚させるというのは道理に反する。
「そ……そこはぁ~、剣しか頭にない馬鹿に任せるですよ。きっと喜んでやるですよ?」
「俺の……剣は……まだ……新品、だぜ?」
「くそっ、まだ口が聞けたか! くらえっ! くらえっ!」
カールの仲間の内側に入れた、と、マイトは思いたかった。つい、さっきまでは。




