第一章 狩人達の夜(8)
雲が多く、雨までは行かないが、月明かりも星明りも少ない夜だった。
焚火の灯りに背を向けて、夜の闇に目を向けて、マイトオストは考えていた。
寝床は地面の草生えが高いところを選んだので、焚火の灯りが漏れることもない。カールがなにやら周囲に細工をしていたし、脅威が迫れば精霊たちがエルフィンのティーに知らせてくれる。
ティーの寝起きさえ悪くなければ、ぐっすりと皆で仲良く眠っても良いところだった。
セリアンとエルフィン、それも美女の二人旅が出来た理由がそこにあった。
邪まな考えを持つものが森のなかでエルフィンに出会うことはない。どころか、一方的に見つけられ、呼び出された精霊に追い回されるのがオチだ。それでもというなら、矢が飛んできて刺し貫かれる。
マイトはマイトなりに、学ぶべきことは学んでいた。
苦手な文字の読み書きも、名前を書けるくらいには。
ティーは二十手前くらいにしか見えない容姿だが、じつは六十を過ぎていて、それでありながらノルデン王国の国民ではない。メイの置かれている状況も似たようなものだ。彼女達をどうこうしようが問題は起きない。王族、貴族、平民、その下にあるものと言えば奴隷と放浪者であり、彼女たちの扱いは放浪者だった。
ノルデン王国の、なけなしの保護さえも受けられない身だ。
冒険者という身分を得て、初めてギルドがその身分を保証する盾になったくらいだ。
それまでは、ただ二人が身を寄せ合うだけの二人旅だった。
どこかで、誰かが、邪まな考えを起こしてもおかしくない。
実際に、多々あっただろう。
その年齢が六十だ、三十だと騒いでいるが、それだけ魅力的な――商品だということだ。
枯れない花は、高値の花だ。
彼女たちの容姿に魅かれ、ミツバチが可憐な花へ甘く蕩ける蜜を求めるように近づいた男たちは、時の流れの違いという残酷な現実に打ちのめされたことだろう。自分たちがヨボヨボとなり、息も絶え絶えの細枯れの枝になっても、まだ、彼女たちは美しく在り続けるのだ。
同じ時を生きられないという現実がそこにはあった。
その壁を乗り越えさせるだけの、なにかはなかった。
それを理解しながら、ただ今が美しいから一晩をともにしようとするだけの、自分の下半身には誠実な男などはそもそも相手にすらされなかったことだろう。
誠実には誠実で応じる品の良さが彼女達にはあった。
だからこそ言わなければわからないはずの、六十だの三十だのという年齢をあえて告げたのだ。
断りの理由として。誠実に。
その反応は、まぁ、微妙なものであったらしいが。
そんな彼女たちだからこそ、巻きこむわけにはいかなかった。
マイトの心のなかは村一つを皆殺しにしながらせせら笑っている、そんな盗賊たちへの義憤で胸焼けを起こしていた。寝ずの見張りを買って出た。というのは言い訳で、実際は怒りのために眠れそうになかったからだ。
盗賊たちを捕まえたい、こんな不幸がもう起きないように。
けれども、それが自分の身勝手な願いだということにもマイトは思い至っていた。
集団行動は冒険者パーティの基本だ。
この依頼さえ、マイトの我儘に付き合って貰っているくらいだ。
出来るなら、楽で、簡単で、儲かる仕事を選ぶべきだとはわかっていた。
受付のおねーさんが勧めるのは、大抵の場合、その逆ばかりだろう。
タダ働きはしないとメイが口を酸っぱくして言うのは、それが身を滅ぼす一歩目だからだ。
次も、その次も、ただ良いように利用されるだけだ。
村のなかならお互い様で済む話が、大きな街に来るとそうではなくなっていた。
タダ働きはタダ働き、得るものも返ってくるものもない。
これがギルドのご近所の、店主は男気に溢れ、ウサギのおねーさんはおっぱいに溢れるあの店からの頼みというなら一も二もなく引き受けられる。恩は皿の上のボリュームになって返ってくる。けれども、返ってくる見込みのない恩は、ただただ人の川の流れのなかに消えていくだけのものだった。
盗賊を捕まえるのは、自分たちの仕事では、ない。
国軍の仕事であるし、領分を越えた行為は、軋轢さえも生む。
葛藤が渦を巻いていた。
「マイトは、なにをピリピリしてるです?」
声を掛けられ、驚き、それから少しバツが悪かった。
目覚めていることに気付かなかった。近寄られていることに気付かなかった。
見張りが見張られていた。こんな間抜けな話はない。
「メイさんか、おどかすのはなしだぜ? ……少し、村のことを考えてな」
「ですです。良い傾向です。マイトは考えなしが多すぎるのです」
何かを言おうと口を開いたが、言い返す言葉が見つからなかった。
「マイトは何を悩んでるです?」
「言いたくねぇ」
「言うです。メイとマイトはパーティーの仲間なのです」
自分たちとパーティに成りたがった理由を隠すメイがそれを言うか、と、いっそ清々しいまでの理由だった。
単純に語ってしまえば、メイとティーに仲間は要らない。
エルフィンは樹の上を、セリアンは地上を風のように駆け抜ける。
人間が脚を止めて殴り合いをするのは単純に鈍足だからだ。城も砦も構えずに、行軍中の相手に一撃離脱を繰り返すのが彼女たちの流儀だ。
それは大規模な戦いも小規模な戦いでも同じだった。
森や夜の闇から飛び出した獣が、うかつな獲物の喉元を切り裂く。
もしもそれが将軍様や王様なら、そこで戦争はお終いだ。
あとは烏合の衆を帰り道、散々に苦しめ削るだけだろう。
けれども、この戦いはその盗賊の王様を探すところから始まる。
「捕まえたいんだ。こんな惨いことを仕出かした連中を……でも、ひとりじゃ何も出来ねぇ」
「マイトの気持ちはわかるです。でも我慢です。いま、ギルドはメイ達を試してるですよ?」
「ギルドが俺達を試してる?」
思わぬ方向に話が飛んで、マイトは思わずメイの方向を振り返った。
見張りとしては失格だ。
「この村の問題を、アンデットの群れを前にどう動くのかを試されてるです。ひとつは実力不足や心の問題で逃げ帰ってくる。ひとつは時間をかけてでも≪解呪≫して採算の取れない行動に出る。ひとつは暴力ですべてを解決してギルムの山でウハウハです」
「それをギルドが知って、何になるんだ?」
「どんな依頼を任せられるのかが決まるです。問題に直面するとすぐ逃げ帰ってくる者。割りに合わなくても信念に従って依頼を成し遂げる者。ギルム次第で何でもする者。それぞれに割りふれる依頼の種類は違うですよ。メイならギルムを選ぶです。リーベは信念を持ってるです。ティーは逃げ帰りたがってるです。もう意見がバラバラなのです。これは最初から絶対にまとまらない話なのです。マイトはどうしたいです?」
話を振られて困った。
マイトには剣のほかには何も無く、だから剣のほかには解決の方法はないと甘えていた。
どころか、今そこにある村よりも、次に襲われる村の心配ばかりしていた。
「俺は……わからねぇ。ただ、剣を振るしか能がねぇから。これでしか解決できないとばっかり思ってた。でも、違ったんだな……。パーティなんだよな……」
きっと、剣の師匠はすべてを仲間に任せる代わりに、仲間の決定に文句も言わなかったのだ。
あるいは、自分が口を挟むだけ話を面倒にするとわかっていた。
「ですです。ちゃんと考えるです。それから……見張りもちゃんとするですよ?」
そういって、メイはさっさと自分の寝床に戻ってしまった。
問題だけ渡して、あとは自分で何とかしろといった感じだ。
思えば今日の口論も、女性陣三人が好き勝手に自分勝手に意見を口にしていただけのように感じられた。
マイトといえば口を挟む権利が無いような気がして、カールといえば……ときおり見せる、怖気が走る笑顔を見せて黙っていた。どうせ、新しい魔法のことでも考えていたのだろう。
あれだけの力を持ちながら、未だに力を渇望するカールの執念には背筋が凍える。
女神ノワールの支配する夜の空に、女神ルミナスの恩寵を生みだした。
空であったから、あれで済んだ。
地上であったなら、ニルダの古戦場という大地そのものが焼き尽くされていた。もしもそれを街や、砦や、城に向けて放ったなら、それで終わりだ。マイトがあの場に留まらなければ、天空の大火球は地上に落ちてきていたはずだ。
その場に存在するアンデットも人間も、すべてを巻きこんで。
カールは仲間と力以外には興味が無い。ギルムにさえ興味が無い。自分も剣の他には興味が無いあたり文句を言える立場にはないのだが、カールのそれはマイトのそれとは桁が違った。
仲間が先なのか力が先なのか、それはわからない。
ただ、仲間を害する者に対してカールは一切の容赦をしない。持てる力、魔法以外のものも含めたすべて使って潰しにかかる。
リーベレッテと三人連れの逃避行の間も、それだけで故郷の領地を傾かせたほどだった。
ただの噂。だが、貴族の面体に泥を塗りつける噂を流し、その怒りで脇が甘くなったところを殺してしまう予定だった。
それを止めるため、血を見る喧嘩をすることになった。
マイトが止めなければ、リーベレッテの安全をマイトに任せて、カールは単身で領主さまの住む居城に忍び込み、あっさりと全てを終わらせてきたことだろう。その後に起こる領地内の混乱などは気に留めもせず。むしろその混乱に乗じて逃げ出しただろう。仲間でないものはどうでもいいのだ。
あの日のカールもそうだった。
カールの左眼が紫紺の光を放ち始めリーベレッテと過ごし始めた、あの日もそうだった。
恋に浮かれたマイトが、嫉妬に駆られたマイトが出逢ったものは、孤独な瞳をした怪物だった。




