第一章 狩人達の夜(7)
村に着けばわかる、と言われた意味が着く前にわかった。
まず、弱音を吐いたのはキツネのセリアンであるメイだった。
とりあえず、人間の死体が百ほど。腐っているものもあれば、焼けているものも、ときには鳥に目を突かれてえぐりとられたのだろうもの、獣に美味しくいただかれたもの、矢に刺され放題となり転がり回った黒い血の跡も生々しい死体などが転がっていた。
それだけなら問題は無かったのだが、キツネのセリアンであるメイはとても鼻が良い。
馬車が村に近づく前からその腐敗臭に気付いて、「近寄りたくないです!」と駄々をこねた。
集団行動は冒険者パーティの基本である。
そんな身勝手は許されない。
だというのに、こんどはティーまでもが弱音を吐いた。
人間の死霊とは精霊に近いもので、その怨嗟の声がエルフィンの耳には聞こえてしまうのだ。
ニルダの古戦場は広かった。
それに、土饅頭の砦を造ることで距離も置けた。
ゾンビはともかくスケルトンやレイスとなれば、とくに気にするほどの腐敗臭もしない。
だから、古戦場ではなんでもない顔をしていられたのだが、まだ日が落ちないうちに数えた家の数は三十余。家なのか小屋なのか判断に迷うものも入れたなら四十から五十。一戸あたり六、七人ほどの計算で、二百から二百五十になる。
三百まではいかないだろう死体がそこら中に転がっていた。
それだけの数による悲鳴と腐臭が村を覆いつくしていた。
腐敗も進み動物や蠅たちに美味しくいただかれたものも多く、死因の判明しない遺体も多かったが、射られた矢の形状から、その残痕から、これを仕出かしたものが魔物でないことだけは確かだった。
魔物が射る弓の矢は、不思議なことに消えてしまう。
抜かなくても良いというのは治療の際に便利だが、魔物から矢だけを奪って使うことも出来なければ、スケルトンが持つ剣をブン獲って使うということも出来なかった。
納得はいかないが、魔物とはそういうものなのだろうと納得できた。
もともと倒せば消えるのだ。それそのものが不条理で不思議な存在なのだった。
そんな不条理な存在が、今晩には二百から二百五十は現れるだろう。
「やったねマイト、これなら剣を振り放題だよ?」
「………………」
カールの軽口に反応も見せないあたり余程の怒りを覚えていたらしい。
マイトの身体が細かに震えている。拳は硬く握られている。
顔は怒りの表情で、それは、明らかに、人間の仕業だった。
正しく埋葬されない死体は、土地や家族に魂が縛られてアンデットとして蘇る。
その退治の方法といえば、神聖魔法の≪解呪≫で一体一体の呪縛を丁寧に解いていくか、恩讐に縛られた魂が砕け散るまで殺しつづけるかのどちらかだった。
十回から二十回ほど蘇った死者を再び殺し尽くせば、もう蘇るための魂さえも無くなる。
二百に二十という数を掛けると四千という数になるが、幸い五人のパーティである。一人頭にしてたった八百回で済む。と、カールは頭のなかで計算を終えていた。
それから、手に入るだろうギルムの総額も。
カールにはマイトの怒りがわからなかった。
マイトにはカールの冷静がわからなかった。
「カール、お前はこの村を見てどう思う?」
「う~ん? 面倒くさい? あと普通に臭い? でも、いい稼ぎにはなるよね?」
四千体のアンデットをたった五人で相手にすると言えば無謀な話だが、相手は村や自分の肉体に縛られた存在だ。彼等が離れられないこの地から、わずかに離れた場所に陣取って≪火炎砲弾≫を放り投げ続ければ、カール一人でも事足りる。
なにも、真面目に正面からぶつかる必要は無いのだ。
相手に飛び道具が無いからといって、こちらが使ってはいけないという法は無い。
戦士の集団だけ、狩人の集団だけならば難しいかもしれない。
けれど、カールにティーと、パーティには魔法使いが二人もいる。
ギルドの受付のおねーさんも魔法使いが居るのだから遂行可能な依頼だと思って、あるいは単純にマイトオストへの意趣返しとして、この面倒くさそうな依頼を振ったのだろう。
としか、カールには感じられなかった。
死んだ村人たちを哀れには思うが、見知らぬ顔だ、怒りを覚えることまではできない。
おそらくは、ここが大きな違いなのだろうとカールは思う。
マイトは怒りの炎を燃やしているが、その視線が向かう先は秩序を乱した盗賊たちである。
これが魔物に襲われて、ゴブリンに襲われてというなら、ここまで怒りを露わにはしない。
ただただ不幸があっただけだ。
ただただ不幸を憐れむだけだ。
結局、秩序を乱す存在が許せない、というのがマイトオストの本性なのだろう。
そして秩序などどうでも良いというのがカールであり、自分自身では見えないアライメントは、きっと混沌を示しているのだろうと感じた。
メイはとっくの昔に風上に逃げ、ついでにティーも怨嗟の声が渦巻く村から逃げて、レベルというのは本当に強さの基準の役には立たないものだとカールは思った。
戦えない状況になればレベルなど意味しないものだ。
海で溺れながら戦える戦士なんて存在しない。
そうならないように立ち回るのが一流の戦士である。
村に残ったものといえば死体と感覚の鈍いヒューマンが三人だけで、それでもときおり吐き気に襲われながら、淡々と村のなかを見て回っていた。まだ、もう少しだけ、不死者たちが目覚める時間には遠かった。
村に入ってから言葉を発しないリーベレッテといえば、ただただ手を組み合わせ、何かを祈っていた。
これが、彼女にとっての善なのだろう。
魔物であろうが、ゴブリンであろうが、災害でも盗賊でも、死者は死者として深い憐れみをもって応じるのが、彼女が善たるところなのだろう。だとすれば自分は――、カールは考えないことにした。
その方が都合の良いことだってあるのだ。
世界には悪意でしか解決できないことだってあるのだ。
そして、そんなことだから意見が分かれていた。
会議の場所は高台の風上をとった。生者の匂いを村に撒き散らしているかたちになるのだが、村や肉体に縛られ離れられない魂たちにとって、あまり意味がないようだ。恨めしい顔をときおりこちらに向けるばかりである。
それから、カールは少し皮肉にも思えた。
おそらく村を襲った盗賊達もこの高台を、村を一望できるこの高台を基点にして作戦を立てたはずだ。そして、これからもう一度、彼等を殺すための作戦もここで立てられるのだ。
村人たちは、ここにこそ見張りを置くべきだった。
高台からの見晴らしは良く、村のなかをうろつくアンデットたちの姿が見えていた。
「わ、わたしは、ルミナスさまの神官として≪解呪≫してあげたいかなっ!」
「そんなことより寄付したらどうです? ルミナス神殿の扉はいつでも開かれてるです」
痛い腹を衝かれた顔をしてしょぼくれた。
リーベレッテのなかでのルミナス信仰とは、「人生を楽しめ」であり、女神ルミナス自身がそれを認めているのか、神官とは美味しいものを食べるとレベルが上がる不思議な職業だった。
光は白と限らないもので、どんな形であれ信仰さえすれば良いものらしい。
硬くて苦い黒パンよりも、柔らかく甘い白パンを味わえば信仰になるのだ。
「カール、お前のお勧めは?」
「斬る。斬って斬って斬りまくる。気がつくともう敵は居ない、それをマイトがやればいい」
「お前なぁ、俺の剣は新品なんだぞ? もうちょっと斬る相手を選ばせろよ?」
あれだけ斬りたがっていたのに、ゾンビの相手は、もう飽きたのかもしれない。
幾千であれ、幾万であれ、囲まれないように動き、休憩をとれるのならマイトの相手にはならない。ゾンビは魔物だが、敵ではなく狩りの獲物でしかないのだ。
これには珍しくもティーが反対した。
「アンデットになってもね、もう一度死ぬときには本当に苦しそうな悲鳴を上げるの。それがちょっとティーの耳にはつらいかな~……なんて?」
「耳栓とかじゃ防げないの?」
「頭のなかに直接響いてくるから、これだけ離れてても死霊の泣き声ってつらいのよね~」
と、口では語っていたが、ティーの目は泳いでいた。
集団行動が冒険者パーティの基本だが、悲鳴が苦しいというならティーだけが離れていれば良い話だ。本音といえば、苦しみの中で死んだ者をさらに苦しみの渦中へ叩き落とすことに躊躇いを覚えているようだった。
少なくとも、カールやマイトの目からはそう見えた。
神聖魔法の≪解呪≫でアンデットを浄化した場合、ギルムは手にはいらない。ドロップアイテムも落ちない。倒したわけではなく、消したというのが正しい形になるからだ。そしてそれには一ギルムは血の一ギルムと公言して憚らないメイが反対した。
じゃあ暴れ回って殺し尽くすとなると、リーベレッテやティーが反対する。
他にも問題が沢山あった。
神聖魔法の≪解呪≫も無制限に使えるわけではなく、女神ルミナスへ祈りを届けるためには精神力を消耗する。ざっと見たところで二百以上のアンデットの魂をすべて鎮めきるには十日以上の時間が必要になるだろう。
それでは収支が合わない。だからメイが反対する。
慈善事業などはやりたいルミナス神殿の神官にやらせれば良いのですと、神官であるはずのリーベレッテの前で口にした。
誰も彼もが納得する解決策が出ないため、作戦立案なのか口論なのか、もうわからなくなってきた。それぞれに譲れない線があるのだ。これがアンデットでなければ話は簡単だったろうに。
カールから見て村のなかは不思議な光景に満ちていた。
自分たちの遺体がそこにある。なのに、ゾンビはゾンビとして歩き回っているのだ。それもおそらくは自分たちの遺骸や、家の焼け跡などを中心として。そのほとんどはゾンビであり、一律50ギルムであり、ドロップと言えば謎の肉なので大した稼ぎにはならない。
ただ、50ギルムも四千の山となると、二十万ギルムになる。
これは、頭割りしてもそれなりのギルムである。メイが文句を言うのも道理であった。
魔法使いが二人もいて、安全に攻撃出来て、これを放り出して≪解呪≫すれば、依頼報酬のたった一万ギルムで我慢しなければならなくなる。ゾンビの山を何度も何度も殺して手に入るギルムも報酬のうちとして計算された依頼だったのだろう。
アンデットも元は人間であり、だから、あまり殺したがる人間も居ない。
あるいはマイトへの嫌がらせではなく、死霊魔術師の姿をしたカールを見ての判断だったのかもしれない。死霊魔術師とアンデットはお友達だ。
試験の時とは違い、殺すか殺されるかの極限状態と違い、いまではそれを選べる立場だ。
嫌ならば、危なければ、逃げれば良い。
この依頼は、自分たちには無理だと違約金を払って依頼を投げだすことも考えた。
ただし、目の前には二十万ギルム、ただ帰れば違約金と馬車の賃料の支払い損だ。
カールとしてはドクロ杖の効果も試してみたかった。
アンデットを使役し、そしてアンデット同士で殺し合わせるのが最も簡単だろう。
そんな光景を見てみたくもあった。
杖の効果を観察すればアンデット以外の魔物にも同じような効果をもたらす魔法も作れる。
最悪でもカールが杖で動きを止めて、マイトが四千回ほど剣を振ればなんとかなる。
首と首を近づけさせて、横薙ぎして五体倒せば八百回ほどで済む。
リーベレッテの≪解呪≫の場合でも似たようなものだが、その場合はリーベレッテの精神力の回復待ちを含めて最低でも十日の時間がかかるだろう。
だが、それだけの野営の用意をしてきてはいない。
言葉を濁した受付のおねーさんのおかげで村の村長から魔物の話を聞く予定だったからだ。
魔物と言いながら、ちょっと変わったただのクマやイノシシということもある。
義勇兵の行軍のことを考え、おそらくはそのあたりだろうとカールは踏んでいた。
当たり前のことだが、ただの村人たちは魔物の名前など知らないし、名前を知らないなら依頼もまた難しい。受付のおねーさんと魔物の色だの大きさだの鳴き声だのを相談したあげく、何十万から何百万というギルムを担保として要求される。
大きなトカゲとひと言で語っても、ただのオオトカゲからドラゴン、ドレイク、バジリスクなど多岐に渡り、どの魔物なのかの特定が出来なければ依頼料も決められない。だから、現地に出向いたあとで聞いてた話と違う、なんてことが起きるのだ。
今が、そのときだった。
違約金などの罰則もないかもしれない。ギルド側からの説明不足が原因なのだから。
カールが色々と頭を悩ませるあいだも議論とも呼べない口論が続いていた。
単純に、それぞれが、自分の大事とするところを口にしているだけだった。
メイが一番に簡単で、目の前にぶら下がってるギルムの話。
ティーは少し複雑で、もう苦しむ声を聞きたくないという。
リーベレッテは感情で、村人たちを救いたいと願っていた。
そしてカールとマイトと言えば、この一件だけでは済まないだろうなという予感を抱いていた。おそらく賊はこの村だけではなく、いくつかの村を襲い、そしてこうなってしまった村が他にもいくつかあるはずだった。
ノイスカステルの食を支えるため、その近郊には農村が多い。
今、この瞬間も、どこかの村が襲われているのかもしれない。
それに対する感想には盗賊に対する義憤と、新しいゾンビ山の金脈という違いがあった。
こうして、とりあえず出た結論は、もう疲れたので寝よう。という至極単純なものだった。
村のなかではゾンビ達は元気に動き回っているが、自分たちはもう本来は眠っている時間である。




