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幻想遊戯のエンブリオ<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
第二部 (名称未定)
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第一章 狩人達の夜(6)

 手綱を握っているのはカールだが、馬を操っているのはエルフィンのティーだった。

 いちいち操るまでもなく、馬というのは耳元で言葉を交わせばそれに従ってくれる賢い生き物だった。ただし、馬とでも楽しく会話が弾むエルフィンに限る。

 カッポカッポと一頭立ての小さな幌馬車が長閑な景色を歩いていた。

 一面に広がる緑の園の草映えに、真っすぐ伸びる土色をした一本道。

 百人からの義勇兵の行進とは、百人の足で道を踏み均すという意味合いも込められている。彼等が通った後の街道は、硬く引き締まっていてとても歩きやすい。

 人も、馬も、荷車も。

 これだけの条件が揃っていれば、馬だって真っすぐに歩く。

 馬の面倒といえば腹が減ると道草をねだるくらいのものだった。

 御者台にはカールとリーベレッテが詰めており、ギルドから借りた地図をくるくると回しながらリーベレッテが頭を悩ませていた。地図、といっても曖昧な線しか書かれておらず、ひとつでも曲がる道を間違えればとんでもないところに出てしまう。

 マイトといえば、そんな肩を並べて平気そうにしているカールに嫉妬の炎を燃やしていた。じゃあ代わろうかと尋ねると、「我慢ができそうにない」と、正直者であるのは美徳だった。

 ティーと言えば、寝ている。

 それも幌馬車の幌の上で、器用なものだった。

 メイと言えば、いまだに依頼の受注書を目にしながら腑に落ちない顔をしていた。

 討伐する魔物の名前も数もない、つまりどれほどの危険が待つのかわからなかった。

 冒険者ギルドの良心を信じる他ない。

 そんなものがあればであるが。

 行く先はノイスカステルの南門を抜けてから徒歩で半日、行って帰っての往復でも二日の距離。馬の足ならば昼間の半分、走らせたなら昼間の十分の一で辿りつけるとても近い距離だった。

 義勇兵がノイスカステルとの往復の度に通る道沿いでもあり、道中で魔物と出会う心配もなさそうだった。

 集団を避けるだけの知恵を持つゴブリンや野の獣が襲ってくる可能性はあるものの、それすらもノイスカステルとの距離を考えると考えにくい。そもそも、そんな距離で魔物退治の依頼が発生するということ自身がおかしな話だった。

 魔物が現れたならば勇敢なる義勇兵たちが命を懸けて退治してくれているはずの距離だ。

 カール自身もギルドのなかで首を傾げたのだが、その答えは出なかった。

 マイトといえば今からもう幌馬車のなかで鎖帷子を着込み、両手剣を構え、砥石を走らせては怪しげな笑みを浮かべていた。冒険者になって以来、もうすぐひと月もするのに未だ魔物の影も形も見ていない。

 それだけ、ノイスカステルという街の力は強大なのだろう。

 灰白色の石壁もそうだが、あらゆるものの桁が他の街とは違うようだった。

 それでも門から一歩出れば自然というのは平等なもので、草も生えれば花も生える。

 街から街をつなぐ街道沿いにポツポツとある森のなかにはゴブリンたちの集落もあるのだろう。ただ、ゴブリンたちも無意味に襲ってくるようなことはしない。自分たちに旨味のありそうな人間、簡単に言うなら荷物を抱えた商人しか襲いはしない。

 その商人が荷物を置き去りにして逃げるなら追いかけすらしない。

 ただ、荷物を置き去りにしても借金や信用問題は追いかけてくる。そこのところが商人としての悩みどころだった。大抵の荷物には納期がある。木があっても鉄が無ければ矢は作れないし、矢羽を忘れてもやはり作れない。

 真っすぐに飛ばない矢に値札はつかない。

 ノイスカステルには大規模な工房があり、荷物が遅れるということは作業が遅れるということだった。荷物が届かないとなれば、工房が止まるということだった。もちろん、複数の商人を相手にしているのだからそんな事態は起こらないのだが、顧客が良い顔をしないのはもちろんで、届かなかった荷物に金を払う馬鹿もいない。

 そして商人たちの頭を悩ませるのだ。

 荷物を置いて逃げてあとで首を吊るか、荷物を守ってゴブリンに殺されるか、これは街道を歩む商人たち永遠の命題だった。利益を減らして護衛を雇うか護衛を減らして利益を守るか、これも永遠の命題であった。

 ちょっとした賭けなのだ。

 厄介ごとに出くわさなければ、冒険者を連れまわしただけの金は無駄金になる。

 厄介ごとが大きすぎたならば、これもまた冒険者たちが逃げ出して金と命が無駄になる。

 出逢わないことが一番なのだが、そういう時に限って出逢う。なぜなら、襲う側だって馬鹿ではなく、狙いやすく奪いやすい、そんな相手を待ち望んでいるからだ。

 護衛の無い商人など、美味しい荷物が歩いているようなものだ。

 こうして街道に馬車を走らせる商人たちは、今日も頭を悩ませるのだった。


 天から降りそそぐ陽射しはもう完全に春だった。

 幌馬車の幌の上、人を乗せられるはずのない造りの幌にどうやってか登り、大の字になって眠るティーの寝息を聞いていると、形だけの御者であるカールまでも舟をこぎたくなる春の陽気だった。

 周囲は一面の緑、それを貫く一本の茶色、それから緑のなかに凛と佇む花の影。魔物除けの外であるこの土地で昼寝なんてすればよい獲物になれそうだったが、まだノイスカステルの灰白色が見えるこの花園でなら、なんとなくだが大丈夫な気がした。

 緑の一角に白詰草が群生していたので隣で半分眠っていたリーベレッテに話を振ってみると、

「もう、そんな歳じゃないよっ!」

 と、口では答えながら、指先はモゾモゾと、なにか冠のようなものを編み上げる動きを見せていた。こんなとき、カールは自身の左眼が大したものではないような気がする。

 村のなかでのリーベレッテはやることも無いからと、白詰草を根絶やしにする勢いで冠を編み上げていた。ときには人が潜れそうな大きさの輪っかを造ってカールを驚かせもした。それなのに、紫紺の瞳ときたら、そんなことは大したことでもないと映し出しはしない。

 あくまで見えるのはステータスだけであり、それ以上が見える訳でもない。

 ティーは精霊魔術師エレメンタラーで高レベルだが、同時に弓の名手でもある。

 狩人の師匠ほどの腕前ではないのだろうが、それでもかなりの技を持っていた。

 知らず、ただの魔法使いだと思って挑めば、ミスリル銀で出来た刺突剣で串刺しになれる。

 見えるものと言えばあくまでステータスとして表示される領域までであり、それ以上のこと、例えばリーベレッテが白詰草を根絶やしにできること、それだけ長時間を集中して過ごせるだけの精神力の持ち主であることまでは教えてくれない。

 本当は、服の縫子に成りたかった。

 きっと、天職だっただろう。

 だけど、天がそれを許さなかった。

 指先だけが別の生き物のように動くリーベレッテを見て思った。

 紫紺の魔眼が教えてくれないことと言えば、その人のこころだった。

 信用できる人間なのか出来ない人間なのか、これが全くわからない。

 秩序、中庸、混沌の三つで表されるアライメントは、その人の善悪とは関わりない。全体を重んじるか、個人を重んじるか、その中間にあるかを示す指標にしかならない。

 善、中立、悪の三つで表されるアライメントさえも、その人の善悪とは関わりない。外敵と認めたものに対する容赦の無さをあらわす程度のものだった。

 秩序の善であるものが己の信念のために剣を振ることもあれば、混沌の悪であるものが大切な仲間のために容赦の無い剣を振ることもある。

 どちらにせよ争うのだ。

 理由が少しばかり違うだけで、血を流すという点においてはなんら変わりはしないのだ。

 もっとも忌まわしいはずの魔眼≪天座主の瞳プレイヤー≫が、商品やドロップアイテムの鑑定はさておき、人を見るということに関しては、ほとんどあてにはできなかった。

 秩序を重んじる者同士が、その信じる秩序の違いから血を流す。

 他者を庇う心が強すぎるために仲間を危険に晒すことすらある。

 たった一週間を共に過ごした人間たちのために、多くの時を共に過ごしたカールやリーベレッテの命を危険に晒してしまうマイトオストという男は、そういう|信用の置けない男(,,,,,,,,)だった。

 この依頼そのものもそうだ。

 どこかの村ために戦うと言えば聞こえは良いが、どこかの知らない人間のために仲間を命の危険に晒そうとしているのだ。それこそが正しいことだと信じて。だから、どうにも乗り気には成れないところがカールのなかには残っていた。

 もっと純粋にギルムの支払いが良いからと口にする人間の方が信用できる。

 他人のため、と言われても、カールには共感できなかった。

 マイトは、魔物を一匹でも多く狩ることが、世のため人のためになると思っている。

 のだが、幌馬車のなかで両手剣を持ち、まだ何も斬っていないはずの新品の刃を研ぐすがたを見ると、単純に魔物を斬りたいだけのようにも見えてくるから不思議だ。

 ニルダの古戦場で味を占めたのかもしれない。

 あれは確かに楽しかった。安全なうちは楽しかったとカールも否定はしない。

 こと戦うということに関して限れば、マイトもカールも男の子であり嫌いではないのだ。

 無謀な相手ではない限り、と、少しばかり言葉は続くが。

 力があれば使いたくなる。

 そして、より大きな力を望むようになる。

 顔の半分を覆い隠す黒い道化面は便利なものだった。

 なにしろ、カールの顔の半分が邪悪に嗤っていても気付かれない。

 ニルダの古戦場で一戦を交えたのち、髑髏の長杖を手にしたのち、カールはアンデットモンスターを生みだすための魔法の構築を終えていた。パーティの仲間たちはカールのことをただの魔法使いだとばかり思っているが、カールはすでに名実をともなう死霊魔術師として、禁忌の領域に足を踏み入れていたのだ。

 なにしろ、すでに神の禁忌に触れて呪われた身である。

 人の目がどれほどカールを呪おうとも、なんの障りもカールは感じない。

 幌馬車のなかでは新品の両手剣を研ぐ音が、シュラリシュラリと別種の笑いの音が響いている。

 幸いなことといえば、この幌馬車を襲う不幸なゴブリンたちが現れなかったことぐらいだろう。

 春もなかばの牧歌的な風景を、カッポカッポと血に飢えた幌馬車が歩んでいった……。

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