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幻想遊戯のエンブリオ<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
第二部 (名称未定)
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第一章 狩人達の夜(5)

「っち! 俺が文字を読めないのを良いことに嘘ついてんじゃねぇだろな?」

「そもそも、そろそろ文字を覚えなよ? 冒険者ならあたりまえでしょ?」

「あ? 俺の剣の師匠を馬鹿にするのか? 文字の読み書きから旅路の支度まで、全部、他人まかせだぞ?」

 狩人の師匠と、魔法使いの師匠の頭痛がわかるようだった。

「じゃあ、もう、受付に行って聞いてみなよ? 青銅級でも受けられる魔物退治の依頼は無いかってさ。ただ……そのあとのことは全部、マイトの責任だからね?」

 責任、それは女性陣からの罵倒のことだ。

 文字の読めない冒険者も多い。文字を覚えるだけでも大変で、文字を学ぶだけでもギルムはかかり、文字の読み書きが出来るならそれだけでも仕事になる。正しい綴りの一覧が書かれた辞書という高価な書物を傍らに、人の言葉を羊皮紙に書き写すだけでも仕事になるのだ。

 そんな教養のある人間は、あんまり冒険者を目指さない。

 むしろ冒険者ギルドのカウンターの向こうに座っている。

 女性の場合は顔立ちが美しいという条件と鋼の忍耐力を持つという条件が付くが。

 カール達が並んでいたときよりは少しだけ短くなった冒険者登録受付のおねーさんは、鉄仮面のような笑顔をしていた。あのままの形で固まってしまわないか心配だ。

 冒険者が依頼書を読めなければ、受付嬢の彼女たちにお勧めの依頼を聞くことも出来る。

 ただし、聞いてしまったからにはその依頼を受けなければならない。

 あれこれと難しい注文をつける駆け出しの冒険者をよく思う人間などはおらず、誰も受けたがらない依頼ばかりが勧められてしまう。

 たとえばそれは、天まで届く階段の昇り降りの運動であるとかだ。

 灰白色の石壁の上にも雨水を溜める部分はあるようだったが、溜めただけの雨水は飲用に適さない。そして水は重たい。それを担いで天まで登れと言われたならゾッとする。

 石壁の上の兵士などは休日だというのに壁の下に降りることを嫌がるほどだ。帰りに買ってきてくれと同僚たちにサラリと言われるからだ。自分の身体だけでも精一杯だというのに、自分の買い物だけでも精一杯だというのに、なんで同僚の分までも、と、我慢比べしているのが壁上の現状だったりもする。

 そんなことは露知らないカールとマイトであったが、知らなくても想像はついた。

 もしも、万が一、荷運びの依頼などお勧めされようものなら、リーベレッテ、メイ、ティーの三人からどんな目で見られ、どんな扱いを受けるかわかったものではない。

 責任、それは女性陣からの罵倒のことだ。

 だが、カールグスタフという少年はマイトオストという少年のことを、勝負を挑まれたなら決して退かないという信念の持ち主だということを忘れて――は、いなかったが、どうでも良かった。

 マイトオストが無駄に大きな体を使って、無駄に四人分運べば良いだけだ。

 もしかすると、心優しいマイトオストがカールの分も運んでくれるかもしれない。

 うかつな男の荷に、こっそりと自分の分も仕込むくらいカールには簡単な仕事だ。

 名も無き山間の村からノイスカステルまでの旅時の間にも、ちょくちょくやった。


 ずかずかと依頼の相談受付にマイトオストが挑む姿は、いっそ雄々しい。

 あとになって泣きをみる姿がカールグスタフの眼には浮かぶようで、いっそ雄々しい。

 そんな新米冒険者のカールと言えば、ひとりだった。孤独だった。

 誰も近寄ってきてくれない悲しい少年だった。

 孤独は、カールの最も苦手とするものだった。

 冒険者の世界では、魔法使いという職業は引く手あまたの人気者である。

 なにしろ魔法が使える。

 水の無いところに水を出し、火の無いところに煙を立てて、戦闘から生活までを一手に引き受けてくれる頼もしくも都合の良い人材である。

 水を持って歩くのは重い。

 松明をもって暗がりに挑むのも面倒だ。

 魔法を学ぶために文字の読み書きに始まり様々な事象にも精通しているため頭も良く、博識である。

 魔法使いがパーティに居るというだけで、それがひとつの箔付けにもなるほどだ。

 問題があるとすれば、若干、その賢さが鼻につくことぐらいだろう。

 知識人にありがちな無意識のうちに出る見下しの視線が、交渉事を面倒にすることも多々あるという。だからという訳ではないのだが、今日のカールはグルグル包帯の眼帯ではなく仮面を被っていた。

 それも顔の左半分だけを隠す、昏い夜空の色の仮面。

 星すらも死に絶えた夜空を思わせる黒い半顔の仮面。

 纏うローブはどうやって染め付けたのか、死者が悶え苦しむ悲痛の笑顔がくっきり残った漆黒のローブ。裾の辺りから炎の形か血の流れを模した赤染が、地獄という字を連想させる。

 それから手には……人間大の髑髏のついた大振りの長杖が一本握られていた。

 それは今では懐かしの、まだ一ケ月もたっていないはずの、ニルダの古戦場の主が落としていった一振りの禍々しき長杖だった。

 古戦場で新しく仲間となったキツネのセリアンであるメイが言った。

「≪天座主の瞳プレイヤー≫が人間の世の中で怖れられることは十分にわかったです。でも、メイたちは冒険者です。左眼をグルグルの包帯巻きにしていると、眼病でも患って居るんじゃないかと疑われて舐められるです。わかるです?」

「片目が見えないってのは左側が弱点だって教えてるようなもんだからなぁ」

 こと、こう言うことに限って頭のまわるマイトオストが肯定した。

 自分は両目が見えていない癖にだ。

「でもでも……その……カールの眼が他の人たちに見つかると」

 村、という閉じた世界で起きたことをリーベレッテもマイトも忘れてはいない。

 当事者であるカールは殊更に忘れてはいなかった。

 何度、この眼をえぐりとろうと思ったことか。

 孤独の中に溺れ、それでも息を吸い込むための悲鳴を何度あげたことか。

「リーベ、安心して? エルフィンの古い言葉にあるわ。青いものは湖に、緑のものは樹に隠せって言葉があるのよ? だから大丈夫。ティーに任せて!」

「ですです。だから大丈夫なのです。メイに任せるです!」

 なにがどう大丈夫なのかはさっぱりわからなかったが、世の中は形から入るとことが大事だという話だった。

 そしてカールのために、メイとティーが頑張ってくれた。

 ほんとうに、頑張ってくれた。

 心の底から暗黒に染まりきって、この世のすべてを嘲笑う道化師の漆黒の面。

 この世の何処かにある邪悪の泉に浸した布地に、殺した者の魂を苦しみの形のまま閉じ込めてしまった暗黒のローブ。

 そして、何処からどう見ても、本物の人骨にしか見えない髑髏付きの長杖。

 カールという魔法村人は、知らぬ間に死霊魔術師ネクロマンサーに転職していた。

 この世で最も忌まわしいとされる魔眼も、この仮面の下で紫紺に輝く分にはそういうものなんだろうと人々を納得させるだけの、それは素晴らしい装束だった。

 まず、誰も近寄ろうとはしない。

 受付に近寄るだけで、受付のおねーさんが休憩時間を口にし始める。

 引く手あまたなはずの魔法使いなのに、その袖口を引っ張る手は一本も存在しない。

 孤独な村人から、魔法使いを経て、いまでは立派な孤独な死霊魔術師になれたようだ。

 なにが悪いかと言えば、まず杖が悪かった。

 落ちてた、だから拾ってきた。そんなわけのわからない理由でマイトオストがニルダの古戦場から一本の杖を持ち帰ってきてしまったのだ。

 そして、ちょうど良いとこの杖を中心にしてすべての装いが仕立てられた。

 何処からこんな邪悪な顔の品々を仕入れてきたのか聞けば、これは演劇用のものだという。

 ノイスカステルには巨大な演劇場もあり、一流の役者たちが役柄へ真に迫るために揃えられた一流の邪悪なる衣装すら揃っていた。本来は白の面と黒の面が対になる、それは素敵な仮面であったのだが、半分に割られた。

 こうして邪悪だけが残った。

 そして孤独なる死霊魔術師ネクロマンサーのカールが生まれたのだ。

 すべては杖が悪かった。もしくはマイトオストが悪かった。カールのなかでは後者である。


・名称:不死の王錫

 効果:場に存在するアンデットモンスターの支配権を得る。

 効果:攻撃時に恐怖フィアーの状態異常の付与。

 説明:ニルダの古戦場に君臨するエルダーワイトが手にしていた長杖。その杖の先に飾られた髑髏はかつて彼が愛した妻のものである。いずれ、必ず、甦らせると誓い、そして愛のために狂った魔法使いの手に残った人としての最後の欠片である。だが、不死の王として彷徨いの果てに擦り切れた魂は、その愛すらも忘却の闇へと沈めてしまった……。


 その髑髏が大きくて、まるで本物のようだと思っていた。思いたかった。本物だった。

 愛する妻の髑髏を長杖にして、それを振り回して殴りつける、古戦場の彼の愛の深さに疑念が生じる一本であった。

 つまり、本物の髑髏を持ってうろつくカールは例え本物の死霊魔術師ネクロマンサーでなくても近寄りたくはない類の人間であった。

 死霊魔術を取り締まる人の法はない。

 すごく単純に、嫌われているだけだ。

 最も忌まわしい魔眼とどちらが忌み嫌われているかと言えば、知名度のぶんだけ死霊魔術師の方が嫌われている。忌まわしいものを隠すならさらに忌まわしいもののなかに、それが古いエルフィンの言葉だった。

 ただでさえババアが口にする古い言葉なのだから、相当に古い言葉なのだろうとカールは思った。


 ただ、杖の効果のほどは本物だ。人を寄せ付けない方の効果も本物だ。

 魔力が2と、まったく抵抗力の無いマイトをつつくと、とても楽しいオモチャになる。

 夜などは、コッソリと、眠ってる胸をつついては悪夢でうなされるところを楽しめる。

 彼はとても楽しいオモチャだ。

 だというのに、

「いよっしゃぁぁぁぁぁ!」

 なぜだかマイトが勝ち誇った顔をしていた。それどころかカールを見下すその眼が気に入らなかったので、さっそくこの杖で小突こうかとさえ考えた。

「どうしたの、マイト?」

「ふふん、やっぱりあるんじゃねぇか……魔物退治の依頼がよ!」

 素直に驚いた。

 が、それを認めるのも癪なので仮面の下だけでカールはほぞを嚙んだ。

 最近では自分の顔の左半分と右半分が別々の表情を浮かべられるようになったのだ。

「へー、どんなの?」

「おう、その村に行けばわかるって言われたぜ。きっと魔物が現れて困ってんだろうな?」

 その返答に首を傾げ、紫色の光さえもう隠さないカールがそっと受付のおねーさんを見つめると、サッと顔を背けられた。

 衣装がそうだからと言って、中身がそうだとは限らない。

 魔法使いの恰好をした魔法使いは、それこそ真っ先に狙われる。

 重装備の戦士とまでは言わないが、狩人のフリをするくらいは冒険者の常識であるし、その逆としてローブの下が金属の鎧ということもある。

 だから、こんな衣装ごときで、……これくらいの衣装ごときで、嫌われる覚えはなかったカールは少しばかりショックを受けた。

 いまだ、誰かに嫌われるということには簡単に傷ついてしまう脆い少年だった。

 だが、その受付のおねーさんの顔をよくよく見ると、こんどはカールが顔を背ける番だった。

 彼女は、あの日、あの時、マイトオストというもの凄く困った冒険者志望の受付を担当した、あのおねーさんだった。

 この時点から、カールは、もう、悪い予感しかしていなかった。

 マイトと言えば、カールが嘘つきだの魔物相手に暴れ回れるだのと喜んでいるが、この依頼の結末が、ろくなことにはならない予感と確信がその時点でカールにはあったのだった。

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