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幻想遊戯のエンブリオ<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
第二部 (名称未定)
44/55

第一章 狩人達の夜(4)


 灰白色の巨大な石壁に守られたノイスカステル。

 焼かれた平丸パンを東西の大路地と南北の大路地で区切ったなかの、南の東に冒険者ギルドは今日も元気に建っていた。建物が元気を失くして建っているときは崩壊も間近なので誰も近寄りはしないだろう。

 その分、元気な建物に人は集まるものだった。

 冒険者ギルドのひとつの壁を占領する依頼書の数々は、冒険者に冒険の意味を考えさせるのに十分なだけの依頼書が並んでいた。

 世の中は、問題だらけだ。

 今日も元気なノイスカステルは、今日も元気に問題に溢れていた。

「よし、今日の依頼は……これだ!」

 マイトオストという無駄に背丈が大きくて、無駄に胃袋も大きくて、無駄に頭部の位置も高いのに、無駄に頭が付いているとしかカールには思えない少年が一枚の紙を指さした。

 山勘である。

「えーっと、荷物の荷運び。ノイスカステルの石壁を登り、今日も元気に水や食料に矢玉を運びませんか? 最低ノルマあり、報酬は歩合制になります」

 文字の読めないマイトオストに代わってカールが依頼文を読み上げた。

 読み上げながら、あの天まで続きそうな石壁を水や矢玉を背負って――この場合はアイテムボックスが役に立ちそうだ――ただひたすらに外階段を往復する姿を想像すると、くらりときた。階段の途中なら落下死は間違いない。

「おいおい、カール、間違っちゃいけねぇよ、それは俺の選んだ奴の隣の依頼だぜ?」

「じゃあ、どれ? どれなら満足なの?」

「だからなんども言ってるだろ? 冒険者っぽいやつだ。人の役に立てて、それでいて暴力を思う存分に振るえる素敵なお仕事だ。荷運びも確かに大事だ。それがなきゃ、街がうごけねぇものな。だけどよ……冒険者なら、冒険者らしい仕事ってもんがあるんじゃねぇのか!?」

 この男も無茶を言ってくれる。

 自分たちの階級を示すプレートの色を忘れて無茶を言ってくれる。

 今はネックレスになっているプレートの素材は青銅、目の悪い老人が見ても黄金には見えないだろう青銅の色は茶褐色だった。

 そして冒険も仕事である以上、失敗しましたごめんなさい。では、すまされない。

 茶褐色のプレートの意味するところはノービス、「下っ端」や「初心者」を意味する。つまりは大切な仕事を任せられるほど、まだ冒険者ギルドの信用を得られていない状態なのだった。

 失敗しました済みません死んで詫びたいところですが既に死んでます、は、冒険者というギルドの指の一本を失うことであり、冒険者ギルドの信用を失墜させるふたつの意味を持つ。

 どちらの方がギルドにとって大事なのか、カールはいまだに測りかねていた。

 とりあえず汗臭いのと、力仕事と、汚れ仕事は女性陣から「嫌だ」と告げられている。

 壁の一面を埋め尽くす依頼書の掲示板には、素敵な仕事が並んでいるというのに。

 荷運びの手伝い。借金の取り立て。酒場の用心棒、兼、給仕役。お金持ちの家の庭の草むしりなんて草を相手に暴力を思う存分に振るえる素敵な仕事だと勧めたのに、この男はまだ首を縦に振らない。

 カールの忍耐力にも限度というものがあった。

「あのさ、何度でも言うけどね、マイトが望んでるような依頼は無いんだよ。冒険者はあんまり冒険しない職業なんだよ」

「おいおい、カール、頭をどうかしたのか? 冒険者が冒険しないなんて、女神ルミナス様もノワール様も大笑いの冗談だぜ? いや、すまねぇ、お前の精一杯の冗談がそれだったんだな。笑わなくてすまなかった……俺を許してくれ、カール」

 カールの忍耐力にも限度というものがあった。

「このっ……男はッ!!」

 カールの言は、真実だった。

 年がら年中、命を懸けていれば一月後には死体になれるだろう。

 冒険者たちはあまり冒険を、危険を侵したがらない。

 稀に、年がら年中、命を懸けながら、それでも生き残る者たちもいる。

 そういったものは、往々にして頭のなかが春の花畑のなかにあるような連中だ。

 つまり、目の前のマイトオストという無駄に大きな少年の頭のなかとそっくりだった。

「魔物退治の依頼があるんじゃねぇのか? カール、俺に依頼を隠してるだろ?」

「隠してるわけじゃなくてね、本当に無いんだよ。だいたいね、マイトは冒険者ギルドというものを根本から勘違いしてる気がする。いや、勘違いしてると僕は確信してる」

「おいおい、カール。俺の目が節穴だって言いたいのか?」

「節穴なら目が見えない分マシだよ。もうそんな節穴よりも役に立たない目は捨てちゃいなよ。冒険者ギルドに魔物退治の依頼は来ないんだよ。とくにね、こんな大きなノイスカステルって街では」

 街が大きい、なら仕事がいっぱいのはずだった。

 ほんとうに、頭をどうかしたのかと、もともとそうだとは思っていたが、マイトが憐れみをこめた瞳で、

「僕を憐れむなッ! この際だ、しっかりと教えてやろう。……何度も教えたけど、しっかりと教えてやるから、よく聞いて、よく覚えろ、わかったか、このゴミクズがっ!」

「ゴミクズ? ……いや、カールの方が俺よりもちいせぇ……わかったわかった、話せよ?」

 握り拳ひとつぶんほどの高さから見下されつつ、カールは、なんとか理性を保って口を開く。

「ノイスカステルは大きな街だ。大きな義勇兵の集団を持ってる。彼等が百人ほど集まって、毎日毎日、ノイスカステルから蜘蛛の巣のように伸びる街道を歩いてる。毎日発生する魔物達はそれにおびき寄せられて、毎日掃除されてる。わざわざ森の中に入って、人畜無害の魔物を退治する必要なんてない。だから、ノイスカステルには魔物退治の依頼は無いんだよ」

 ふむふむと頷きながら、それでもマイトオストには腑に落ちない点があった。

「じゃあ、なんで魔物退治の依頼が世の中にはあるんだ?」

「それはね……領主さまがケチだからさ。その土地の領主さまも軍隊を持ってる。彼らを雇ってる。でもそれは自分の命令を忠実に聞いてくれる家来だから大事なものなんだ。魔物が現れて、領内の安全を脅かすようなら、冒険者を雇って差し向ける。冒険者なら死んでもいいからね? 痛くも痒くもないからね? また、忠実な家来を捜すなんて面倒な話でしょ?」

 それが、地方自治の実態だった。

 優秀で、話の通じる手駒ほど、その地を治める領主は手放したがらない。

 こうして死んでも構わない使い捨ての駒として魔物退治の冒険に出るごとに、冒険者たちは貴族を嫌いになるのだった。

 自分たちで何とかできる癖に、やらない。

 その姿を見て嫌いになるのだ。

「それにね、兵士の人達は領民に剣を向けるのに忙しいのさ。街道の途中をネグラにして動かない魔物の相手をしてる暇なんて無いんだよ。衛兵さんが人間同士のいさかいを収めてくれないと大変でしょ?」

「あぁ、確かにな。どうして街ってのはこうも毎日のように騒がしいんだろうな?」

 名も無き小さな村人にとって、ノイスカステルの街は毎日がお祭りだった。

 ノイスカステルでも毎日のように喧嘩の声は絶えず、「そんなに元気なら義勇兵として存分に働くが良い」と、その声は泣き声に代わる。ただ道を歩き、ただ魔物をおびき寄せ、ただ今日は列の外側になりませんようにと祈る楽しい楽しい日々の始まりだ。

 魔物達は数の差も考えずに飛び出してくる。

 そして、一番手近な外側の者に襲いかかる。

 村にも喧嘩はあったが、命に関わらない程度なら好きなようにやらせるのが常だった。

 いちど決着が付いてしまえばそれなりに気は収まるものだったし、マイトのような身体が大きな、無駄に大きな村人はむしろ喧嘩を嫌っていた。勝ちは決まっている。だから勝ったなら卑怯、負けたなら恥さらし、どちらにせよろくなことが無い。

 身体の大きなもの同士が喧嘩となると、村人たちは畑仕事を放り出して見物にくる始末だった。

 それだけ山間の村には娯楽が少なかったのだ。

「とにかく、魔物退治の依頼は無いんだよ。あるのはね、魔物のドロップの募集。魔物が出没する地域での採取活動。それから、万が一のため商人が冒険者を雇う護衛の仕事。そんなところだね。魔物の退治そのものを目的とした依頼はなかなか無いんだ。ノイスカステルなんて大きな街じゃ、まったくないだろね?」

 カールは説明するのが面倒くさいので、もう一つの理由は口にしなかった。

 魔物が現れた、村が襲われた、その時点でその村はお終いだ。だから依頼するまでもない。そんなことは白い大猿のサンジュアルジャンに襲われた村の出身である二人にとって語るまでもないことだった。

 人間、自分の生活する範囲の外がどうなっていようと構わないものだ。

 狩場と呼ばれる魔物が多発する地域も存在するが、そういった場所なら近寄らなければ良いだけの話である。そんな魔物のなかに突っ込む馬鹿は、馬鹿な冒険者くらいのものだった。

 そんな馬鹿がここにいた。

「とにかく、俺は、魔物と戦いたいんだ!」

「だから、無いって、言ってるだろ!」

 男たちの仕事選びは、終始こんな感じに進む。

 リーベレッテ、メイ、ティーと言えば気楽なもので、男たちが選んできた仕事に文句をつけるだけの優雅なお茶会を、ギルドの近所にある店主は男気に溢れ、給仕のおねーさんはおっぱいに溢れるお店で開き、お喋りをしては待つばかりであった。

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