第一章 狩人達の夜(1)
静まり返る夜だった。
あまりにも静まりかえった夜に、星空さえも瞬くのを忘れた、そんな夜だった。
村を守る櫓の高台では、うつらうつら、ときおり舟をこぎながら寝ずの番をする村人の彼が弓を構えていた。尻の下に敷きながら。
なにも弓をイジメている訳ではない。
これでも右に左にと、すぐに捻じれてしまう弓幹を直しているのだ。一本の木に見える安物の弓でも、よくよくみればそこかしこに年輪の跡が見えてくる。一本の太い木の枝から削り出したとしても幹の側と末の側では木の質が違う。
ただ置いておくだけでも湿気を吸い込んで、湿気を吐いて、木が息をする度にわずかに歪む。
魔物達は神官さまが掛けてくださった魔物除けの神聖魔法で近寄ってはこないが、小悪党であるゴブリンたちにはなぜだか効果が無く、ときおり腹を空かせて森から降りてくるゴブリンを追い払わなければない。
森の恵みに森の獣、聞いたところによると森の虫まで口にするそうだが、それでも腹を空かせるゴブリンが現れるのは仕方のないことなのだろう。奴等は増えたいだけ増える。季節のことなんてなにも考えていない。冬が少しばかり強すぎたり、夏が少しばかり弱すぎると、すぐに腹を空かせて降りてくる。
大体の場合は――まぁ、追放だった。
群れの中であまり上ではない雄のゴブリンが、彼等の縄張りから追い出される。だいたいは餌を獲るのが苦手な奴らしい。
追い出されたゴブリンがどうなるかと言えば、他の群れに受け入れてもらえる訳でもない。
なにせ、追い出されるくらいのゴブリンだ。
自分たちの縄張りに入ってくると、自分たちの恵みに手を出すと、とたんに追い掛け回される。自分たちの腹に入ってくるはずの果実をもぎ取られて怒らないゴブリンもいない。そんなわけで、森のなかを右往左往と。した挙句には近所の村まで降りてくる。
人間だって、まぁ、同じだ。
自分たちの腹や、お貴族様の腹に入る麦に手を付けようというのなら、それはそれで覚悟して貰わなければならない。
そういう意味ではゴブリンも人間もさほど変わりのない現実に、見張りの彼は夢うつつにも皮肉な笑みを浮かべた。
ただ、春先という季節も終わり、夏に向けて本格的にルミナス様が輝きだすと、その心配もなくなる。森のなかは食い物――彼等のなかでは食い物に溢れ、食いっぱぐれる奴等も少なくなる。
魔物除けだってこの間、巡回神官のコプトさまが神聖魔法を掛け直してくれたところだ。
恐いと言えば、秋のオーグルと冬の魔物だ。
ルミナス様が少しばかり夏のことを忘れられると、それはそのまま秋には不機嫌な顔をして返ってくる。一匹、二匹の餌が足りないならまだしも、部族が生きるか死ぬかの大不作になってしまうとオーグル族であるゴブリンも総出で降りてくる。
夏が涼しいと、それは結局、人間の畑にも恵みが少なくなるわけで、奴等にわけてやる余力も無いものだから、ちょっとした戦争になる。それが怖かった。
魔物除けの神聖魔法も月に一度は掛けて貰わないと効果が薄れ、雪が道を塞いで神官のコプト様の足を邪魔すると、ここからが冬の本番になる。日々、魔物の襲来を恐れ、日々、積もりゆく雪の白を見続け、日々、残りの麦と薪を数える素敵な日々が待っていた。
そんな季節に比べれば、春は楽なものだ。
こうして弓を尻に敷いて、捻じれを直す暇さえある。
本職のように上手くはいかない。直すことも、飛ばすことも。
だが、だからと言って弓を放ったらかしにしておけば、ますます矢はヘソを曲げて飛ぶ。
冬の間、毎日のように弦を張られた弓は、上の側と下の側で反対に捻じれ、だからといって、ちょうどよく真っすぐにはなってくれないものだった。
人の手で直すしかない。いや、尻で。
弓も畑も似たようなもので、どうにも冬が強すぎると、春先には具合が悪くなる。
それから、ふと、気付いた。
いやいや、と、頭を振ってそのあまり良くない考えを打ち消した。
人もゴブリンも似たようなもので、どうにも数が多すぎると、春先には追い出される奴が出てくる。追い出されたあとのことは、あまりよく知らなかった。一番近くの街といえば、灰白色の天にも届く大きな石壁で有名なノイスカステル。
だいたいの人間はノイスカステルを目指し、それから、まぁ、里心がつくとときおり土産を持って帰ってくる奴も居れば、二度と帰ってこない奴も居る。
追い出されたことを恨みに思っているのか、二度と帰ってこれなくなったか、そのどちらかだろう。願わくば、前の方であって欲しいと女神ルミナスさまに祈りかけ、今はノワールさまの時間であることを思い出した。
櫓の上は少しばかり冷える。見通しが良すぎて、風通しが良すぎる。
かといって櫓に雨戸を取り付けたなら、もう、それは見張りの役割をしない小屋だ。
あちらが立てばこちらが立たずの解決策と言えば、明かりと暖を兼ねる鉄鍋の火鉢に手をかざすくらいだ。中ではパチパチと小さな薪が爆ぜる音が響き、夜闇にゆらめく陽炎のような炎が彼の手や顔を赤々と温める。
そして、春というのは疲れる季節で、夜というのは眠る時間で、自然に舟をこぎたくなる。
だから、火の面倒ばかり見ていると、櫓のうえの見張りは見張りを忘れてしまうのだった。




