第三章 帰郷への永い旅路 13
「では、改めて名乗るです。メイはメイです。キツネのセリアンなので、耳は良いですよ。鼻も利くですよ。クラスは≪狩猟兵≫、レベルは22です。そっちの痴女とは違い、奥ゆかしい乙女なのです。失礼な真似をした場合は爪で刺すのです。それが人間社会の習わしだとリーベから教わったのです。獣の爪は痛いですよ?」
むろん、そんな習わしは人間社会に存在しない。
かといって、男の力で女をもの扱いする実情を、生々しく語るのも躊躇われた。
暴力こそが正義の社会である。どうしても、男の方が優位となりがちであった。
「ティーはねぇ~」
「見てわかる通りの痴女です。短いスカートで若い男を誑かし、その気にさせながら決して見せず触れさせない痴女なのです。ついでにエルフィン族は見た目と年齢が違うです。この顔で六十七歳です。カール、すっごく残念そうな顔が丸見えですよ?」
「言わないでぇ~!! これでも、エルフィンの中じゃ最年少の方なのよ~!? 二百歳とか五百歳のエルフィンは有難がられるのに、なんで六十七歳だといけないのっ!? おかしいわよ、人間の男って!」
たしかにおかしいが、そのスカートの短さもやはりおかしいのでトントンである。
冒険者として戦いの場に出るというのに、わざわざ太腿の肌色を見せる意味が解らない。しかしそれがエルフィン族の伝統的な装束だと言われれば納得せざるを得ない。目の保養には最適だ。歳さえ知らなければ。
そして、男性の視線は肌色とその隙間を目指すほかない。
六十七歳と耳にしながらも、それは悲しい思春期の宿命であった。
「くすん……ティーは、ティー。本当の名前は未来の旦那様にしか教えちゃいけないの。だから内緒ね? クラスは≪精霊魔術師≫、精霊たちのお友達、エルフィンにしか成れない珍しいクラスなのよ? 嗜みとして弓と楽器もやってるわね~。レベルは28。これでも鍛えてるんだから!」
なるほど歳の功ですね、と、戦場でみた純白の光景が色褪せていくカールであった。
それでも、スカートの下に映える肌の色に視線が吸い寄せられてしまう。きっとこれはなにかのスキルなのだろう。きっと精神力が摩耗したままなので抵抗できないのだとカールは結論付けた。
「わたしはね、神官のリーベレッテ。レベルはまだ5だけど、なり立てだから許して欲しいかなっ! 髪の色は銀色だけど、平民なので気さくに声を掛けるが良いぞっ! それから……カールにマイト、自分たちで紹介できる?」
未だに寝台に寝たきりの二人。
自分の限界を超えた代償としては安いものである。
「お、おう……俺はやれるぜ!」
「マイトに出来て、僕に出来ないわけないでしょ?」
「言いやがったな。外に出やがれ」
「出られるものなら出てみろよ。この筋肉痛馬鹿」
もぞもぞと、寝台の上で芋虫たちが動こうとして、二人揃ってリーベレッテからの懲罰を喰らった。
「お、俺はマイト、マイトオストだ。クラスは戦士でレベルは3だ。あれだけ魔物を倒したのに上がらねぇってのはなんだか理不尽だよな。剣、両手剣が得意だ。あー、自己紹介って言われても、何を言えば良いんだ? とにかく剣だ。男は剣だ。それ以上に言うことはねぇな……」
「僕の名前はカールグスタフ。クラスは魔法村人のレベル3。村人だけど魔法使えるし、べつにクラスとか要らないかなと思ってる15歳です。それから、この世で最も忌まわしいとされる魔眼≪天座主の瞳≫を左眼に抱えてる。これがバレちゃうと、少なくともこの国じゃ石を投げられる。誰が忌まわしいと決めたのかは解らない。でも、最も忌まわしいと言われてる。見えるのは、他人のステータスくらいなのにね……」
カールの言葉を補足したのはメイであった。
「女の子は下着を見られたくらいで落ち込むです。誰しも隠した物を見られたくないです。秘密を暴かれることは恐怖なのです。最も忌まわしいのではなく、最も恐れるべき魔眼です。人々が秘密を持つからこそ、忌まわしく思えるだけなのです。カールは悪くないです。カールは誰の秘密も暴こうとはしてないです」
情ではなく論により庇われて、想わず涙が出そうになった。
世界は広い。初めて、魔眼への理解者と出逢えた、居てくれた。
カールはそれが嬉しくて、ポロリと口からも零してしまう。
「ありがとう、メイ……さすがは三十を超えてるだけあるね。年相応の落ちつ、痛い痛い! 痛いよ!! どうして爪で刺すのさ!? カールは悪くないって言ったばかりなのにっ!!」
「乙女の、歳を、バラした罰です!! なぜです!! 三十二歳はセリアンの中では子供のうちだというのに、どうして人間はそういう目で見るです!? 乙女の歳を口にしてはいけないのです!! この世で最も忌まわしい理由が、いまメイにも解ったですっ!!」
どうやらこの魔眼、女性の年齢をピタリと見抜いてしまうというあたりが最も忌まわしいらしい。獣の爪は、リーベレッテのそれよりも痛かった。「こう、爪を尖らせると良い感じです」と、なんだか物騒な話を見た目は乙女達が相談し合っている。
「……なんで、セリアンとエルフィンが人間の国まで来たのか聞いても良いのか?」
「聞きたいです? でも、メイはまだ言いたくないです。でも、パーティです。困ったですね」
「なら、聞かねぇよ。なぁ、カール?」
「うん、乙女の秘密を暴露すると酷い目にあうからね。僕は聞きたくないかな」
マイトはお人好しで、カールは人が悪い理由で聞かなかった。
どうせ尋ねたところで真実が返ってくるとは限らない。そして、言いたくなった時には前に吐いた嘘が邪魔になる。だからそれは、尋ねるまでも無い話であった。
語りたくなったなら、メイとティーの方からいずれ語りだすことだろう。
「それは……助かるです。リーベはこんな男を二人も侍らせて、ずっとハーレムだったです? ちょっとお仕置きが必要です。向こうのお部屋で、根掘り葉掘りの時間ですです」
「そうね~。旅の間にどんな素敵なロマンスがあったのか聞きたいな~。毎晩、とっかえひっかえ? それとも同時にっ!? いや~ん! ティー、困っちゃう!!」
「困ったのはお前の頭です。さ、行くですよ、リーベ」
「恋話だっ! 恋話だっ!」
「ち、違うからっ! カール! マイト! わたしを助けて欲しいかなっ!」
「無理だな」「無理だね」
両サイドからガッチリと捕まえられて、リーベレッテは二人の人攫いに攫われていった。
まだ男女同衾には早いそうだ。もとはメイとティーの部屋だった二人部屋に残された男二人が思い出したように語る。
「なぁ、俺たちの飯って?」
「たぶん、忘れられたんじゃない?」
もとは三人の部屋だった隣の部屋から姦しい娘たちの笑い声が聞こえ、されど男たちの腹の虫の音は届かず。この宿の壁は、薄くて厚くて困ったものだった。




