第三章 帰郷への永い旅路 12
冒険者ギルドのギルドマスターであるが、正式な名称は支部局長である。ゴードウェルはノイスカステル支部の局長となりギルドを管理する依頼を受けた冒険者であって、真のギルドマスターの姿は見たことがない。
どころか、冒険者ギルド自身が自分たちの実態を把握していないところもある。
ノルデン王国内のギルド本部は王都にあっても、国を跨いだ冒険者ギルド自身の本部は無い。
そんなことだから、ゴードウェルが座る椅子も冒険者ギルド内の支部局長室に飾られていた。
「うん、キミたちが私を睨み付けている理由は十分に理解してるし、謝罪する気も無い。私も過去にはその位置に立って、目の前のクソ野郎を睨み付ける立場にあったからね。自分が手塩にかけた生徒たちを、ほぼ皆殺しにされた。あれは人生の中で一番目にあがる不愉快な経験だったよ」
八人の教官たちが揃ってゴードウェルの前に立ち、視線だけで殺せそうな勢いで睨み付けていた。八人は共に死線を潜り抜けた冒険者たちであり、その殺意は本物の刃と同じほどに鋭い。
なにしろ、殺意の向けられる先が首筋や目に心臓と、明確な急所となれば本物だ。
確かに六百人が合格した。だが、百名近くが脱落し、百名近くが落命した。
全員が合格してしまったヴァイスメイヤーもまた、睨み付けている。
ちゃぶ台返しが起きなければ、皆殺しになっていてもおかしくない状況であった。
月明かりの下、自身の生徒たちが恐怖に震え怯え、勝てるはずの敵を前に殺されようとしていたのだ。
「勝利から得られるものは油断。敗北から得られるものは成長だ。人は勝利からは敗北を生み、敗北を糧に勝利を掴み取るものだ。それは、冒険者として歴の長いキミたちへ、長々と説教するまでもないことだと私は思う。……冒険者ギルドが求めるものは、六百人の雑兵ではなく六十人の精鋭だ。そして六人の英雄こそが看板となる。数は必要だが、質もまた伴わなければならない。当初の予定では、古戦場の主が生み出す恐怖から十に一人か二人が命からがら逃げ残り、そして、その半分以上が心を挫かせ、それでも立ち上がった者だけが新たなる冒険者になる予定……だった。まさか、用意した筋書きそのものをひっくり返されるとは……私もまだまだだね。さて、キミたち八名を呼んだのは私の私見や謝罪や愚痴を聞かせるためではない。新たな徽章を受け取って去るか、訓練所の教官として務めるか、それを問うために呼んだんだ。鉄は熱いうちに打った方が良いし、敗北の苦みは舌に黒く残っているうちが良い。勝利の美酒は人の選択を狂わせるからね。幸い君たちは皆が揃って渡り鳥。生徒に教えられる失敗談は多いだろう。さぁ、選ぶと良い。背をむけて他の誰かに任せるか、子供たちの断末魔を耳にしながら、それでも未来を与える為になお進むか。選択はキミ達の自由だ。私たちは冒険者なんだからね?」
スラスラと流れ出たゴードウェルの言葉。
その一言一句を呑み込みながら、息を飲む。
訓練学校の教官とは、旅立たせた生徒たちの生死を、その気になれば知ることの出来る立場であり、それは、剣や弓や魔法ではどうにもならない新しい冒険のステージであった。
深い酒を生涯の友として心を壊し身を崩す者も多い。だからこそ、ゴードウェルも強制はしない。
八百名以上の生徒たちは、本来ならば彼等を一つ上のステージに立たせるための人骨細工の階段であった。
子供たちの屍を積み重ね、教壇の上に立たせるための供物であった。
ホークウッド。二十年前であればノイスカステルでその名を知らぬ者が居なかった、平民の中の英雄。その名を耳にしたときから嫌な予感をゴードウェルは長年の勘から感じていた。
だからこそ、古戦場の主の魔手から生きて帰って来るという最難の試練を与えたのに、まさか試練の場を、ニルダの古戦場を制覇して帰ってくるとは想定外も良いところである。
昼間の四分の一の距離を射抜いたという伝説を持つ男、その弟子は深夜に中天の太陽をもってきた。
伝説は眉唾だと思いながらも思いきれなかったゴードウェルは、その伝説が本物であることを確信した。世の中は、自分の常識の内側で測ろうとしても測りきれないものばかりだ。
たとえば、ゴードウェルにとってのホークウッドとか。
たとえば、持てる者にとっての持たざる者の無力とか。
たとえば、街の生まれの者にとっての田舎者だとか。
八人の教官にして冒険者たちは新たな徽章を手にして、背を向けて去っていった。
「すみません、ゴードウェルさん。俺達にはまだ足りないものが多いようです。教官の依頼を受けるのはその後でも構わないでしょう? 敗北の苦みが残っているうちに、やるべきことを済ませてきます。……まぁ、結婚とか?」
ゴードウェルの目は確かであった。
ヴァイスメイヤーたち、八人の渡り鳥がノイスカステルの地に舞い戻るのは一年後になる。自分たちの足で田舎という田舎を渡り歩き、目で見て、身を持って知り、そして舞い戻るのは一年後の話である。やはり、彼等は優秀な冒険者たちであった。
新たな子供達を実験台として自らを高めようとする、失敗という名で己の無力を隠す、無思慮な者たちとは一味違った。出来ないことをいずれ出来ると口にして、その贖いは生徒の血で満たす。そんな教官を冒険者ギルドは欲していない。
こうしてヴァイスメイヤーたちはゴードウェルの言葉に騙されることなく、最後の試練を潜り抜けたのであった。




