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幻想遊戯のエンブリオ<注・ギブアップ>  作者: 髙田田
第一部 教官の試練場
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第三章 帰郷への永い旅路 11

 冒険は、生きて帰るまでが冒険である。

 アイテムボックスに詰められるだけの戦果を詰めて歩む、ノイスカステルまでの足取りは重かった。物理的に重かった。鉄は重い。そして鉄で作られた剣も重い。

 ドロップアイテムの山は、訓練生たちの背に重く圧し掛かっていた。

 だが、田舎者は、1ギルムたりとも無駄にはしないものである。

 買えば一本五千ギルム。売値が半額だとしても二千五百ギルム。

 十本なら二万五千、二十本なら五万、四百本なら百万ギルムである。

 朝日を迎えると共にノイスカステルまで全力で走ったメイとティー。

 夜間営業の砦で集めに集めた鉄の剣を、借り物の荷馬車に詰められるだけ詰めて、ついでに精神力の急激な摩耗に唸り声を上げるカールを載せて帰っていった。

 田舎者達はみな健脚で、欲張りで、祭りの後に残されたのは謎の肉ばかりである。

 狩場泥棒。多数の冒険者たちが暴れ回った跡地に残された、高価なドロップを目的として漁りに来た泥棒とも言えないコソ泥たちも、ガッカリとして帰るばかりなのであった。


 そして第三の冒険の幕が開いた。

 こんどの敵は、またしても行列だった。

 六百人からなる、青銅の徽章を求める新米冒険者の大行列である。

 一週間前、訓練学校の入学を希望した彼等は田舎者だった。

 そして一週間たったいま、やっぱり彼等は田舎者であった。

 一週間程度、街に滞在したからと言って、人の何かが変わるはずもない。

 冒険には慣れた。戦いにも慣れた。けれども、大きな街には未だに慣れていなかった。

 アイテムボックスに沈めて運んだ鉄の剣にエクトプラズム。

 これらの卸先が解らず、それらを身の内側に抱えたまま、この大行列の冒険に参加していた。

 初日のそれよりもずっと長く、ずっと重く、ずっと辛い、大冒険の始まりである。

 思えば長い一週間。季節の変わりにしては短い一週間。まだまだ風は冷たいものだ。

 徽章を受け取るのは明日でも良い。明後日でも構わない。そのまた明日でも十分だ。

 だが、この身の内の重い品物を買い取って貰わなければ、満足に休むことも出来なかった。

 冒険者ギルドではドロップアイテムの査定、買い取り、その品を扱う業者へアイテムを卸す業務も行なっていた。商売である以上、多少の中抜きは仕方がない。冒険者ギルドとて、何も喰わずには生きられないのだ。

 それに不満があるというのなら、冒険者が自身で物品を鑑定し、自身で取り扱い業者を探しだし、自身で商談を円滑に纏めて、ドロップアイテムを好きに処分してもかまわない。

 それが出来るものなら。

 そんなことが可能な人間ならば、冒険者よりも、素直に商人に成った方が良いだろう。

 その辺の武具店に持ち込んだとしても、出所不明、品質保証無しの怪しい商品を簡単に買い取っては貰えない。武具店は販売所であり査定買い取りの場ではなからだ。

 商売である以上、出所や品質などを事細かに調べなければならない。

 鉄剣の中身が鉛でした、では、商人としての信用が一瞬で消し飛ぶ。

 売った品が盗品でした、では、商人としての信用が一瞬で消し飛ぶ。

 売ったっきりの露天商とは違い、店舗を構えた商売は、手堅い信用がまず第一なのであった。

 冒険者ギルドも店舗を構えた大きな商売であり、鉄の剣の価値を一本ずつ念入りに査定し、そして相場情報を元に査定額を付けていく。

 もちろん査定業務にも労力はかかる。人件費もかかる。時間が一番にかかる。

 相場情報から業者への卸値を出し、人件費や労力、ギルドの取り分を計算してやっと一本の鉄の剣の査定が終わる。田舎者の目には同じ鉄の剣でも、見るものが見れば別の鉄の剣なのだ。

 それを、六百人分である。

 一人頭が十本でも六千本である。

 冒険者ギルドの査定業務部の人員が休日出勤させられ、死んだ魚の目で鉄の剣を調べ上げていた。素材は鉄でも、剣の状態や品質が一本ごとに異なるのは当然であり、冒険者ギルドは査定業務におおあらわである。

 これが、今回の長蛇の列の原因の一つである。

 専門業者に出向いて、商談を交わさなければ、そうそうに抱えた品物が売れることはない。

 そんな商業のルールを理解していたメイが、馬車と共に一足飛びに武具の元卸し業者に駆け込み、いの一番で大量に売りぬいた。なにも品質の査定をできるのは冒険者ギルドだけではない。

 状態の良いものは鉄の剣として卸され、状態の悪いものは鋳融かす鉄材として卸される。

 武具の元卸の業者とセリアンのメイが、良い商売が出来たと共に握手を交わしていた。

 冒険者ギルドを間にはさまない分、共に大きな儲けが出たのである。

 冒険者ギルドさえ掴み切れなかった大口取引の暴挙により、鉄と剣の相場が大きく下落し、冒険者ギルドの査定業務部が嘆きの声を上げるのであった。

 ついでに、長蛇の列に並んだかつての戦友たちもである。

 もはや互いに冒険者同士。同業者にして同業他者である。そこに容赦の余地はなかった。

 戦場では共に肩を並べた戦友だというのに、前後に並ぶと敵になるものらしい。

 自分より前の者が寒さに負けて脱落することを祈る、二列の行列がそこにはあった。

 一つは冒険者の登録待ち。

 一つは戦利品の査定待ち。

 うっかり並ぶ列を間違えると、やはり最後尾からなのであった。


 †


「へへっ、これが冒険者の証か……まるで黄金の輝きだな」

「マイト? 目をどうにかしちゃったの? どこからどう見ても茶色だよ? 青銅製だもの」

「気分の問題だよ! 気分のっ!! 相変わらず男の浪漫が解らねぇ奴だな」

 相も変わらず、カールがマイトの浪漫に水を差す。

 この馬鹿の浪漫のために死にかけたのだから、これくらいは許されても良いはずだろう。

 身の丈に合わない剣技に、全身の筋肉が悲鳴を上げて動けないマイトが横になっていた。

 身の丈に合わない魔法に、全霊から気力が抜け落ちて動けないカールが横になっていた。

「しっかし、冒険者ギルドも杓子定規だよね? エリアボスの怪物を倒したのに青銅だなんて」

「まぁ、誰が見てたってわけでもねぇからな。そういえば、お前のクワ、壊しちまってすまなかった。戦場にクワなんてって思ったけどよ、やっぱり手に馴染んだものが一番だよな……」

 扱いなれない鉄の剣と、手に馴染んだクワならば、クワの方が強いに決まっている。

 カールは、遊びでクワを選んだわけでは無く、身の丈にあった道具を選んだだけであった。

 だがしかし、

「クワを壊したことなら気にしていいよ。僕の父さんの形見だけど、気にしていいよ。三十年、父さんの相棒を務めてきた立派なクワだったけど、マイトは気にしていいよ? 僕に残された数少ない家族との思い出の品なんだけど、マイトは全然気にしても良いんだよ?」

 これが事実であった。

 カールが父の形見として唯一ねだった品が、その件のクワであった。

「お、お前! なんてものを使って戦ってんだよ!? 親父さんに謝れ!!」

「父さん、ごめんよ。マイトの暴力からクワを守り切れなかったよ……」

「す、すみません。カールの親父さん。クワで魔物を殴ってすみませんしたっ!!」

 指先が体の一部であることを痛みの形で激しく自己主張して、全身の肉が繋がっていることを感じさせた。手を合わせるのも一苦労である。飯を食うのも一苦労である。

 もちろん、口を動かすのも一苦労なのだが他にやることが無いので、結局は罵り合う二人ぼっちなのであった。

 リーベレッテはメイやティーと一緒に、大儲けしたギルムを散財して都会の味に舌鼓を打っている。

『ギルムを回す、これも功徳っ!! 動かぬギルムは死んだギルムかなっ!!』

 なにやらメイに唆されたらしい。

 男気溢れる店長さんのお店には、Aコースの他にもメニューがあり、価格の桁が一つ二つ違うそれを、美味しくいただき人生を賛美することこそがリーベレッテの信仰らしい。

 ただ、どこで話を聞きつけたか、神官と道ですれ違うたびに、「神殿の扉は常に開かれておりますよ? 大儲けなされた神官リーベレッテ」と寄進を迫られる手配者にもなったらしい。

 リーベレッテが銀の髪を隠す理由が、また一つ増えてしまった。

 ルミナス神殿も、なかなかに経営難だそうな。



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