第三章 帰郷への永い旅路 8
ヴァイスメイヤーたち教官一同は、自分たちの生徒の行く末を望遠鏡越しに見守っていた。
冒険者ギルド、ギルドマスターから与えられた依頼の最後の内容は、自分の生徒たちを最後まで見届けること。そして、落伍者を除名処分にすることだった。
ここがニルダの古戦場という明確な区切りは無いのだが、その地から大きく離れてしまったなら、その名は冒険者ギルドから抹消される。魔物除けをした野営地の中で、入れ替わり立ち代わり見張りを続けていた。
多くの落伍者が出たのは狩人の彼の教室である。矢は消耗品で、替えが利かず、暗くては地面に落ちたものを拾うことも出来ない。さらにアンデッドとは相性が悪かった。魔物退治の一言から、退治する数を想像した彼なりの安全な対処方が裏目に出た形となった。
多くの戦死者が出たのは戦士の彼の教室である。集団で囲む。集団で襲う。それはとても安全なことであったが、無尽蔵に魔物が発生し続ける状況で守りに入れば、いずれやがては敵からの圧力が上回る。そして、最低なことに、囲まれてしまったために逃げ出すことも出来ない。数の暴力をそのままに返された形であった。
陣を複数に分けた教室では、まだそれほどの被害は出ていなかったものの、疲れの色が見え始めている。陣の小ささは交代や休憩時間の短さにつながる。戦士と狩人の混成であるが、戦士が前衛を張る中で、その隙間をぬって敵を射抜くなどという芸当を訓練生の身ではまだ出来ない。
ヴァイスメイヤーの教室と言えば、カールが砦を造り、聖水の水壕まで造り上げ、攻めに転じていた。他人の教室の生徒たちを襲う死者を、背後から襲う卑怯っぷりまで見せていた。
いくらアンデッドといえど、背後から襲われればどうしようもない。ちゃんと、正々堂々とは正逆の卑怯卑劣を用いていた。「どうせ名誉ある戦場じゃないんだ、卑怯も卑劣もないだろ? まさか魔物が正々堂々と名乗りを上げるのか?」という一言が、生徒の心に届いていた。
ここに来て、教官一同が気付いたことがある。
ギルドマスターは訓練内容を見て、その戦術が最も苦手とする戦場を選んだ。
つまりは後出しになる。魔物退治という言葉から逸脱しない範囲で、生徒たちに最も不利となる戦場を選び出したのだ。脱落者、怪我人、そして死者が出るたびに、苛立ちが募る。その怒りの矛先が向かうのは、ヴァイスメイヤーである。
口々に、あの砦はズルいだの、そもそも魔法使いはズルいだの、なんでうちの教室のマイトがお前の教室に居るのかと責め立てられていた。
狩人の彼の教室はまだいい。二度目がある。訓練学校を二回受講してはいけないとは一文も書かれては居ない。心が挫かれず、それに気付ければ二度目がある。
悲壮な表情を浮かべているのは戦士の教室の彼だった。教えられる限りの剣の扱い、身の守り方、戦い方を教えこんだ。だが、最も大事な退路の確保を教えていなかった。それは、いつも仲間の狩人が気を付けて居たことであり、自分は目の前の敵を通さないこと、より早く倒すことだけを考えていれば良かった。つまり、彼自身が知らなかったことで、教えられなかったことだ。
知らないものは教えられない。それは、田舎者も冒険者も同じことだった。
ヴァイスメイヤーの一人勝ちである。だが、誇らしげに語れる勝利ではなかった。
月が頂点に差し掛かり、ちょうど折り返しを過ぎたところになる。前半の半分と、後半の半分は意味が違うことに教官たちは気付いていた。気を抜かずとも油断する。手を抜かずとも手抜きになる。
一週間を依頼に費やすこと一月を探索に費やすことなどザラではあったが、半日を戦い続けるというのは教官たちにとっても未経験である。それは、冒険者の仕事ではなく軍隊の仕事だ。戦闘能力よりも、経戦能力が問われていた。
あの野郎というのが、ギルドマスターに対する教官一同の総意であった。
だが、さらにギルドマスターのゴードウェルの悪質さはそれを上回るものであった。
「……あの野郎!!」
その光景に、ヴァイスメイヤーならず、教官たちが一斉に怒りの声を上げたのだった。
†
月にヒビが入った。正確にはそう見えただけであり、空間に入った亀裂がそう見せるものだった。
暗闇の中でもハッキリと解る、黒く砕けた世界の亀裂の線。完全なる黒が、世界に裂け目を生み出して、その向こう側から何かが訪れようとしていた。
見えたものは指。骨の指。骨の腕。パキリパキリと、してもいない音が聞こえ、世界の殻が儚くも割られていく。薄膜は引き千切られ、世界を骨の手が力尽くで押し開き、向こう側からこちらの世界に姿を現すものがあった。
それはスケルトンにも似た、だが比較にならぬほどに禍々しく忌々しい存在だと、誰もが一目で理解させられた。死者にとって生者の存在が許せぬように、生者にとって存在が許されないもの。自然の摂理を踏みにじる生ける死者。
其はエルダーワイト、不死者たちの王の降臨であった。
生ける屍たちが王の降臨を、カタカタと歯をカチ鳴らして祝う宴の始まりである。アンデッドたちの動きが一斉に止まり、王の降臨を賛美する。それは、致命的な油断だというのに、訓練生たちもまた古戦場の主に魅入られていた。その一瞬の判断の有無が、生死を別つ貴重な寸秒とも知らず。
「おい! カール!」
「解ってるよ!」
・名称:古戦場の主
レベル:60 クラス:エリアボス アライメント 黄昏/混沌/悪
生命力:400/400 精神力:800/800 状態:不死者
筋力:15 体力:20 敏捷性15 知覚力:20 魔力:50
ギルム:500,000 ドロップ:不死の王錫
スキル>>精神攻撃半減 状態異常抵抗 元素魔法 死霊魔法 場に満ちる恐怖 命喰らう手 死者達の賛美歌
説明:ニルダの古戦場に君臨する不死者の王。エルダーワイト。人の領域を超え、永遠の命を望み、それが叶えられた末路の一つ。数多の不死者たちを使役し、生きる者の命を啜りあげるときのみが彼の魂が癒される瞬間。失ってしまった死、失ってしまった生を求めて、彼は死ねぬ死者たちとともに怨念渦巻く戦場を彷徨い歩く。彼は彼の王国をさらなる屍で飾り、己の心を癒すことしか、もう覚えては居ない。
「エルダーワイト! レベル……60。ニルダの古戦場の主で……大魔法使いだよ」
「そうか、そいつは腕が鳴るな……」
「いや、そこの魔力2のマイトくん。キミ、近づく前にイチコロだから。自分のレベルと魔力を忘れないで? たぶん魔法の余波だけで死んじゃうよ?」
「じゃあ、どうするってんだ!? まさか、逃げろとでも言うのよ!?」
「そうだよ、逃げるそれが模範解答だよ! 冒険者ギルドの規約にあったでしょ? 討伐対象以上の脅威が存在する場合は逃げても良いって!! 今が正しくその状況だよ!!」
「……すまん、まったく覚えてねぇ」
「おい、そこの元は次期村長。今、この場で決着をつけるか?」
問題は、戦場の雰囲気に呑み込まれながら、その文面を正しく思い出せるかどうかだった。
元々、契約内容自身がうろ覚えの田舎者達。さらに、アンデッドに囲まれた現状。よほど心に余裕が無ければ思い出せはしないだろう。
試験の合否と逃走と命を天秤に掛けて、一瞬で判断を下せるほどに、彼等の心は研ぎ澄まされては居なかった。これが正規の冒険者であれば、既に全力で逃げ出しているところだった。死者たちが笑っている今こそが逃げだすべき唯一の機会であった。
遠方では、ヴァイスメイヤーたち教官一同がギルドマスター、ゴードウェルの嘲笑う声を耳にしていた。誰も彼もが未来に目を向けて、自分の手元にも残る過去の契約書の説明などしていない。ものぐさな冒険者らしい盲点であり、怒りに燃えて飛び出そうとする自分たちを、自分たちで押さえつけることで精一杯の教官たちであった。
生徒たちの未来なら、見えていた。皆殺しである。




