第三章 帰郷への永い旅路 7
「敬虔なる信徒よ、ルミナスとノワールの恩寵に感謝してお召し上がりなさい……」
「は、はいっ! オラ、神官さまのリーベレッテさまの手で掬われましただ!!」
パンが溶け込んだスープを器によそわれ手渡しされると、田舎者が舞い上がった。これが適材適所というものらしい。もはや神官でも冒険者でもなく完全に給仕係なのだが、それでレベルがまた上がるのだから、これが女神的には正しい行いなのだろう。
「ね、ねぇ、カールとマイトは無事かなっ?」
「また同じ質問です? そんなに気になるです? どっちが気になるです?」
「私もそれが気になるな~? カール? マイト? それとも両方ものにしちゃうの? リーベレッテは欲張りさんなのね~。ベッドはやっぱり三人で仲良く添い寝? ハーレムなの~?」
「なっ!? わ、わたし達は、そ~いう関係じゃないし……それにっ! 神官だしっ!!」
指を絡ませ、もじもじとしながらのリーベレッテの言い訳には、あまり説得力が感じられなかった。頬に走る朱色が、内心を現わしている。二人の少年の想いには薄々どころか濃厚に気付きながらも応えない。それは欲張りな乙女心であった。
どちらかを選べと迫られても、それはそれで困る。二人とも大事な……何かだ。
「二人とも無事です。カールが魔法を使うまでも無いくらいです。本当に危なくなったら爆発の一つも聞こえるです。それまでは安心です」
「そうね~、月が空の頂点に来るまでは安心だって、精霊たちも囁いてるわよ?」
メイは≪狩猟兵≫というクラスで、ティーは≪精霊魔術師≫というクラスなのだとリーベレッテは聞いていた。
他人のステータスを事細かに尋ねるというのは失礼に当たるので、そのレベルまでは尋ねていないが、自分から比べれば相当な使い手であることに察しはついていた。だからこそ、非力な自分に代わって砦に誘った。リーベレッテなりの機転であった。
砦のなかにありながらゾンビを前にして怯え固まったリーベレッテを他所に、メイは手にした長い爪のような武器で、軽く頭を刎ねてしまった。その後、ゾンビの姿が消えなければ、リーベレッテは気を遠くしていたとことだろう。
ティーはティーで砦の中にありながら、精霊と呼ばれる生き物を使い、アンデットたちを追い散らしている。ときおり、水の精霊ウンディーネを呼び出して、給水までしてくれる。かと思えば、弓を取り出して一撃で頭を射抜く射手でもあった。
まるで、マイトとカールがそこに居るかのようにさえ感じられた。
そして感じるのは無力感。比べる対象がおかしいのだとは思いながらも、リーベレッテはほとんど同じ歳に見える二人を相手に気後れしていた。お菓子を一緒に食べていた時には見ることの出来なかった、戦士としての彼女たちの部分。
まさか、これほどまでの差があるとは思ってもいなかった。
冷静で、冷酷で、早い。カール達も手が早いと思っていたけれど、それは乱暴な男の子だからだとばかり思っていた。だが、違うらしい。自分には足りていない何からしい。もちろん、カールがその場に居れば、「リーベレッテの爪は十分以上に早いよ」と答えたところだろう。
「や、やっぱり、わたしも外に出て戦った方が良いのかなっ!?」
「そのお玉でです? 神官は神官するです。それが分かるまでリーベは神官するですよ?」
「そうね~、そのお玉でスープをよそって、ニッコリ笑ってあげればいいのよ? それで男の子たちの心は救われるわよ?」
「で、でも……」
給仕しか出来ない自分に、心の中で地団駄を踏む。
どうして、もっと適切な用意をしてこなかったのか後悔が積み重なる。
「アンデッドは苦しみ悶える魂たちです。神官がすることは戦うことです?」
「人間の耳には聞こえないけど、彼等はずっと、帰りたい帰りたいって泣いてるわ。精霊の声と、人の魂の叫びって似てるから、聞こえちゃうのよね……」
「えっと、その……祈る、ことかな? 魂が救われるように」
「そう思うならそうするです。頭を砕きたいならそうするです」
「……うん、解ったかなっ!」
真の神聖魔法に言葉はいらない。自身の無力を悟り、神に祈るだけでことは済む。
ただ、その熱意から祈りが口から洩れてしまうこともままある、ただそれだけの話であった。
リーベレッテはお玉で熱々のスープを掬いながら、目の前の彼と、外で戦う皆と、倒される魔物たちの魂のために祈りを捧げていた。
……。
……。
……。
「どうです、ティー? カールとマイト、どちらです?」
「それが精霊たちも迷ってるみたい。性質ならマイト、素質ならカール。どちらにしても月が頂点に登る頃には解るわよ。一人は死に、一人は生きる、そして大いなる運命が動き出すそうよ?」
「頼りにならない精霊です。なら黙ってろです。……なぜ、一人は死ななきゃならないです?」
「その方が運命的だから。敗北のイベント、それがこの世界には必要なんですって……」
「黙るです。生贄を求める世界なんてメイは否定するですよ……」
メイと、ティーはただ黙し、その時が来るのを待ち続ける。
精霊の囁き、あるいは世界の都合という運命に従って……。




