第三章 帰郷への永い旅路 5
エルフィン族にとってスカートの中を覗かれるというのは大層な恥辱らしく、夜を迎える前に戦死者が現われた。
「メイはメイです。リーベレッテの振る舞うお菓子を一緒に食べるお友達です。あそこで死んでいるのは痴女です。あんな痴女ですが、エルフィン族なので魔力は高いです。強いですよ?」
「痴女じゃないもん……ティーだもん……見えないようにちゃんとしてあるだもん……」
「あぁやって、三角座りで堂々と見せつけながら見せないです。性質の悪い痴女なので引っ掛かっては駄目です。わかったです?」
三角座りするティーの太腿の合間は不自然な影に隠れ、その内側を見せようとはしなかった。精霊魔法の無駄遣いも良いところであった。
「お、おう、とにかく二人ともリーベレッテの友達なんだな? 俺の名前はマイトオスト、戦士だ! あっちでリーベレッテから鷲づかみの刑にあってるのがカールグスタフ。いまはあんな風だが、やるときはやる男だぜ!!」
「痴女の魔法を破る眼力です。やり手の男です。まさかギルドも一晩を生き残るために砦を持ち込む馬鹿が出るとは思ってないです。さぁ、そこの痴女もさっさと立ち直って、ノームを使って手伝うですよ」
短いスカートの尻を蹴られて飛び上がるティー。たしかにマイトの目には影となって見えなかった。そこに太腿の隙間があれば視線が向いてしまう。それは悲しい男の性質である。
ほどなくして、砦というよりも内部がくり抜かれた半球の土饅頭が完成した。
精霊魔法の使い手と元素魔法の使い手が、お互いに色々と気まずい思いをしながら共同でことにあたった成果であった。
「リーベレッテ、そっちの具合はどう?」
「えっと、あのね……中に入れて欲しいって男の人達が……」
「そう? じゃあ断って? 生き残りたいなら簡単だ。今すぐノイスカステルに引き返せば良いんだよ。冒険者になりたい、でも危険を冒したくないって言うならお断りだよ? 砦が欲しいなら自分で造りなよ」
「カール! そんな言い方っ!」
「冒険者は守る側だぜ? 守られる側じゃねぇ。そいつは男らしくねぇことだ。俺も反対だな。自分も守れない奴が他の誰を守れるって言うんだ? 戦う前から逃げるっていうなら、ノイスカステルに走って逃げ帰れば良いだろ?」
「マイトもなのっ?」
「逃げるなら逃げるです。戦うなら戦うです。他人に守られて生まれた、そんな冒険者に価値は無いです。そんな下らい話よりもメイ達は夜に備えて眠るです。そしてリーベレッテは聖水を造り続けるです」
断る理由は三者三様であったが、方向は全て同じであった。
ヴァイスメイヤーの教え通り、見捨て、自分たちでなんとかしろと口にするのみである。
戦う前から折れている剣を誰が握りたがると思ったのだろう?
カールはあくび一つと共に、ゴロリと横になり、目を閉じるのであった。
†
赤、それはルミナスの色でもあり、ノワールの色でもある。
そしてどちらでもない、邪神トワイライトが動き始める刻限でもあった。
黎明と黄昏、双子神の力が釣り合うとき、世界に隙間が出来るのだという。そして、その隙間から邪神トワイライトが地上に魔物を送り込んでくると信じられていた。
聖書の何処にも書かれぬ、民間伝承である。
魔物とはなにか、それについて未だ明確な答えを出したものは居ない。
何しろ、研究しようと解剖すればギルムになって消え失せるのだ。
魔物とは、まるで人を憎んでいるかのように、人間を目指して襲い掛かる悪意の塊。
倒すことが出来れば多少なりともギルムは得られるが、それが命を懸けるに値する額か否かは、本人の命の価値次第である。そして冒険者の命は安かった。訓練生はさらに格安であった。
なぜ襲って来るのか、理由は解らずとも抗わなければ滅ぶだけ。
ならば、人は手に剣を、弓を、さらなる暴力をもって立ち向かうだけ。
逆らえば領主の軍隊がやってくる徴税人よりは、ずっと優しい相手であった。
最初に立ち挙がったのは腐敗した手。それはヴァイスメイヤーを散々に苦しめた光景にも似ていた。
地中から幾本もの腕が立ち上がり、次いで、地面を掻きむしるようにして、腐肉を纏った白骨が起き上がり……ざまにマイトの木剣で早速、頭を砕かれていた。
敵が用意を整えるのを、待つ馬鹿は居ない。
地面から這い起き挙がる姿を見届けてしまった者は、その異様な姿から浴びせられる怖気に呑み込まれて固まってしまった。ガチガチと鳴る歯音を聞きつけたように、腐肉の塊りが怯える子供を振り返り、その後頭部にカールのクワが突き刺さって念入りに耕された。
後頭部を見せられると、思わず攻撃したくなるものであった。
「おい、カール! お前はちゃんと装備してきたんじゃねぇのかよ!!」
「僕、村人。正しい装備はクワやスキですが?」
「くそっ……。言い返す言葉がねぇぜ……」
妙なところでマイトが納得した。
彼ら二人が常に仮想敵としてきたものは百を超えるサンジュアルジャン。白い大猿の群れ。腐肉を纏った白骨死体など、恐怖の対象にすら入っていなかった。多少、腐肉の臭いがキツイくらいである。
もはやここは戦場だと、隠すこともなく、カールの紫紺の瞳が輝いていた。
『どうせ周囲は田舎者です。眼が光っていても気にしないですよ』と指摘され、その通りだと気が付かされた。魔眼だと気が付くまで、村のみんなは優しく接してくれていた。怯えずにいていれた。
・名称:ゾンビ
レベル:1 クラス:エネミー アライメント 黄昏/混沌/悪
生命力:15/15 精神力:1/1 状態:不死者
筋力:16 体力:13 敏捷性:7 知覚力:5 魔力:8
ギルム:50 ドロップ:謎の肉
スキル>>掴みかかる 噛みく
説明:ニルダの古戦場に魂を囚われてしまった兵士の成れの果て。魂は望郷を望むが、それは永久に叶わぬ夢。ただ近くにある命に掴みかかり、噛み付くだけの肉塊と成り果てて未だ解放されることは無し。彼等の魂が古戦場の主の手から解放される日はいつか?
「マイト! 敵の攻撃方法は手で掴みかかってきて、噛み付く、ただそれだけだ!」
「……なぁ、カール? こいつらにそれ以外の攻撃方法があると思うのか?」
「う、腕を投げつけて来るかもしれないじゃないか!」
「お、おう、それは受けたくないぜ……」
カールの苦しい言い訳を助言と捉えながら、マイトが問う。
「さっきから、なんか肉がドロップすんだけど……駄目だよな?」
「駄目だよ?」
・名称:謎の肉
効果:知って喰らったもののクラスをエネミーに変更する。
説明:謎の多い知的生命体から採取された謎の肉。癖になる魔性の味。
喰うとクラスがエネミーに、つまり人類の敵になれるというのは実に素敵な効果だが、試そうという気には成れなかった。ゾンビは強かった。ただし、見た目だけ。怯える心さえなければ、どうということもない魔物であった。




