第三章 帰郷への永い旅路 4
魔法というのは実に便利なもので、土木作業にはとても適していた。土を削り、水を注ぎ、削った土を固めて壁を造れば簡単な砦の完成である。
「もう、お前これで商売出来るんじゃねぇのか?」
「魔法使いがこんなことをしてると、仲間に嫌われるらしいんだよ。魔法は深淵なものだからどうとか。仲間の魔法使いなんて一人も居ないんだけどさ」
ノイスカステルに来ても、未だに他の魔法使いに出会ったことは無い。
魔法使いの師匠は言った、「自分から魔法使いですって恰好をする馬鹿は居ないよ。それって、弓矢で狙ってくださいと自己主張してるようなものだよね?」と物の道理を語ってくれた。
もしかすると、何処かで何度かすれ違っては居るのかもしれなかった。
魔法使いの見分け方と言えば、片目を瞑る癖だけだった。
「それで、この周りの水は何なのかなっ?」
「リーベレッテが祈りを捧げて清める、聖水の水壕だよ。ゾンビやスケルトンのアンデッドは聖水に弱いって言うからね。なら、周囲一帯を聖水で埋めちゃえば安全でしょ?」
「こ、この量をかなっ!?」
「ううん、水壕は二重にするから二倍だよ?」
「信徒カール、あとで覚えとくと良いかなっ!!」
そうは言いながらも、初めて自分が役に立てる出番が回ってきてリーベレッテは喜び勇み、神聖魔法の用意を始めた。
「なんだか、面白そうなことをやってるです。何をやってるです?」
カールを見上げる瞳があった。キツネの耳をした少女。教室でよく見かけたセリアン族の少女であった。髪の色はキツネ色。瞳の色もキツネ色。つぶらな瞳が愛らしい少女で、人の耳と獣の耳をもつその感覚はどんなものだろうとカールを悩ませ続けた少女である。
「砦を作ってるんだよ。こんな野晒じゃ、全ての方角からの魔物を相手にしなくちゃいけなくなる。なら、全ての方向に対応できるようにするまでさ。朝まで落ちなければ良い。これなら、砦の中で発生した魔物だけ相手にすれば良い。まさか朝まで一夜を丸々には戦えないでしょ?」
「ですね。休憩できる場所は必要です。メイも仲間に入って良いです?」
「それは……」
仲間は多いに越したことは無い。ただし、強い仲間は。
さらに、カール一人の問題ではない。マイト、それにリーベレッテの了承が必要だ。
「三人分にしては、大きな砦です。メイは強いですよ? お得ですよ? この機会を逃すと他のパーティーに連れていかれるかもです。さぁ、さっさと決めるです。カールが迷っている間、メイの時間も無駄になるです」
「えっと、いらっしゃい……。なんで、僕の名前を知ってるの?」
「メイはリーベレッテのお友達です。カールとマイトの話は良く聞いてるです。川で水浴びしてると覗いてくる変態です。着替えをしてると鍵を開けて入ってくる変態です。あと、その包帯の下の魔眼のこともです」
思わず自分の手で包帯を掴んだ。外そうとしたのか、隠そうとしたのかはカール自身にも解らない。だが、メイはさらに一歩踏み込んで告げた。
「怖がる必要はないです。セリアンの世界では魔眼はありふれてるです。ウサギの耳も魔眼のようなものです。さらに言えば、エルフィン族はみんながみんな魔眼持ちのようなものです。人間はとっても怖がるです。でも、メイは怖くないです。だから、カールも怖がらなくていいです。怖がられることを怖がらなくていいです。わかったです?」
怖がられることを怖がる少年。カールの心の奥底を、いともアッサリと暴かれた。
包帯を掴んだ手から力が抜けて、ポトリと落ちた。涙と一緒に。
「メイは、魔眼なんて、怖くないです。恐ろしいのは、使い手の心です」
「そうね~、魔眼なんて目を閉じていれば良いだけなのにね? 村の人間に不快を与えないために一緒に逃げ回った仲間だってリーベからは聞いてるわよ~? 優しい男の子は、お姉さん好きよ?」
その声は上。建造途中の壁の上から聞こえた。
金色の髪。これが人間であれば王族だけれども、額に飾られた宝石。エルフィンを示す第三の目がそうでないことを示していた。それから、純白であった。
「なにがお姉さんです。カール、視線の行き先がバレバレです。少しは遠慮するですよ」
そうは言われても、カールとて思春期の少年。
綺麗な女性が短いスカートで、こうも見せつけるようにされては……。
「あらあら、おませさんね~。でも大丈夫! エルフィンのスカートの中は、精霊の力で見えないようになってるの、ざーんねんでーしたっ!」
「いたいけな少年を惑わせるなです。この痴女。短いスカートの癖に、どうして高い所に登りたがるですか?」
「いや、あの、白。見えてるけど、白。しっかりと、白いの」
「いっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
エルフィンも樹から落ちる。真っ赤になり、短いスカートの裾を両手で抑えると、いまだ不安定な足場の上から彼女は落ちて、地面にお尻を思い切りぶつけるのだった。
「いい気味です。いたいけな少年をからかう痴女の報いです」




